24 金杖王国の薔薇(1)
「・・・・千年前の旦那様?」
ダルディンは、明妃の言葉を鸚鵡返しした。
明妃は、恥ずかしげに顔を背けたまま、
「千年前、はじめてお会いした時の猊下は、ちょうどあなた様のようなお姿でした」と、ささやいた。
ダルディンの腕が、だらりと下がった。
「ハハッ、なるほど・・・そういう訳ですか」
察しのいい彼は、明妃が自分の姿を通して、過去の猊下の姿を懐かしんでいるにすぎないのだと気がついた。そして(やれやれ、伯父上に不義理を働く恐れはなくなったよ)と安心する一方で、少しだけ残念な気持ちもあった。明妃に、猊下の昔の姿を懐かしむのではなく、今の自分を慕わしく思って欲しいという気持ちもあったからだ。けれど、その気持ちは打ち消すしかなかった。明妃は、伯父ドルチェンのものなのだ。諦めるしかなかった。
その日のうちに、彼らは狐狸国に到着し、宿へ入った。リーユエンは、黒外套姿のまま、こっそり宿を抜け出した。しかし宿を出たところで、ダルディンに呼び止められた。
「どこへ行くのですか?」
リーユエンは彼を振り返り「ハオズィの商会です」と答えた。
ダルディンは、「私もご一緒しましょう」といい、ついて来た。
大通りをしばらく歩いて、国一番の大商会であるハオズィの店へ行くと、リーユエンは、店員へ「会長へ老師が来たと伝えてくれ」と、取次を頼んだ。すると、個室へ通され、すぐにハオズィが現れた。
「老師、お久しぶりでございます。ご依頼のあった、名簿をお持ちしました」と、ハオズィは黒い表紙をつけた薄い台帳を差し出した。
リーユエンは台帳をパラパラとめくった。
「よくここまで調べられましたね」と言うと、
ハオズィは「ご助言どおり、金杖国の納税台帳の写しを入手しましたので」と話した。
リーユエンは名簿から顔をあげ、「すんなり閲覧させてもらえたようですね」と言った。あの時、西荒へ向かった隊商を調べ出すのに、納税台帳を手がかりにしてはどうかと助言はしたものの、直接閲覧したいといっても、無理ではないかと危惧していたのだ。けれどハオズィは、
「事情を申し上げたら、国王から直々にご命令くださいました。それと、国王陛下からも個人的にと、ご寄付いただきました」と、付け加えた。
「へっ、そうなんだ。知らんふりするものと思っていたよ」
「いえいえ、リーユエン様が直々に取り組もうとなさっているのに、無視はできないとおっしゃっておられましたよ」
「ふうん、まあ、ありがたくもらっておこうか。いくら寄付してくれた?」
「百万デナリウスです」
「へえ、太っ腹だね」とフードの下で、リーユエンはニヤッと笑った。
ダルディンは横から台帳をのぞき込んだ。そこには、人名と出身地、家族が記されていて、「これは何の名簿だ?」と、小声で尋ねた。
「私たちが隊商を立ち上げて、西荒へ行ったとき、途中の沼地で、他の隊商が妖魔に襲われて、大勢の者がなくなったのです。今回の大牙との交易は、ほぼ独占状態で利益は莫大でしたが、必要経費以外、私の取り分は、ほぼ全額、沼地で亡くなった隊商の家族の救済にあてることにしたのです」
ハオズィも真面目にうなずき、「そうですよね。あの時、金杖国が交易通行税をいきなり三倍に値上げするなんて言い出したものだから、隊商は足止め状態で、その後一斉に出発したんです。それで沼地の危険を忘れて、大勢の者が妖のつくった街へ入り込み、沼に飲み込まれて死んでしまいましたからね。一度に出発していなければ、あれほどの被害は出なかったかもしれません。しかし、商人風情が、金杖国に抗議なんてできはしませんからね。国王がわざわざ寄付しただけでも、良しとするしかないでしょう」と、少し悔しさをにじませながら話した。それから、「狐狸国の方からも百万デナリウス寄付いたします」と宣言した。
「それでは私の取り分の四百万デナリウスと合わせて六百万デナリウスだ。半分を一時金として分配して、残りは運用して配当金として毎年分配するのはどうだろう」
と、リーユエンの意見に、ハオズィもうなずき
「私もそれに賛成です。早速そのように手配しましょう」と言った。




