23 南荒へ出発(5)
それでもやはり明妃は、首を傾げたままだった。
ダルディンは、いきなり立ち上がると、明妃の隣に座った。明妃はビクッとして、体を離しかけた。しかしダルディンは素早く腰へ腕を回し、固定した。
「虫がつくと、ウラナは言っていましたよ」と、ダルディンは彼女の耳元でささやいた。
「虫?虫がつく?・・・虫が湧くじゃなくて?」
またもやダルディンは呆気にとられ、
「あなたの考えている虫と、私の言う虫は、違うようだな」と言った。
明妃は、一瞬目を見開きダルディンを見つめると、ほんのり頬を赤らめ、すぐさま視線を逸らし、「私には、あなたのような持って回った言い方は分かりかねます」と、ささやいた。
(明妃、そんな顔でそんな言い方をするなっ、俺までおかしくなってくる。どうしてあなたはそんなに危なっかしいのだ)と、彼は、心の中で頭を抱えこんだ。
そこへ、ヨーダム太師が帷を乱暴に開けて入ってくると明妃へ
「リーユエン、ウラナとは話をつけておいたぞ。まったく頭の硬い女だな。早朝、お前の体の世話をしにくるそうだ」と話しかけ、ダルディンに気がつくと「失礼、殿下、打ち合わせ中でいらっしゃったのか」と付け足した。
ダルディンは素知らぬふりで「いや、もう話は終わったから、大丈夫だ」と言いながら、自席へもどった。
輿車は豹狼に牽引され空を疾走した。しばらくしてヨーダム太師が明妃へ
「太極石はわしが預かっておるが、どこで術を行う?」と、尋ねた。
明妃は「凍土平原へ入り次第直ちに行いましょう」と答えた。
ダルディンが「術って、一体何を行うのだ?」と尋ねると、太師が「畳地連結二点法を執り行います」と答えた。
「何だその術は?」ダルディンが説明を求めると、太師が
「今現在の地点と、目的地を、空間を畳んで一気に移動する法術でございます」と答えた。
「そんな事が本当にできるのか?」と、重ねて彼が尋ねると
「太極石の力を解放し、空間を畳んで移動するのです」と付け加えた。
「それは、興味深いな」と、言いながら、ダルディンは、先日仮縫いの場で、明妃と大伯母が、太極石の話をしていた事を思い出した。
「成功したら、何日分短縮できるのだ?」
「豹狼は空を走りますゆえ、通常一ヶ月かかるところを十日で参ります。法術を使えば、それはさらに一瞬で済んでしまいます」
「へえ、それは楽しみだ」
正午過ぎ、空を駆ける豹狼は、凍土平原へ降り立った。
太師とリーユエンは、三台の馬車の周りに円陣を描きはじめた。その様子をみながらウラナは、隣に立つ大公へ
「明妃殿下は、まるで卑しい魔導士と同じお振舞いではありませんか。太師ともあろうお方が、わが国第二位の身分のお方を、まるで自分の助手のように扱われるなんて・・・」
「明妃は楽しそうに見えるぞ。少なくとも仮縫い中や、宝飾品を選んでいる時より、生き生きして見えるな」
気楽な調子で喋る大公を、ウラナはキッと睨みつけた。
「明妃殿下は、猊下の寵姫でいらっしゃるのです。それに相応しいお姿でいらしていただきたいのです」
ダルディンは、難しい顔のウラナを見下ろし
「おまえが彼女を心配する気持ちは分かるが、少しくらい息抜きさせてやればいいだろう」と、なだめた。けれどウラナは
「明妃として定められた最初の頃、八大公の皆様方は、以前明妃を務められた巽陰大公殿下を除き、皆様ことごとく、あの方を嫌って軽んじられておいででした。今でも、お茶会を開いてお招きしても、あの方を無視して挨拶にさえおいでになりません。実際に明妃のもとへいらっしゃったのは、あなた様だけでした。私は、あの方がご身分に相応しくない扱いを受けることが、我慢ならないのです。それなのに、明妃は何も気にされず、何かというと、あのように卑しき身分の者と同じような振る舞いをなさいます。それでは、軽んじられる一方ではございませんか」と、訴えた。




