23 南荒へ出発(4)
その後、明妃が仮縫い中のところへ、アーリナが息を切らして入ってくると
「乾陽大公殿下は、まだいらっしゃいますか」と、部屋を見回しながら叫んだ。
ダルディンは、例の紫に金糸で蓮華唐草紋様を織り込んだ生地で仕立てた袍をまとう明妃を、実に美しい似合っていると思い、うっとり眺めているところだった。
アーリナは、部屋の奥のテーブルの前に座る彼を見つけるや、早足で近寄り、
「殿下、父宰相から、承諾書をもらってまいりました。これで、私も南荒へいらっしゃる明妃殿下にお供させていただいて、よろしゅうございますね」と、言いながら、承諾書を差し出した。
ダルディンは、(この女子も結構仕事が早いじゃないか。一体どんな手段を使って、承諾書をもぎ取ったのやら・・・)と、内心おもしろがりながら、承諾書に目を通した。そこには確かに
『我が娘、アーリナの南荒行を承諾します。恐恐謹言
玄武国座主二十七代 八百十二年野うさぎの月吉日
宰相 ディルバ
南荒派遣使節団団長 乾陽大公殿下』と、書かれていた。署名も本人のもので間違いなかった。
ダルディンは、アーリナを横目に見ながら
「宰相を、あなたはどうやって説得したんだい?後学のために聞かせてくれないか?」と、尋ねた。するとアーリナは、胸をそらし
「鴨居に白布をかけて、その前で台に乗り、承諾してくださらなければ、首をくくりますと、申し上げました」と、はきはきと答えた。
それを聞いたウラナは、ハアーッとまた大きなため息をつき、明妃を睨んだが、仮縫い中の明妃は、視線を逸らし知らぬふりをした。
ダルディンは、なるほど、これは相当な重症だと理解しながら、
「確かに承諾書だ。では、アーリナの参加を認めよう」と言った。
南荒行の当日、玄武国の騎獣豹狼三頭に牽引された輿車が三台用意された。一台は、団長ダルディンと副団長ヨーダム用、二台目は明妃とそのお供用、三台目は随行の役員二名と団長の従者のため、そして贈答品が収納されていた。けれど、アーリナが加わったため、二代目が手狭になった。明妃は、黒外套を着て、ヨーダム太師のもとへ現れると、「二台目の輿車は、ウラナ、ユニカ、シュリナ、アーリナでもう満員です。私をどうかこちらの輿車へ乗せてください」と、小声で頼んだ。ヨーダム太師は、どこから見ても魔導士にしか見えない明妃を見上げ「確かに、あなたがあの馬車に乗ったら、ご不自由でしょうな」と言い、「一緒に来なさい。わしの方からウラナには言っておく」と、輿車の後側の帷を開けて、乗り込ませた。
すでに輿車に乗っていたダルディンは、背の高い痩せた黒外套姿の若い男が乗り込んできたので驚いた。魔導士らしいその男は、当たり前のように乗り込んできて、黙ってダルディンと対面すると、フードを後ろへ払い除けた。ダルディンは、男を見上げ、呆気にとられた。
「・・・・・明妃?」
明妃は、ダルディンへ丁寧に揖礼すると
「あちらの輿車は、もう一杯で、足も伸ばせません。どうか、こちらへ同乗させてくださいませ」と、頼んだ。
ダルディンは「ワハハハッ」といきなり大爆笑し、立ち上がると「もちろん構わない。どうぞ、おかけください」と言いながら、明妃の肩と腰へ手を回し、壁際の長椅子へ腰掛けさせた。明妃は、視線をそらし、決まり悪そうにしていた。
ダルディンは、黒い面覆いで左半顔を隠した明妃を興味深げに見ながら
「なるほど、その色男ぶりでは、アーリナが熱を上げるのも仕方ないことだな」と話しかけた。明妃は、眉をひそめ、困惑し、
「何のことですか?」と、尋ねた。
ダルディンは、背もたれにもたれかかり、目を細めて明妃を見ながら
「お分かりにならないのか?やはりウラナの言うことが正しいのか・・・」と、言った。




