22 瑜伽業(3)
明妃は、廊下の向こうでおしゃべりするカーリヤとウラナに気がつき、足音を忍ばせ、反対方向へ向かった。しかし、目ざといウラナが気づき
「明妃、どちらへ行かれるのですか」と、尋ねながら近づいてきた。
明妃は、フードを引き下ろしたまま気まずげに
「ええっと、南荒へ出発する前に片付けておきたいことがあって、ヨーダム太師のところへ行こうと思って・・・」と、答えた。
すると、ウラナは眉をしかめ「まだ体力も十分回復していないお体で、尖塔へ行かれるなんて無理でございますよ。こちらへ来ていただいてはいかがですか。それに、まずお食事をなさいませ。それに入浴もなさいませんと」と、部屋へ連れ戻そうとした。
明妃は、珍しく従おうとせず、「でも、早く片付けてしまいたいから・・・」と口ごもった。
カーミラが、間に入り、「明妃、食事はしないとまずいよ。あなた、三日の間、何も口にしていないだろう」と宥め、「太師は、私が呼んでくるから、とにかく、何か食べなさい」と言った。
明妃は、「はい」と答えた。
明妃が燕麦のお粥を食べていると、カーミラが太師と乾陽大公ダルディンを引き連れ戻ってきた。カーミラは、挨拶しようと立ちあがろうとした明妃へ、テーブル越しに「そのまま食べてなさい。挨拶は抜きでいい」と言った。
ダルディンが明妃の皿をのぞき込み、「へえ、お粥を食べているのか」と、おもしろがった。
明妃は顔をうつむけ、「本当は、肉が食べたかった」と小声で言った。潔斎の間中、野菜や木の実ばかり食べていたので、お粥では物足りなかった。
太師が「いきなりそんなものを召し上がったら、体調を崩します。明日、お祝いに出してもらってはいかがかな」と話しかけた。
明妃はうなずき、お粥を食べ続けた。
明妃の食事が終わると、太師が「私にご用がお有りとのことだが?」と、切り出した。
明妃は口元をナフキンで拭うと、「はい、稟議書の件です。今回は、太師も私も不在となりますので、代行する者を選任いたしませんと・・・」と、答えた。
太師は眉を寄せ「確かに代行する者が必要ですな。伝奏部へ申し付けますか」と、話した。
明妃は、肩をすくめ「私は、南荒行きが決まってすぐ伝奏部へは、代行を決めるように申し付けたのですが、まだ返事がないのです」と話した。
それへ、ダルディンが
「まだ返事がないなんて、随分怠慢な連中だな。今日は叱りにいくのか?それなら俺も参加したい」と、言い出した。
ところが明妃は、ため息をつき、
「叱ったところで解決いたしません。今日は伝奏部の者も連れて、代行できそうな者を探しに行くつもりです」と言った。
「心当たりがおありなのか」と太師が尋ねた。
明妃は、首をちょっと傾げ「会ってみないことには、何とも・・・」と、答えた。
明妃が立ち上がると、ウラナが
「明妃、その格好でまた出歩かれるおつもりですか」と、恨めしげに尋ねた。
明妃は、ウッと詰まり、「今日は、あまり目立ちたくないから、この格好が都合がいいのよ」と説明した。
ウラナはわざとらしくハアーッとため息をついた。
いきなり、明妃は抱き上げられた。エッと気がつくと、ダルディンに抱えられていた。
「大公殿下」と、抗議しかけた明妃へ、「今日は、自分であまり動かない方がいい。本当なら、まだ安静にしておくべきだ。太極石を十年分も作り出したんだぞ。体力が戻っていないだろう。伝奏部の前まで来たら、下ろしてあげるから、大人しくしてなさい」と言い聞かせた。
明妃は小さくため息をつき「わかりました」と答えた。
カーリヤを残し、三人は離宮から空中へ上がり、宮殿の外側から伝奏部へ向かった。




