2 金杖国の王子様(6)
調停結果は、主訴人の全面勝訴だった。実のところ、交易通行税の値上げは、王妃殿下に取り入ろうとした側近が勝手に出した命令で、国王も財務府も全く関知しない、限りなく文書偽造に近いものであった。そもそも金杖国の財務府は、広く浅く税を確実に徴収することで安定的な歳入を目指すのが基本方針で、この度の税額変更は、不都合極まりない不当な決定であった。商人と揉めたら、他の税の徴収にまで影響が出るからだ。したがって、三倍の税額決定はすぐさま取り消しとなった。
ところが、法廷へデミトリー王子が勝手に乗り込んできて、リーユエンを指差し、またもや「このような穢らわしい魔導士へ譲歩するような判決を出すな」と、ゴネ出した。
調停判決文を受け取ったカリウラは、これからすぐさま財務府へ行き、通行税をそこで納めて通行許可書を発行してもらうつもりだった。ところが、デミトリー王子が、彼らの前に立ち塞がり、部屋を出て行かせまいとした。カリウラは超凶悪な顔つきとなり、デミトリー王子を上から睨みつけた。
「王子殿下、判決はもう出ているんだ。ここを通してくれ」
「おまえは、行きたいところへ行けばいい、俺は、この魔導士を懲らしめたいだけだ」と、デミトリー王子は、いきなり剣を抜き放った。
クルクスが「ヒエッ、王子殿下いけません。法廷で剣を抜くのは、王族といえども許されないことです」と、必死で諌めた。しかし、王子は、
「うるさい、この魔導士を切り捨ててやる」と言うや、両手で剣を振り上げた。
リーユエンは、右手を上げ「縛せ」と囁いた。
突然、デミトリー王子の体の周りが眩く発光し、光が失せると、王子は剣を握りしめたまま、がんじがらめに縛り上げられていた。
フードを僅かに持ち上げたリーユエンは、右側の眸を見せながら
「王子、私には幼児の血をすする嗜好はありません。それに魔導士と呼ばれるほどの魔術は使えません。この捕縛術は、呪術師なら大抵の者が知っている術で大したものではありません。では、急ぎますので、失礼します」と、淡々と話し終えるや、クルクスの後に続き、法廷から出ていった。
彼らはその足で財務府へ行き、通行税を納めて通行許可証を手に入れた。そして、すぐさま、隊商のところへ戻るつもりだった。ところが、財務府の入り口で、王宮の国王近習の宦官が待ち受け、国王陛下より直ちに参内いたせと勅命を受けてしまった。迎えの馬車まで寄越され、仕方なくリーユエンとカリウラは王宮へ向かい、ハオズィは宿屋へ清算しに行った。
謁見の間に通された二人が最初に目にしたのは、国王ではなく、床に先ほどの縛られた姿勢のまま放置されたデミトリー王子だった。
「貴様ら、よくも、この私をこのような格好のまま置き去りにしたな」
王子は、二人を見るなり喚いた。
リーユエンとカリウラは顔を見合わせた。
「どうします・・・解くとうるさそうですぜ」
眉尻を下げて困惑顔のカリウラに、リーユエンは肩をすくめてみせると
「王宮の中でまで、大人げなく暴れたりはしないだろう」と囁き、術を解除した。
そこへ、玉座の背後から国王が現れた。黄金の縁飾りのついた純白のチュニカの上に、帝王紫のトーガを纏い、デミトリーと似た整った顔立ちで、さらに威厳があり、肩までかかる見事な黄金の巻毛が光輪をつくって輝いていた。
「リーユエン殿、愚息は世間知らずであなたを侮辱したようだが、どうか許してやってもらいたい。それに、孤児院の設立に尽力してもらい、朕からも礼をいう」
リーユエンは黙って拝聴し、拝礼した。デミトリーは、まだ何か言いたそうに、憎々しげな視線を彼へ向けていた。国王は、リーユエンへまた話しかけた。
「リーユエン殿、まったく無礼なお願いであることは承知の上で敢えてお願いしたいのだが、あなたの顔の左側の鉄の覆いを外してはもらえんだろうか」
リーユエンは、国王を見上げた。周囲に緊張が走った。
「・・・・・・」
黙ったままリーユエンは、黒鉄の面覆いの紐を解いた。




