22 瑜伽業(2)
プドラン宮殿の最深部は、玄武岩の岩山で、そこに玄武洞と呼ばれる深い洞窟があった。普段は禁足地のその場所で、ドルチェンは、四日前より瞑想行に入った。
瑜伽業当日、未明から洞の前では、灯明が一つだけ置かれ、それ以外は闇の中で、玄武八大公とその一族が参集し、マントラを唱え続けた。早朝から身を清めた明妃がウラナを従え現れた。 明妃の衣をウラナが脱がせ、全裸となった明妃は洞へ入った。洞の岩戸は直ちに閉ざされ、これより三日間封鎖されるのだ。
洞の中で、蓮華座の上で結跏趺坐するドルチェンと対面し、明妃も蓮華座へ上がり結跏趺坐し、観想状態へ入った。
ドルチェンはすでに空となり、ヴァジュラ(五鈷杵)へと変容していた。
明妃の観想が深まり、肉体は空となり、紅蓮華へと変容した。
紅蓮華の花芯に黄金に輝くヴァッジュラが貫通し、全方位へ眩い光が放たれた。空間は、光の粒子に満たされ、粒子が凝集するにつれ、隙間から闇が現れ、闇は紅蓮華へ、光はヴァジュラへ呑み込まれ、互いの間を循環し始めた。やがて互いの心臓に粒子が集まり、炎となって燃え上がり、中央経絡を通り抜け、再び空中へ放たれた。空中へ放たれた光と闇の粒子は、渦を巻き、太極を描いた。そして結晶化し、石へと変わった。
ふたりは、延々と業を続けた。粒子が経絡を通り抜けるたび、大楽の境地へと達し、淫結に溺れそうになるが、溺れるほんの一寸手前で、再び空中へ放ち、陰陽を練り合わせ、太極石へと結晶化させ、生み出すのだ。
ドルチェンは明妃を懐へ抱きしめ閉じ込めた。ドルチェンによって紅蓮華を貫かれ、大楽の境地に達し、それは荒れ狂う海の中に投げ出された小舟のように、明妃の身も心も翻弄した。その境地の中、ただひたすらドルチェンの法力の軌跡を辿り、粒子を受け取り、心臓から経絡へ落とし込み、それをまた、間違いなくドルチェンへ渡さなければならない。
ドルチェンは、明妃の首の後ろを手で支え、顔を仰け反らせるや口付けし、唇を噛んだ。口の中に血の味が広がり、その血をドルチェンが啜り取った。明妃は、大楽の境地を脱け瞋怒の相を顕とし、紫の眸が、血のような深紅の外輪に縁どられた。明妃の心臓に達した粒子は、突如分裂し、経絡の中を、清浄光明の無数の甘露となって降り注いだ。ドルチェンは、その土砂降りの雨のような甘露の粒子を、強大な法力で絡めとり、陰陽の気を練り合わせた。
三日後、瑜伽業が終わり、岩戸は開封された。開け放たれた瞬間、そこから青く輝く太極石が、雪崩のように溢れ出た。明妃は、離宮へ戻され二日間眠り続けた。
巽陰大公カーミラが、明妃を見舞いに来た時、まだ眠っていたため、ウラナが対応した。そのウラナへ、カーミラは、
「太極石がどれだけ生まれたか聞いたかい?」と、尋ねた。
明妃の世話に忙しかったウラナは、何も聞いておらず「存じ上げません」と答えた。
するとカーミラは、満面の笑顔で「十年分だよ」と答えた。
ウラナは口を開けて呆然とした。
「・・・十年分、冗談でございますよね。去年は一年分でしたよ」
「いいえ、ウラナ、本当の事だよ。岩戸を開けた瞬間、金剛石のように眩く輝く太極石が溢れ出たそうだよ。あの子はやっぱり唯一無二の明妃だよ。十年分なんて、今まで聞いたことがないよ」
と、巽陰大公の威厳など忘れて、カーミラが珍しく興奮した様子で話すのを、ウラナはまだ呆然としたまま聞いた。そして
「明妃は、猊下と一緒に、太極石を十年分生み出されたのですか」と、尋ねた。
カーミラは大きくうなずいた。
「そうだよ、今までの明妃が、誰もなし得なかった量を生み出したんだよ」
ウラナは涙ぐみ
「やはり、あの方は私の見込んだ通りの唯一無二のお方だったのですね」と、感激した。
二人が、話し込んでいるその時、明妃の部屋の扉がそっと開き、黒外套をまとった明妃が、まだ怪しい足もとでふらふらと出てきた。




