22 瑜伽業(1)
翌日から、明妃は潔斎に入った。早朝の日課を終えると、長時間の瞑想を行うため、離宮を離れ、ヨーダムのいる尖塔の最上階を訪れた。黒外套をまとった明妃が窓から入ってくると、ニエザは掃除の手を止めて、「お久しぶりでございます。明妃殿下」と揖礼した。
明妃は、「師兄、ご無沙汰しております」と、深々と揖礼した。それから、「瞑想させてくださいね」といい、ニエザへ、「これ、師兄の好物でしたよね。あとで召し上がってください」といって、包子の包みを渡すと、以前の魔法陣の中へ入り、瞑想を始めた。
ニエザは、リーユエンが、明妃という尊い身分になっても、以前と変わらず自分を兄弟子として慕ってくれるのが嬉しかった。瞑想する明妃を眺めながら、ニエザも静かに日課に励んだ。その日、日没直前、瞑想を終了し、離宮へ帰ろうと窓から出ていった明妃と入れ替わりに、太師が帰ってきた。
「明妃殿下は、もう戻られたのか」
太師の問いへ、ニエザは
「はい、今さっきお戻りになれました。包子をいただいたので、今、温めますね」と返事をした。太師は、ため息をついて、椅子へ腰掛けた。ニエザはそれを見て
「お疲れのようですね」と、声をかけた、すると太師は
「明妃が潔斎に入ってしまい、稟議書が溜まっているのだ。わしが代わりに決裁を行ったが、不備書類に返却理由がないのが困ると問い合わせが多く、難儀しておったのだ」
「返却理由?何ですか、それ?」
役所仕事には疎いニエザは、不思議そうに尋ねた。
「明妃は、法規通り、不備返却には理由書を添付しておったのだ。それを、わしにまでいちいちやれと言いおるのだ。そんなもの、魔導士のわしにできる訳なかろう。伝奏部の連中も、もういい加減自分たちで何とかすればいいものを、いつも、明妃に頼りっぱなしなのじゃ。これで、わしと明妃ふたりとも南荒へ行ったら、玄武国の役所の仕事はどうなることやら・・・」と、灰色の眉をしかめ黙りこんだ。
「それは、ご心配ですね」
「この調子で、仕事が滞ったら、いくら明妃でもさばき切れなくなるだろう。瑜伽業が終わり次第、何か対策を立てねばなるまい」
と、それから、太師はニエザへ
「久しぶりにリーユエンに会ってどうだった。おまえの印象を聞かせておくれ」と尋ねた。
「そうですね。何だか、ちょっと雰囲気が柔らかくなった気がしましたね。前は、ドライフラワーみたいな感じだったのが、今は生花って感じですかね」
と、ニエザは答えた。
「なるほど、そなたでも、そのように感じたのか」と、太師は顎に手を当て、感慨深げな様子だった。
ニエザは、
「明妃は、何か心境の変化でもおありになったのですか。それに、猊下も近頃、人型のお姿で人前に出られることも多くおなりになっていらっしゃるし」
と、話した。すると太師は
「明妃は、西荒へ微行しておった。それで、自身の過去の記憶を取り戻したのだ。猊下は長年の間莫大な法力を費やしてまで守ってきたものがお有りだったが、今は法力を費やす必要がなくなり、法力すべてを自由に使えるようになられたのだ」
「えっ、あれほど強力な法力でも、全力ではなかったのですか」
「ああ、今まではせいぜい四割程度だ。だから、次の瑜伽業は、楽しみだ。本来の法力を取り戻した猊下と、明妃殿下は、いかほどの太極石を産み落とすことができるか」
(ウラナの独白)
瑜伽業の日程が決まり、明妃は潔斎に入られました。離宮において潔斎をなさっていただきたいのですが、明妃は、潔斎の間は、必ず、あのみっともないくたびれた黒いフード付き外套(私、外套へブラシをかけておりましたら、かぎ裂を繕ってあるのまでみつけてしまいました)をまとい、ヨーダム太師の尖塔へ行ってしまわれます。それも六尺棒の上に乗って空を飛んでいってしまわれるのです。それでは、まるっきり卑しい魔導士と同じではありませんか。わが国において第二位のご身分でいらっしゃるのに、明妃は世間の評判というものを、まるで頓着なさいません。世間の評価を少しでも高めたいと思っている私としましては、本当に悲しい気持ちでございます。




