21 南荒への使節団(5)
ダルディンは、明妃に近寄り、肩の先を指先で軽くつついた。明妃はビクッとして、ダルディンを見た。ダルディンは、真面目な顔つきで明妃の右手を取り
「明妃殿下、南荒へは猊下の名代として行くのですから、あなたは、新教皇に対しても、金羽国の王族に対しても、玄武国における第二位の身分のお方として、猊下に恥をかかせるような格好はできないのですよ。団長として、あなたには、あのムンガロの持参した生地で、礼装を仕立ててもらいます。いいですね」と、言い聞かせた。
明妃は、その言葉にじっと聞き入り「大公殿下のおっしゃる通りにいたします」と、目を伏せたまま大人しやかに答えた。
二、三言食ってかかってくると予想していたダルディンは、目を見開いた。明妃は食ってかかるどころか「私の考えがいたりませんでした。ご教示いただきありがとうございます」と、頭を下げて礼まで言われてしまい「わかってくれればいいのだ」と、返した。
だがその隙に、明妃はダルディンの手から自身の右手をするりと引き抜き、ムンガロへ、「では、その生地でも仕立てをお願いします。でも、私は明日からしばらく潔斎に入るので、仮縫いをする時間がありません。以前仕立てたものと同じようにしてちょうだい」と指示した。
しかしムンガロは、「明妃殿下、襟元は詰襟にせず、開けておかれた方が・・・」と言いかけると、明妃は目を細め「襟ぐりを開けた服を、私は着ません。そんなものを作って寄越したら、返品するわよ」と言い残し、部屋から出ていった。
その日の夜、ダルディンは大伯母のカーリヤに昼間見た明妃の様子を話した。そして、「もっと高飛車な女人だと思っていたが、存外素直なので驚いた」と、感想をのべ、「ただ、どうして詰襟ばかり着たがるのかがわからない。あれほど首が長くて美しい曲線を描いているのだから、襟ぐりは大きく開いたものを着ればいいのに」と付け加えた。すると、カーリヤは、「多分、明妃は、胸元の神聖紋の刺青と玄武紋の刻印が見えてしまうと思って、着たがらないのだろう」と話した。
ダルディンは驚いた。
「胸元に神聖紋の刺青?玄武の刻印って何ですかそれ?罪人ならともかく、奴婢奴隷でも、玄武国ではそこまでしないでしょう」
「神聖紋はヨーダムが入れた。玄武紋はドルチェンだ。あの子は異界に堕とされて、自分自身まで魔に転じかねない状態だったから、魔の力を押さえつけるために施したそうだ。襟ぐりを深くあけてしまうと、それが見えてしまうからねえ」
カーリヤの言葉にダルディンは眉を寄せた。
「神聖紋はともかく、玄武紋を焼き付けるなんて、それじゃあの女子の心の中は、伯父上はのぞき放題なのか・・・」
「ダルディン、言葉を慎みなさい。だがまあ、その通りだね。ドルチェンは、明妃には並々ならぬ執着があるのだから、おまえも言動には気をつけることだ。先だっての茶会での悪ふざけ、ドルチェンは、眸が縦に変わっていたのだよ」
明妃が西荒へ行ったあと、座主はながらく不足していた法力を回復し、完全な人型を取れるようになった。それが眸が縦に変わったということは、自分がそれだけの不興を買ったということで、慌てて弁解した。
「俺は、あの時、ただ主代えしてみないかってふざけて言っただけなのに、明妃が真に受けて怒り出したんだ」
カーリヤは、大げさに、はあーっ、と、ため息をついた。
「いいかい、よくお聞き。明妃は西荒大牙の国へ、微行した。そこで大長老のソライにつかまり、四肢のすべての爪へ銀針を突き刺され、転身できないようにされたうえ、主代えの署名をさせられたんだよ」
「えっ・・・・」
ダルディンは、絶句した。
「ドルチェンが法力で、誓約書を焼滅させたが、明妃はソライをアスラに襲わせ、殺してしまったんだ。ソライこそ、明妃の本当の父親であったのに、それでも明妃は、主代えを強要されるのを拒否して殺したんだよ」
大伯母の言葉で、茶会の時の明妃の不自然な様子や、突然の怒りに得心がいった。
「だから、茶会の時は長椅子に座ったままでいたのか、それは俺の言ったことに激怒しても仕方ないな」
「明妃に、主代えの話は御法度だよ。わかったね」
大伯母の真顔の忠告に、ダルディンは神妙に頷いた。




