19 もうひとり侍女になります(10)
翌日、またもや宰相は、ドルチェンの執務室へ駆け込んだ。執務で手が離せない猊下は、ウラナを呼び出した。
宰相は涙を滂沱と流し、ふたりへ
「アーリナが、妻になるのは諦めたが、侍女としてお仕えしたいと言って聞かぬのです。どうしたらいいのでしょう」と、訴えた。
ドルチェンは、薄緑色の目をウラナへ向け
「明妃は、彼女へ事情は説明したのだろう?」と、尋ねた。
「もちろんでございます。『誤解させてすまなかった。妻になるとかは諦めるように』と、きっぱりおっしゃいました」
「それで、どうして侍女に仕えたいなどと言い出すのだ」
ウラナは眉をひそめ、猊下と宰相、両方を交互に見ながら
「宰相のお嬢様は、結婚できなくてもお側についていたいと、思いつめておいでのようでした」と、率直に言った。
それを聞いたドルチェンは、額に手を当て、天を仰いだ。
「猊下、毎年、毎年、このような者が必ず現れるのです。今回の件は、明妃を責めるのはお気の毒な気がいたします。明妃も、宰相殿下のご希望に応えられなかったことで、大層気落ちなさっておられます。私も、このような成り行きになってしまい、宰相閣下には本当に申し訳ないと思います。けれど、今すぐアーリナの気持ちを冷ますのは、難しいかと存じます」
「私はどうしたらいいのでしょう。妻はもう心労で寝込んでしまいました。私も、寝込んでしまいたいです」と、宰相は涙目で訴えた。
ドルチェンがウラナへ
「どのように収めるつもりだ?」と、尋ねた。
「行儀見習いとして、とりあえず離宮へ入っていただくのはいかがでしょうか。身近で明妃と接するうちにお気持ちも落ち着かれるかと思います」
「ウラナの意見をどう思う、宰相」
ドルチェンは、宰相へ尋ねた。ドルチェンの微妙な圧(他にいい案なんてないから賛成しろ)の加わった質問に、
「行儀見習いでございますか?なるほど・・・」
と、答えたが「私はよい考えだと思いますが、ただ妻がどう思うか・・・」と、恐妻家の彼は、自分から伝えることを躊躇った。
「奥様への説明は、私の方からいたしましょう。離宮で、行儀見習いをされれば、どこへ出そうとも恥ずかしくない立派な淑女となられること間違いございません。そこの所を、奥様へじっくりご説明させていただきましょう」
とのウラナの言葉で、結論は決まった。
(ウラナの独白)
私はその日のうちに宰相のご邸宅を訪問し、宰相夫人へ、アーリナ嬢に、行儀見習いとして、離宮に御滞在していただく案をご説明いたしました。明妃については、当初から、猊下をたぶらかした妖婦だの毒婦だのと良からぬ噂がございました。けれど、先日のお茶会で実際に明妃をご覧になった宰相夫人は、良い印象をお持ちになりました。確かに行儀見習いにあがり、明妃のような淑やかなお方の身近に接せば、娘の美質もさらに磨かれ、いずれは結ばれるであろう縁談も円滑に進むに違いないとお考えになり、私の提案に賛成してくださいました。(もちろん、明妃が六尺棒で、ならず者をぶちのめすほどお強い方だなんて、一言も申し上げません)
こうして、アーリナは希望がかない、離宮へ上がり、明妃に仕えることになった。
そして、明妃に仕えることは驚きの連続だった。彼女の日課は、日の出前からの起床から始まる。その時、ウラナは入浴準備をし、まず、明妃を温泉へつからせ、それから部屋へいったん戻り、明妃へ柔軟体操をさせた。
「ギグ〜」
呻き声をあげて、体を折り曲げる明妃の上へ、ウラナが軽く腰掛け、容赦無く押さえつけた。
「交易でまるまる四ヶ月近い不在、そのうえ、お怪我をして帰ってこられ、絶対安静で一ヶ月、まったく体をほぐされていらっしゃらないので、そんなに固くおなりなのです。さあ、もっと息を吐いて、脱力なさい。もっと、曲げられるはずです」




