19 もうひとり侍女になります(8)
明妃とシュリナは、こっそり視線を交わした。ふたりとも思ったことは同じ
(アーリナ、すごく機嫌が悪そう・・・)で、あった。
アーリナは、東屋の長椅子で寛ぎ、嫣然と微笑む明妃を不機嫌に睨みつけた。明妃は、今日は白く柔らな衫と裙に、少しだけ青みの加わった白い袍を身につけ、白金の五連の首飾りで胸元を飾っていた。髪は下ろして、後で束ねただけだった。
彼女は、この女の匂い立つような色香が大嫌いだった。わざとらしい、男を惹きつける媚態だと思うのに、見ていると自分までぼうっとなって引き込まれそうになる。それは、真似したくてもできない、強烈な魅力だった。だから、アーリナは、明妃のことを本能的に嫌っていた。
明妃は、優雅に立ち上がり
「今日は来てくださってありがとう、アーリナ」と、優しい声で話しかけた。アーリナはその声にビクッと反応したけれど、
「お招きいただき、ありがとうございます」と、作法通りに揖礼した。
「さあ、おかけになって」と、勧められ、アーリナは、侍女に助けられ、二人の前の椅子に腰掛けた。
お茶を給仕して、若い侍女は下がっていった。ただ、シュリナと明妃の腰掛ける後ろに、灰色のひっつめ髪の侍女頭が厳しい顔で起立していた。
しばらくは、お茶を飲み、お菓子を食べたり、最近の流行りのものとかについて、当たりさわりのない話題が続いた。けれど、アーリナはもう我慢できなくなり、明妃に直接尋ねた。
「殿下には、男のご兄弟はいらっしゃいませんか?」
唐突な質問だったが、明妃は
「私は天涯孤独の身で、身内はおりません」と、答えてくれた。
けれどアーリナはさらに突っ込んで
「もしかしたら、生き別れのご兄弟とかは・・・」と、重ねて尋ねた。けれど明妃は無言で首を振った。そして、明妃の方から逆に
「あなたが探しているのは、リーユエンなのでしょう?」と、尋ねられた。
アーリナは、作法なんか忘れて、いきなり立ち上がり、明妃へ近寄ると
「リーユエンのことを何かご存知なんですか?」と、必死の面持ちで尋ねた。
明妃は、長椅子から立ち上がり、アーリナを見下ろした。それから、彼女へ
「アーリナ、あの時はお忍びだったので、名乗らなかったけれど、私の名はリーユエンというのよ」と告げた。
「えっ・・・・」
アーリナは、明妃を見上げた。そこにあの、沈んだ表情のリーユエンがいた。仮面の色は違ったけれど、明妃から笑みが消えると、それは確かにリーユエンだった。
「あなたを騙すつもりはなかった。誤解させてすまなかった」
リーユエンの声と、明妃の声が完全に重なった。そこには、アーリナを苛立たせる科を消した、素のままのリーユエンがいた。
アーリナの全身が震えた。彼女は震える手を伸ばし、明妃の右手を両手で握りしめた。明妃は一瞬体を強張らせたが、拒絶はしなかった。
アーリナは涙の溜まった目で、明妃の右手をじっくり眺めた。滑らかな白い手、指がほっそり長く、意外に骨ばっていて、自分をあの時引っ張って地面から起こしてくれた彼の手と同じ手触りだった。アーリナの心から霧が晴れた。明妃に対する苛立ちは消え、ただ慕わしさだけが残った。
「リーユエン様なのですね」と、まだ手を握りしめたまま、アーリナはささやいた。
明妃は彼女を見下ろし、気の毒そうに
「さあ、これで納得できたでしょう。リーユエンは私のことだから、妻になりたいとかは、もう、諦めてちょうだい」と、小声で言った。
ところがアーリナは、いきなり顔を上向け、
「妻なんて、どうでもいいです。私、明妃にお仕えします。一生、忠実にお仕えしますから、侍女いえ、下女でも構いません。私をおそばに置いてください」と、叫んだ。




