19 もうひとり侍女になります(2)
リーユエンは、シュリナへ何をご馳走しようかと考えた。
「シュリナは、やっぱり肉が食べたい?」
シュリナは目を輝かせ、うんうんとうなずいた。
「肉は大好きよ。美味しい店へ連れていって!」
(カリウラが教えてくれた、肉屋の二階の店にでも連れていこうか)
リーユエンは、その店へ行こうと大通りから、枝道へ入ろうと右折しかけた。
「キャー、やめて何するのよ」
「黙れ、とっととその簪を寄越しやがれ」
悲鳴と怒鳴り声が聞こえ、シュリナがそちらへ走り出した。ひらひらとした柔らかい上等な袍を来た娘を、三人の大柄な男が取り囲んでいた。一人が、娘の頭を押さえつけ、簪を抜いていた。
「こらあっ、何している」と叫ぶや、シュリナが飛び上がり、一人へ蹴りをいれた。
まともに蹴りを受けた男が吹っ飛び、板塀が折れた。
「誰だ、おまえっ」
あとの二人が、青龍刀を引き抜き、シュリナを取り囲んだ。が、簪を取り返そうと娘が一人へ取りすがり、その男が振り向きざま、娘へ切りつけようとした。そこへ黒い影が割ってはいり、青龍刀を握る手のひらの上から、黒い六尺棒を叩きつけ、次は顔面に棒の先が叩き込まれた。
「ギャー」男は、鼻血を吹き出し、後ろへ倒れた。あとの一人をシュリナが投げ飛ばし、地面へ叩きつけ、拳を鳩尾へぶち込んだ。
襲われた娘は全身を震わせながら、自分をたった今助けてくれた黒外套の若い男を見上げた。フードが後へずれて、黒い面覆いと、右側の端正な顔が現れた。男は娘へ右手を差し出し
「お怪我はありませんか?」と、尋ねた。怪我はなかったが、恐ろしさに力が抜けてしまい、自力で立ち上がれなかった。男の差し出した手につかまり、よろよろと立ち上がった。地面へ転んだために、葡萄色の袍も、薄桃から濃い紅へ裾へ向かって色変わりする裙が泥だらけになっていた。
そこへ、街の警ら隊員がやって来て、シュリナから簡単に事情を聞き取り、気絶したならず者たちを引っ立てていった。
「あなたは、ひとりなの?侍女はついていないの?」
男がフードを引き上げ被り直しながら、娘へ尋ねた。口調は優しく、柔らかな声はどこかで聞いたことがあったが、誰なのか思い出せなかった。
「私・・・侍女とはぐれてしまって」
男が、自身の下へ向かって小声で何かつぶやいた。が、周りの音に消されて、娘には聞き取れなかった。
「その服のままではお困りだろう。一緒に来なさい」と言い、男が歩き出した。
男に付き添っている若い女がにっこり笑いかけ、彼女の腕をとると
「怪我がなくてよかったね。この近くに知り合いの服屋があるから、裙を見繕って替えてもらおうね」と、話しかけてきた。その女は凛々しい顔立ちで、人懐っこい笑みを浮かべていたし、男は愛想はないけれど、優しそうに見えた。それで、いつもなら、もっと用心するのに、好奇心が勝り一緒について行った。
シュリナは、娘がちゃんとついてきているのを振り返って確認し、リーユエンへ
「あの子、結構いい家のお嬢さんみたいだね」と、ささやいた。
するとリーユエンは
「お茶会に来ていただろう。宰相の娘のアーリナだ」と答えた。
シュリナは、目を見開き「本当だ。さっすが明・・・じゃない、リーエユンよく覚えてるわね」
リーユエンは一回見たものは忘れない。アーリナのこともちゃんと覚えていた。
「ヨークに侍女を探しにいかせたけれど、宰相の家へ直接連れて帰った方がいいかもしれない」と、つぶやいた。
三人は、青鷺通りの、離宮御用達の被服商、蓮花堂へやって来た。
シュリナが中へ入り、店員へ離宮のご用で来たので、店主を呼んでほしいと頼んだ。すると、ほどなく店主が大急ぎでやって来た。
「おや、シュリナ様ではございませんか。先だってはどうも」
あの時、全然似合わないシュリナ用の紫の衣に困り果てた店主は、彼女がすぐそのシュリナだと気がついた。




