18 明妃のお茶会(2)
大量の書類仕事をさばき終えたリーユエンは、お茶が飲みたくなり、ウラナを呼んだ。すると彼女は、離宮へ出入りする高級仕立て専門の被服商と高級宝飾品の御用商人二人を引き連れてやって来た。
ウラナは、お茶の用意をしつつ
「お茶会は十日後に開くことにいたしました。明妃には、お茶会用の衣装と宝飾品を新しくご用意いたします。今日は、商人をつれて参りましたので、お好きなものをお選びくださいませ」と言い、そのかたわらでは、二人の商人が、一方は唐櫃から衣装用の生地を数十枚、一方は、幾つもの宝石箱を並べて開け始めた。
ところが、明妃は、「私的なお茶会に服を仕立てるなんて仰仰しいことはしなくても・・・」と、断ろうとした。
ウラナは明妃を上から見下ろし「明妃、あなた様は、玄武国における第二位の身分のお方でございます。たとえ私的な催しといえども、第二位のご身分の威儀を示す必要がございます。どうぞ、衣服は最低五着、宝飾品は最低でも十二、三はお選びになってください」と、指示した。
「ええっ、たった一回開くだけの茶会に、どうして、そんなに衣服や宝飾品が必要なの。金がもったいないだろう」と、茶器を受け取りながら明妃は、眉尻を下げて抗議した。
被服商と宝石商は、ふたりとも心の中で、ウラナ侍女頭がんばれ、明妃がお買い物意欲が増すよう説得してくださいと、応援した。明妃は、御用商人にとっては、難攻不落の攻略対象で、なかなか買い物をしてくれない困ったお方だった。大臣方のご夫人や、貴族や大商人の妻妾は、彼らが、お似合いですよとか、これは今流行りです、とかいうと、すぐお買い上げ決定になるのに、明妃は、それが本当に必要なのか、品質のわりに値段がどうなのとか、手持ちの品で間に合うとか、ありとあらゆる理由をつけて買うまいとするのだ。
「当然です。茶会の途中で、お色直しをしていただきますもの」
「はあ?儀式でもないのに、なんでお色直しなんかするの?」
ウラナは、寝台の傍に座り、明妃の紫の眸をまっすぐ見た。
「明妃、よーくお考えになってください。あなたが、大牙の衣で仕立てた衣服を身につけたなら、第二位のお方が身につけた、あの服を私も同じように着てみたい、明妃が大牙の宝石を細工した宝飾品を身につければ、明妃と同じ宝飾品で胸元を飾ってみたいと思うのが、女心なのですよ」
明妃は数秒ジイーッと考え込んだ。それから
「私が第二位だから、私が身につけたら、皆が欲しがるって、そういう事なの?」
「左様でございます」
ウラナは大きくうなずいた。
うしろで、商人二人も大げさにうなずいた。ふたりとも内心では、(さすがはウラナ様、難攻不落の明妃の購買意欲を掻き立てる方法をとうとう発見されたのですね。ありがとうございますっ)と感謝の叫びをあげた。
ウラナから二杯目のお茶を受け取り、明妃はゆっくり口をつけた。その様子を見ながら、ウラナは、(猊下から、一枚は必ず紫の衣を着せてほしいと頼まれてしまったのだけれど、明妃は、紫を忌避していらっしゃるようで・・・・なぜなのかしら)
ウラナはさりげなく
「この度は、紫のお色のものが中心ですので、やはり、明妃も紫のものを何か身につけられてはいかがでしょう?」と、切り出した。
茶器から顔をあげた明妃は、「紫の衣が、それで下げ渡しできるのなら、一枚くらい着てもいいわ」と言ったが、あまり乗り気には見えなかった。
ウラナは、寝台わきに腰掛けて、明妃の顔をのぞき込んだ。
「どうして、紫がお嫌なのですか?」と、そっと尋ねてみた。
明妃は憂鬱な表情で、「前世で死んだ時、紫の袍をまとっていた。それに黄牙へ着いたら、謁見前に着替えが規則になっていて、紫の衣で、口移しで酒を飲まされた。それに、青牙でも着替えたらまた紫で、今度は針を刺された」
「まあ・・・・」
「紫なんか・・・・見るのも嫌だ」
右側の瞼が閉じて、涙が一雫こぼれ落ちた。
明妃は、手で顔を覆ってしまった。




