2 金杖国の王子様(3)
さくらからの励ましへ、クルクスは右手をあげ、うなずいてみせた。それから、深呼吸すると「私が本日公正なる法の番人である法務院へ訴え出たことは、一、事前通告なく、大平原から金杖国を通り抜ける通商隊への交易通行税が一気に三倍に引き上げられたこと。二、その布告が、本来、担当部署であるはずの財務大臣名でも、国王陛下の御名でもなく、王妃陛下の御名でなされており、手続き的に瑕疵があり無効な布告だという二点である。この訴えの主訴人は、狐狸国からの通商隊のひとつ、大隊長カリウラの名でなされ、連署人は、有徳の老師リーユエンだ」
クルクスを取り巻く群衆の中からどよめきが起こった。金杖国の獅子たちは気が荒く、争いが絶えない。男同士で決闘し殺し合ったり、女同士ですらそんな事が日常茶飯事に起こる。当然、片親を亡くしたり、父母をなくす幼児、子供は後を絶たない。そんな気の毒な境遇の孤児のための施設が、先日開園したばかりで、今までにない規模と充実した設備と人員配置で、注目の的となっていた。そして、その孤児院の設立の際、リーユエンが密かに莫大な寄付を行ったことは、いつの間にか巷の市民の知るところとなっていた。
「へえ、あの有徳のお方が連署人とは、きっと交易隊へ出資をなさっていてお困りなんだよ」
「あの立派な孤児院を作るために莫大な寄付をなさったそうだ。そんなお方を困らせるなんて、王政府は恩知らずな連中だ」
クルクスが潜ませたさくらだけでなく、一般市民からも非難の声が上がり始めた。
クルクスはさらに朗々と声を張り上げた。
「そうだ、有徳の老師リーユエンが連署人だ。彼は、大隊長カリウラが立ち上げた隊商に同行して、西荒へ行こうとしたところ、足止めされて困っておられる。彼は、西荒においても、病人や未亡人、孤児など不遇な人々を救おうとするお考えなのに、ここで我らの王政府の勝手な都合で足止めするとは、あまりに不当ではないか」
クルクスは、まるでリーユエンが聖人であるかのように持ち上げた。聴衆は、クルクスの意見にすっかり引き込まれ、義憤にかられ次々に叫び出した。
「王政府は、通行税の値上げを撤回するべきだ」
「有徳の老師を困らせるな」
「西荒でも善行を積もうとする老師を阻むのは、許し難いことだ。恥を知れ」
金獅子は、情熱的ですぐかっとなりやすい傾向がある。ここでもその傾向が遺憾なく発揮され、広場はすっかり騒々しくなった。
広場の騒ぎを聞きつけ、法務院の中から役人が現れた。そして、クルクスの側までやって来ると
「クルクス殿、あなたが本日提出された訴状の調停は、明日の朝一番から開始します。十時に法務院へ来てください」と、話した。
それを聞いたクルクスは、両腕を大きく横へ広げ
「皆さん、聞きましたか。法務院は、私の主訴人と連署人に、誠実に対応してくださるそうです。ありがとうございます」と話しかけ、その場をうまく納めてしまった。訴状を受理しても、審理開始は通常半月から一ヶ月待ちの法務院が異例のスピード対応に踏み切ったのは、まさに、クルクスが老師リーユエンの高名を利用して起こした騒ぎのおかげだった。クルクスは、内心、これで来年の法務官選挙は有利に戦えるなと思い、己の作戦勝ちだと得意になっていた。
クルクスが広場で一席ぶちあげ、明日一番の審理開始をもぎ取った話は、町中に広がり、その日の夕方には、三人も知るところとなった。カリウラとハオズィは、さすが腕のいい弁護士だと喜んだが、対照的にリーユエンは浮かない様子だった。こめかみを片手で支え、喜ぶ様子のないリーユエンへ、カリウラは
「どうしたんです、何だか元気ありませんよ。明日は法務院へ行くんでしょ?」と、浮かれた様子で尋ねた。




