第七章 葛井神社の伝承
平松は、諏訪湖の南──茅野市の外れにある葛井神社を訪れていた。
境内は人影もなく、樹齢数百年を経た杉木立が春の風にわずかに揺れている。
案内された社務所の奥、年配の神主が慎重な手つきで桐箱を開けた。
中から現れたのは、一枚の古びた巻物だった。
墨のかすれた文字には、葛井池と静岡の桜池が“水脈で繋がっている”とする古記録が記されている。
「この池です」
神主に案内され、平松は境内の奥へ足を運んだ。
葛井池は思ったより小さく、しかし底知れぬ青さを湛えている。
この水面の下に、遠く桜池へと続く道があるというのか──。
その不可解さを抱えたまま、平松は神主に礼を述べ、次の目的地へ向かった。
事前に連絡を取っていた松本・信濃大学の地質学研究室。
そこに、この奇妙な伝承の答えを知る人物がいるはずだった。
平松はすぐに教授とのアポイントを取り、松本市にある信濃大学・地質学研究室へと向かった。
講義棟の奥、重いドアを開けると、壁一面に色褪せた地質図や断層線のパネルが並んでいる。
机の前には、灰色の作業着を羽織った教授が立っていた。手には分厚い資料の束。
「お待ちしていました、平松さん」
低い声とともに、教授は椅子を勧めた。
平松は懐から一枚の航空写真を取り出し、机の上に静かに置く。
「教授。……もしも、王町から静岡の桜池まで地下水脈がつながっていたとしたら?」
教授は顎に手を当て、少し目を細めた。
「その仮説、私も一度真剣に考えたことがあります。というのも、糸魚川-静岡構造線は単なる断層ではなく、地下の“水路の壁”としても機能している。断層の下層──深さおよそ0.5kmから2kmにかけて──に、巨大な地下水脈が走っている可能性が高い」
「巨大な水脈……?」
「はい。そして興味深いことに、葛井池や桜池といった“伝承に残る池”は、いずれも2万年以上前に形成された“陥没型の湧水池”と推定されている。つまり、長い年月をかけて地下水が岩盤の天井を侵食し、やがてそれが落盤して池ができた」
教授は地質図の一点を指し示した。
「私の試算では、北アルプスから流れ込んだ地下水は王町付近で地中へと入り、そのまま静岡を抜けて、遠州灘の沖合十数キロの岩盤を貫いて海へと流れ出ている。葛井池も桜池も、そのルート上にある“漏斗”のような場所なんです」
平松は目を細める。
「では……王町の葦夜湖に死体を投げ入れたら、葛井池や、最悪遠州灘の海に流れ着く、ということになりますか?」
教授は苦笑を浮かべ、首を横に振った。
「それは難しい。葦夜湖は閉鎖性が強い湖です。流入量に対して流出の明確な水系は確認されていない。沸き水が主体で、湖底から地下水脈へ直接抜けている可能性はきわめて低い」
平松は唇を噛み、うつむいた。
「……やっぱり俺の推理は、外れか……」
だが、教授はそこで地図の一箇所をトントンと指で叩いた。
「ただし。もし“直接”地下水脈に遺体を流せば、話はまったく別です。たとえば──王町の山中にある風穴や鍾乳洞の奥底などから、水流に乗せた場合……」
平松が顔を上げた。
「そこからなら……?」
「ええ。水深がある場所では洞窟は完全に満水になります。通常の流速は秒速0.5メートル程度──時速1.8km。でも、地下圧の高まる区間では1.2m/秒──時速4.3kmを超えます。大量の雪解け水や雨水が、1日20万~30万m³──つまり毎分140トン規模で流れている。しかも、雪解け水は極度の低温ですので、死体は腐敗せずに流れていくでしょう」
教授は断言するように言った。
この物語はいかなる団体・宗教・思想とも関係ありません。
登場する人物・団体・地名はすべて架空のものであり、実在のものとは一切関係ありません。