第五章 浄財の流れ
港町の外れに建つ鉄骨三階建てのビル。
正面には金文字で「大光教会」と掲げられ、入口には花の飾られた祭壇と香炉が置かれている。
信者らしい女たちが紙袋を抱え、静かに礼拝堂へ消えていく。
奥の事務室では、経理係が木札を束ねたような寄付金袋を一つずつ開け、札を数えては銀行封筒に移していく。
袋には信者の名前もなければ住所もない。すべて「匿名寄付」。
札束の端には、まだ港の油とタバコの匂いが染み付いていた。
別の机では、男がタイプライターで「昭和五十二年度 宗教法人会計報告書」を打ち込んでいる。
数字の列には「信者献金」「布教活動費」「海外伝道支援金」。
どれも合法、税務署も手を出せない。
夕方、封筒は公用車に似せたライトバンに積まれ、港近くの第一銀行支店へ運ばれる。
表向きは「海外布教のための資金送金」。
送金先は香港の信者団体──だが、そこから先は追跡不能。
現金はやがて釜山を経て、北朝鮮や中東の口座へと姿を変える。
帳簿の上では、すべてが清らかな「浄財」だった。
だが、その金が武器の弾倉やヘロインの袋に化けることを知る者は、ここにいるわずかな人間だけだった。
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裏ルート
夜の港湾地区。
コンテナヤードの外れ、照明の切れた荷役倉庫の前に、一台のライトバンが停まっていた。
スライドドアが開くと、後部座席から封筒の詰まった紙袋が二つ、無造作に降ろされる。
待っていたのは、港湾労組の腕章を巻いた初老の男──しかし、その背後に控える若い連中は、スーツの下に刃物を忍ばせた柳瀬会の兵隊だ。
「例の“献金”だ」
佐嶋は低く言い、紙袋を足元へ置いた。
港の風が吹き込み、札束の隙間から油と線香の匂いが入り混じって漂う。
初老の男は袋の口を開き、中をざっと覗くだけで頷いた。
「今夜の船で出す。あとは釜山経由だ」
その言葉に、佐嶋は無言で背を向ける。
闇に沈む倉庫の奥では、既に農機具コンテナが開けられ、中身の空箱に金属ケースが詰め込まれていた。
ケースの中には──カラシニコフの銃身と、ビニールに包まれた白い粉末。
宗教法人の会計帳簿には、「海外布教活動支援」として金額だけが記されるだろう。
だが、実際に海を渡ってくるのは、祈りではなく破壊と中毒を撒く道具だった。
この物語はいかなる団体・宗教・思想とも関係ありません。
登場する人物・団体・地名はすべて架空のものであり、実在のものとは一切関係ありません。