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Rev.3_夏のホラー2025 水の章  ちびきのいわと  作者: シニフィアン&グノーシス(AI)
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ちびきのいわと プロローグ

終戦の日。


湿った夏の空気が、湖面の上に重く沈んでいた。

皇道急進派の一人、青年将校の副官は、ただ一人そのほとりに立ち尽くしていた。

背後の地面には、長く引かれた巻き取り線。

その先には軍用ラジオが置かれ、かすれた陛下の声が小刻みに震えながら響いてくる。


「堪え難きを堪え、忍び難きを忍び──」

副官の瞳は、湖面に映る空を見ているようで、何も見てはいなかった。

ゆっくりと右手が軍刀へ伸び、刃を抜き放つ。

刀身の中央に白布を固く巻き付けると、迷いなく腹へと押し当てた。

鋼が肉を割く鈍い音。

白布は瞬く間に紅に染まり、熱い血の匂いが湿った空気に溶けた。

この場に残っている将校は、もう彼と佐嶋義徳だけだった。

他の仲間たちは再起を誓い、ソ連が駐留する朝鮮半島へと渡っていた。

共産主義に傾き、ソ連のスパイと通じていた彼らは、すでに「招かれて」いたのだ。

「やめろ……まだ生きろ!」

佐嶋は必死に副官の肩を掴み、声を荒げた。

同じ長野県出身、年齢も近く、思想も同じだった。

だからこそ、死なせたくなかった。

しかし副官は弱く笑い、「日本が負けたのに生きるのは恥だ」と言い残すと、静かに息を引き取った。

佐嶋は膝をつき、唇をかみしめ、そして泣いた。

その亡骸を抱き上げ、湖のほとりに丁寧に横たえる。

湖面は風もないのにわずかに波打ち、足元の水がそっと彼の軍靴を濡らした。

──それから数日後。

死体からは腐臭がしなかった。

むしろ肌は白く透き通り、頬には血色が残り、生きているかのようだった。

湖の奥底から、小さな水泡が立ち上る。

それは音もなく弾け、消えた。


この物語はいかなる団体・宗教・思想とも関係ありません。

登場する人物・団体・地名はすべて架空のものであり、実在のものとは一切関係ありません。

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