第十九話 衣装チェンジ
ギルドを出て、お姉さんの言っていた通り東へ進むこと数分。
石畳の道の先に、木造のこぢんまりとした建物が見えてきた。
目を凝らしてみれば、服がガラス越しに飾られている。
どうやらアレが服屋らしい。
「ふぅ、着いたっと」
「んんっ……」
扉に手をかけた瞬間、背中から小さな気配が動いたので、振り返って見ると。
俺の背中でかみのこが、ぼんやりと目を開けて口を開いていた。
「ふぁぁぁ……。あ、まこと……。かみのこ、おねむさんだったからぐっすりしちゃってたもん……。ごめんもん……」
欠伸混じりの声。完全に起き抜けモードだ。
それでいて、真っ先に謝ってくるあたりちょっとかわいいらしい。
寝起きは性格が出ると言うのだし、やっぱり、これがかみのこの素なんだろう。
「別にいいって。今回はお前が一番頑張ったんだから、寝るくらい気にしねぇよ。もうクエストの報告も終わったし、ちょうど服屋にも着いた。たんまり金も手に入ったことだし、好きな服でも買えばいいさ」
「ほんとに!? やったもん!!」
パチンと目が冴えた。
一瞬でテンションが爆上がりする女神様。わかりやすいにもほどがある。
背中からズルッとすべり降りたかと思えば、次の瞬間には俺の手を引いて駆け出していた。
「いそげいそげもん! はやく新しいお洋服見つけるもんよ!」
「おいおい、転ぶなよ。てかお前、その格好でよく走れるな……」
ジャージの裾がぱたぱた揺れて、後ろ姿は完全にワンサイズ大きい服を着た子供。本人に言ったらまた怒られそうだ。
かみのこが待ちきれない様子でドアノブに手をかける。
扉を開けると、そこには目の前に広がるのは壁いっぱいに吊るされた服、服、服。
中世風の一般服に、チュニック、ケープやローブにまで、想像してたよりも種類が豊富だった。
カラン、と鳴る鈴の音に振り返った店員と目が合い、とりあえず会釈して中へ。
「すみません。モンスターの攻撃でこいつの服が燃えちゃいまして、新しい服を買いに来たんですけど……」
かみのこを指差しながら事情を話すと、若そうな女性の店員さんは、意外にも笑って頷いた。
「うんうん、あるあるだねー。うちの常連さんにも、よく炎や風に衣服やられて来る子がいるから。冒険者さんってそういうもんでしょ?」
……たしかに。モンスターと戦ってりゃ、服が燃えるだの破けるだの日常茶飯事ってやつか。
言われてみれば、今さら焦る方がおかしいのかもしれない。
「かみのこ。お前着たい服とかあるのか? 店員さんに聞けば場所くらい教えてくれると思うぞ」
「うーん……。かみのこ、あのお洋服しか着たことなかったから分からないもん……。体は常に再生してるし、ちゃんと毎日再生の光をお洋服にもかけて、ぬぎぬぎする必要もなかったから」
……またさりげなく、チートっぷりを主張してくれやがって。
自慢のつもりなんだろうか。
「……お前の神様事情は置いておいてだな、残念ながら今回はそうはいかないぞ。燃えた服のカケラも残ってなかったし。似たような服を探そうにも、ドレスなんてこんな小さい街の一店舗に置いてるかどうかも怪しいしな」
「こんなって、アナタ失礼だね?」
突然の低めのトーン。
振り返れば、店員さんがにっこり笑いながらも、笑みを一切感じさせない目で俺を見つめていた。
「す、すみません……」
その見事な圧に、俺は即座に謝罪した。
言葉の選び方って、大事だな……。
「うーん、それじゃあ……」
そんな俺たちのやり取りを気にもせず、かみのこは視線を店内にぐるりと巡らせながら、口元に指を添えた。
***
カーテンがサッと開かれた。
「ふふ〜ん♪ お着替えしちゃったもん〜!」
得意げな鼻歌とともに、試着室から出てきたかみのこが両腕を広げてくるりと一回転してみせる。
その装いは、白を基調とした神官服だった。
胸元から裾にかけてすべてが純白で統一され、見る者の視線を自然と誘導するような、清楚で落ち着いた印象を与えるデザインだ。
腰には金色の留め具がついたベルトが二重に巻かれ、さりげなく気品を添えている。
袖は広がりのあるロングスリーブ。裾はふくらはぎのあたりで切りそろえられ、軽やかに揺れる。
頭にはフードが深くかぶせられ、長い銀髪の髪が丸ごと覆われている。
足元は以前と同じ、ヒールブーツをそのまま履いているが、服の格調が全体の印象をがらりと変えている。
まるで女神様から神官見習いになったかのような、神秘性よりも可憐さが混じった姿だった。
……が、それも「ある部分」を見なければの話だ。
何故かスカートの左右には、太ももがのぞきそうなレベルの深いスリットが入っていて、見る角度によってはかなり危うい。
あくまで機能性と装飾の範囲でのスリットなのだろうが……どうしても目が吸い寄せられる。
しかも、かみのこのあの俊敏な戦闘スタイルで動き回ったら、絶対にスカートがひらひらして、スリットの奥がチラりしてしまう。
子供相手なのに、なんであんな色気出すような感じに……。
くそっ、服だけ見れば清楚なのに妙にエロい。
見えそうで見えないのが、男心をくすぐってしまう。
俺はロリコンなんかじゃないはずなのにっ……!
「あら〜、すごく似合ってるわよ〜! 白が似合うとは思ってたけど、ここまで似合うと思わなかったわ。お人形さんみたい!」
店員さんが目を細めて賞賛の声を送ると、かみのこは嬉しそうに顔をほころばせた。
「えへへっ、ありがとうもん……。このお洋服、可愛くてすっごく動きやすいもん! ねぇねぇ、まことは? まことはどう思うもん?」
かみのこはくるりと振り返り、期待に満ちた目でこちらを見上げてくる。
「あ、ああ……え、えっと……」
エロい、と言いかけたのをなんとか喉の奥で押し留めた。
そんなこと言ったら人として色々終わる。
終わってしまう。
でも、やっぱり言わなきゃいけないよな。
ちゃんとした感想を。
「か、かわ……似合ってると思うぞ」
無難に逃げたつもりだった。
いくら関係を築けたとはいえ、やっぱり女の子相手に面と向かって、女の子相手に「かわいい」なんて言うのは恥ずかしかったから。
……けれど、そんな俺の心中を見透かした様に、かみのこはニヤニヤした表情でこちらを見て。
「やったー! まことがかわいいって言ってくれたもん〜!」
ぴょんぴょんその場で跳ねながら、スカートの裾をひらりと揺らし、嬉しさを全力で表現してみせた。
「店員のニンゲンさん、このお洋服、お会計お願いしますもん!」
「はいはい〜。……ほら、キミもそんなジロジロ見てないで、お会計だよ。キミが払うんだよね?」
「じ、ジロジロなんか見てないし……! で、いくらですか」
動揺しながらも、俺は手に入れた金貨袋を懐から取り出そうと………
「あ、うん。二十五万ゴールドだよ」
……して、手が止まった。
「「…………」」
絶句とはまさにこのこと。
俺とかみのこの間に、静寂が訪れた。
神様のかみのこでも、服一つにこの金額はおかしいのを理解してるみたいだ。
「いやいやいや。店員さんも冗談がお上手ですね〜。二十五万って、二万五千の間違いですよね? それか二千三百の……」
「二十三万」
茶化すように言ってみたが、店員さんの態度は断固して、全く値段を変える気配がない。
「……ぼったくり、とか? それとも、こんな店って言ったの根に持ってます?」
「ううん。ちょっとした高価な素材使ってるから」
素材のせいで二十五万……?
どういう計算だ?
布だろ。スカートの端がヒラヒラしてるだけの、ただの神官服だろ!?
ちょっとスリット深くて、それでいて清楚で、でもちょっとだけエロいだけの……。
……いや、それが高い理由か?
「まこと……これ買っちゃだめもん? かみのこは、このお洋服気に入っちゃったもん……」
あまりの値段の高さに躊躇していると、振り返ってみれば、つぶらな瞳でおねだりしてくる女神様(7歳)がそこにいた。
確かに好きな服を買っていいとは言ったし、今の俺には、百万ゴールドが手元にある。
……あるけどさ。
「……っ、く……」
俺は断腸の思いで金貨袋を取り出し、店員さんに差し出した。
「……これでお願いします」
「はいはーい♪ 毎度あり〜」
金貨袋から二十五万ゴールド分の硬貨を取り出し、店員のお姉さんは満足げな笑顔を浮かべた。
……せっかく手に入れた百万ゴールドのうち、四分の一がもう消えたんですけど。