第十八話 クエスト報告
街に戻った俺達は、真っ先にギルドへと向かった。
本当は俺の精神衛生上、今すぐにでもかみのこの新しい服を買いたいのだが、残念ながら今の俺の財布は、風通しが良すぎる。
なんなら財布すら持っていない。
金がなければ始まらない。
だからこそ、まずはクエスト達成の報酬をもらいに来たわけだったのだが……。
「お、おかえりなさい。ツルギマコトさん……。ご無事で何よりです……」
先ほど俺たちの冒険者登録を担当した受付のお姉さんが、どこか緊張した面持ちで言葉をかけてきた。
その目には驚きと、わずかに怯えすら混じっている。まるで幽霊でも見てるような顔だ。
まあ、常識的に考えてレベル1の俺たちが、このクエストを受けて帰ってきただけでも奇跡的なことなんだろうし、無理もないだろう。
「だ、大丈夫ですよ。失敗は誰にでもあることですし、無事に帰ってきたことが一番です……! じ、次回からは、きちんと適正レベルの依頼を選んでくださいね?」
「ははは、そうっすね……」
そんな様子でも、俺達を慰めようとしてくれるお姉さんの優しさに、俺は思わず苦笑いしてしまう。
──ほんとうに。それが正解だったよな……。
異世界無双と思いこんで、身の丈に合わない高難易度クエストを受けた結果がコレだ。
一応クエスト自体は達成できて、結果オーライなのかもしれないが、俺としてはもう二度とゴメンだ。あんな強敵との戦いなんて。
「あ、あのー、何か考え込んでるところ申し訳ないのですが、冒険者カードのご提出をお願い出来ますか?」
「あ、はい。すみません」
しまったしまった。
自分の世界に入り込んで、完全に現実からシャットアウトしてしまっていた。
俺は冒険者カードを取り出そうとポケットを探る。
すると、なぜかカードの感触が二枚あった。
取り出してみると、そのうちの片方はかみのこ冒険者カード。
ああそうだ。そういえば、かみのこに渡されたのを返し忘れてたっけ。
おかげで、かみのこの服と一緒に燃えずに済んだのはある意味ラッキーだな。
……こうなってる時点でラッキーじゃないけど。
「むにゃむにゃ……んんっ、お任せもん……。困った時はリジェネートもん……」
こいつはいったい、どんな夢を見てるんだか。
俺は背中で寝息を立て、だらしなく涎を垂らしている女神様を感じながら、冒険者カードをお姉さんに差し出した。
それを受け取ったお姉さんは、端末のような機械を取り出すと、カードと依頼書を順に通し始めた。
何をしているか聞いてみると、どうやらクエストを達成しているか確認らしい。
報告なのだからてっきり口頭かと思いきや、まさかカード渡すだけとは。
意外と近代的だな、この世界。
冒険者カードには、本人のあらゆる情報が詰まっている。
職業はもちろんのこと、レベル、使用できるスキルや魔法、討伐したモンスターの数、さらには自分の魂までも。
そんなカードを受けた依頼書と一緒にギルドの専用端末に通すことで、魂の記憶を照合し「その依頼が本当に遂行されたか」が判断される仕組みらしい。
要は、魂が証拠。嘘をついても魂には刻まれているからバレるということだ。
命懸けで帰ってきた冒険者の証言よりも、無機質な機械の判断が優先されるってのも正直どうかと思うけど、仕方のない事なのだろう。
「やりましたー!」って言うだけで金がもらえる世界だったら、真面目に働く奴なんて一人もいねぇよな。
手慣れた手つきで端末を操っているお姉さんの様子を見ていると、カードと依頼書を通した機械が、唐突に「ピーピー」と電子音を立てた。
俺たちの世界でいうところの、完全にエラー音だ。
いやいや、おかしいだろ! 確かに俺たちワイバーンを倒したぞ……!?
てか今ここで報酬もらえなかったら、かみのこにこのままの格好でいてもらわなきゃいけないんだけど!
もしかして、達成条件が足りてなかったとかか?
木が倒れた程度じゃ巣の破壊になってなかったとか、そんな感じの理由があるのか!
「……?」
そんな俺の焦りが表情に出始めた頃、一方でお姉さんは何故か首をかしげていた。
そして、もう一度同じようにカードと依頼書を機械に通す。
また「ピーピー」。
さらにもう一回。そしてもう一回。
三回目。四回目。
何度やっても、結果は同じピーピー音。
「やっぱエラーじゃねーか!」と内心叫びかけたところで、ようやくお姉さんが困ったように口を開いた。
「えっとー、ツルギマコトさん? このクエストって、未達成ということでよかったんですよね……?」
「え?」
「いえ、どういうわけか、何度確認しても達成済みの認証が出てしまいまして……。おそらく何かの不具合ではと思うのですが……」
正常音がエラー音なのかよ、紛らわしいわっ!
心の中でツッコミつつも、とりあえずクエストが達成されていることに安堵した俺は、お姉さんに真っ直ぐ事実を告げる事にする。
「あーいや、それであってますよ。俺たち、クエスト達成してますから」
「た、達成ですか?」
俺の言葉にお姉さんは、カードと機械を交互に見つめながら、信じられないといった顔で口を開いた。
「だ、だってツルギマコトさん、ポーターですよね? 魔法も使えなければ、スキルも取得してないから剣だって満足に振れない。下手したら冒険者最弱と言っても、過言ではない程の低ステータスでしたよね!?」
おっとお姉さん、案外失礼ですね。
たしかかみのこも似たようなステータスだったはずだけど、なんでそっちはスルーなんですかね。
「それに運良く巣を破壊しただけならともかく、ワイバーンを討伐したことになってるんですよ!? 武器もお持ちでないようですし、レベル1でそれは、いくらなんでもさすがに……」
「流石にって言われても、達成したものは達成したんです。……色々ありましたけど」
「い、色々……ですか……」
お姉さんは困惑したまま、状況を理解しようと小さく頷く。
しかし、瞳の中にはわかりやすく疑念の色残っていた。
──はぁ、めんどくせぇ……。
これが自分の実力で倒したなら、この反応も気持ちいいし「へっ、驚いたか?」とかイキれたんだろうけど……。
実際のところ、俺はバリアで身を守って、かみのこが全部片付けてくれただけだ。
そのかみのこのためにも、一刻も早く終わらせたいんだけどなぁ……。
……仕方ない。ちょっと良心は痛むが、投げやりな態度をとって早く終わらせるように持っていくか。
「……とにかく、そっちの機械も正常に反応してるみたいですし、俺としては一刻も早く達成報酬が欲しいんですよ」
と、俺は背中にぽんと手を当てて、ぐっすり眠っているかみのこを示した。
「ほら。こいつ、戦闘中に服燃えちゃったんで、素っ裸なんです。このまま放置するのは、色々と道徳的にヤバいと思うんですけど、どうすかね?」
先ほどまでとは違う俺の強気な物言いに、お姉さんの視線がようやく俺の背中へと移った。
「きゃっ!?」
かみのこの服装……服のなさに気づいたらしく、お姉さんはあからさまに目を逸らして後ろ向きになった。
「す、す、すみませんっ……! 気づかず、大変な失礼を……!」
頬をほんのり赤く染めながら、バタバタと引き出しを開け閉めし始める。
そして、中から一つの厚手の金貨袋を取り出し、そそくさと俺の前に差し出してきた。
「ほ、報酬です! 今回のクエストの達成報酬の百万ゴールドです!」
おおっ、数字だけで見るとなんかすごいぞ。
この世界の物価を知らないから素直に喜べないが、1ゴールド1円換算で100万円ってところだろうか。
かみのこが起きたら聞いておこう。
「ここからいちばん近い洋服店は、このギルドを出て東に真っ直ぐ進めばすぐ見えてきますから! あのっ……『ブリードワイバーンの巣の破壊』のクエスト達成を正式に確認いたしました! お、お疲れ様でした!」
語尾が跳ねるほど早口だった。
俺が何か言う前に、お姉さんはぺこりと頭を下げ、再び後ろ向きになって書類に目を落とした。
「……自分からやっといてなんだけど、なんか申し訳ない気がしてきたなぁ……」
こんな事でも罪悪感を感じてしまう俺は、やっぱり現代っ子なんだと強く実感するのだった。