第十七話 仲直り
沈黙がしばらく続いた。
柔らかなそよ風の音と、再び歩みを進めたことによる草を踏む俺の足音。
そして、背中から聞こえる静かな呼吸音だけがそこにあった。
「ロリコンさ……ううん。まこと」
突然の小さな呟きが、背中越しに声が落ちる。
しかし、その声には、いつもの張りがなかった。
「かみのこ、お調子ものさんだったもん。怖くないって思ったら、なんでも自分ひとりで出来るって、思い込んじゃったもん……」
耳の後ろにひんやりとした、熱がかかるような小さな感覚。
そこには、確かな後悔の温度があった。
「初めてだから仕方ねぇよ。神様だからって、なんでも完璧にできるわけじゃねぇさ。……俺だって頼られてないからってムキになって、くだらない理由で言いすぎた。とにかくさ、ほんとに無事でよかったよ」
そう口に出してみて、俺は自分の胸の奥がすっと軽くなったのを感じた。
こいつが目の前から消えるかもしれない。
そんな瞬間があったからこそなんだろう。
「まこと……。まことはかみのこが痛いの嫌って思う気持ち、わかってくれたもん……?」
「痛いのは嫌なので、ってことか? わかるに決まってんだろ。俺だって痛いのなんて大っ嫌いだ。つうか、好きなやつなんてそうそういねぇよ。……お前が俺のこと心配したのも、痛みの辛さがわかるからこそだろ。『そうなってほしくなかった』って、思ってくれたってことなんだよな」
「……もん」
肯定の声は、相変わらずどこか申し訳なさそうに。けれどしっかりと届いてきた。
「そう思ってくれるは嬉しいけど、だからこそもう一人で突っ込むのはなしな。痛みが辛いってわかってるなら、あのときお前が死んだと思った時の俺の心の痛みも分かるだろ? お前が俺に死んでほしくないって思うように、俺だって同じように思ってるんだよ」
「で、でもかみのこは──」
「再生できるって言うんだろ」
何かを言おうとした、かみのこの言葉に俺は被せるように言った。
ここまで本音を聞いたのに、今更かみのこに全部任せるなんて事、言わせてたまるかってんだ。
「そんなの俺だって一緒だ。たとえ俺が死んでも、お前なら肉片のひとつでも見つけて生き返らせてくれるんだろ? そしたら変わらねぇよ。どっちが死んでも、結局お前が生き返らせるってことにはな。もちろん、俺は死ぬつもりなんてこれっぽっちもねーけど」
その言葉に背中のかみのこが、俺に掴まる手の力をぎゅっと強めた
きっと何か思うところがあったのだろう。
「だから、そうならないようにこれからは自分一人でなんとかしよう、って自己犠牲な考え方はなし。命の価値は平等で、俺たち二人でしっかり協力する事。約束な。ちゃんとそのちっさい頭に叩き込んどけ」
いつまでもしんみりしたかみのこを見たくなくて。
ほんの少しからかうように言ってやると、案の定、すぐに反応が返ってきた。
「ち、ちっさくなんかないもん! かみのこ、何でも覚えていられる神脳があるもん! ニンゲンさんのまことより物知りさんで、知識もいっぱい、いっぱい持っているんだもん! 宇宙の作り方とか! まことの世界の歴史とか!」
「知識はあっても、その知識を活かせる知恵がないよな?」
「あうぅ……。言い返せないもん……」
背中でむくれてる気配がした。
でもその声は、ほんの少し安心した暖かな響きを帯びていた。
そしてまた数秒の沈黙の後、かみのこは俺の耳元で呟いた。
「かみのこ、もう絶対突っ走らないもん……。ちゃんと、まことと話し合って協力するもん」
小さな決意の声が、俺の背中越しにぽつりと落ちてくる。
決意といっても気合いが入ってるわけじゃない。むしろ、しょんぼりしていて、落ち込んだ子供が反省文を読み上げてるみたいだった。
……それでも、素直に言葉にしてくれたことがなんだか嬉しかった。
たとえ小さな声でも、届いてくれたことがわかったから。
──ちゃんと伝わったんだな。
嬉しさのあまり俺は、つい口の端が緩んでしまった。
「ははっ、えらいえらい。自分の気持ちを素直に伝えるなんてお利口さんだな、かみのこさんは。ようやく俺の事も、名前で呼ぶようになってくれたしな」
「なっ、なにもんその言い方!? せっかく伝えてあげたのに子供扱いもん!? かみのこは神様もん! お利口さんって年齢でもないもん!」
首をぶんぶん振りながら、かみのこは否定の言葉を口にしてくる。
「つい言ってしまった」と思いつつも、かみのこのいつもの子供らしい反応を見た事で、揶揄うのが楽しくなってきた俺は、変わらぬ態度で言葉を続けた。
「子供扱いも何も子供だろ。見た目から言動まで、どこをどうとってもさ。……つうか気になってたけど何歳なんだよ、お前。お利口さんって年齢じゃないってことは、もしかしてロリババアとかだったり……?」
「お、おばあちゃんってほどでもないもん! か、かみのこは……その……」
かみのこはしばらく口ごもったまま、俺の背中で身じろぎもしなかった。
「その……」
言いにくそうに言葉を選びながら、もにょもにょと呟く。
「にゃ、にゃや……もん」
「ん? なに?」
何を言ってるかわからなかったので聞き返すと、かみのこは恥ずかしそうに。
「かみのこは、ななさいもん……。地上換算で……」
「………………マジか。いやマジか。ガチガチの幼女だったのか。てっきり歳を取っても見た目が変わらない的なアレかと思ってたわ」
あまりの衝撃に、思わず一瞬固まりかけた。
確かに見た目も性格も幼児だったけど、まさか純度100%のガチロリだとは……。
神様なのに7歳だとは…………。
「い、言いたくなかったんだもん……! 子供扱いされたくなかったし、神様の威厳がなくなっちゃうと思ったから……!」
ぷいと顔を背けて、かみのこは口を尖らせる。
背中に上に乗ったちっこい存在が、全力で拗ねていた。
「威厳なんて元からなかっただろ。『もーんもん♪』とか言っちゃってる時点で」
「な、なにをー! あるもん! 神様の威厳はちゃんとあるもん! たぶん! きっと!」
自信がないのを自覚しているのか、やたら不確定な言葉で言ってくる。
そんなかみのこに俺は、更なる追い討ちをかけてやった。
「威厳ねー。子供口調にお子様体型。感情がモロに顔と声に出てて、自分のことを話したらやたらと褒めて欲しそうにしてるお前がか?」
「もぉぉーっ! それ以上子供扱いしたら、まことのシンボルが解放する前の状態にまで再生して、ただのニンゲンさんに戻しちゃうもんよ!『リリ──』」
「ちょま、や、やめろ! あれが使えなくなったら本当に俺、ただの荷物持ちになるんだぞ!」
右手に光を集め始めたかみのこに、俺は即座に止めるように言う。
「じゃあ二度と子供扱いしないって約束するもん〜!」
「それは無理! だっておまえ子供じゃん!」
「あーっ! また子供扱いしたもん! いくら神様のかみのこでも流石に許さないもーん! このロリコンさんのいじけやさんーっ!」
「ろ、ロリコンじゃねぇし! それにいじけてなんかもねぇよ! あん時のは別に、頼りにされなかったのがちょっと悔しかっただけで……」
図星をつかれた気がして、俺はついオドオドとしてしまう。
そんな様子の俺にかみのこが、
「それをいじけてるって言うんだもん! そんなのもわからないなんて、やっぱりまことは残念な頭をしているお馬鹿さんもん!」
勝ち誇った顔で、そんなことを言ってきた。
「言いやがったな……! いいぜ、その喧嘩勝ってやるよ!」
「先に売ったのはロリコンさんで、お馬鹿さんで、いじけやさんのまことの方だもーん♪」
「てんこ盛りにしてイジるんじゃねぇ! このおこちゃま幼女神!」
心底楽しそうに言うかみのこに、俺はツッコミがてらそう言ってやった。
すると……
「ようじょしんって何もん! かみのこは再生神もん! そんな不名誉な呼び方しないでもん!」
背中でバタバタ暴れながら、力強く言ってきた。
ただのツッコミのつもりだったのに、この高反応。どうやら子供扱いされるのが余程嫌らしい。
……だが甘い。
喧嘩を売っておきながら、自分から弱点を晒すなんて、もはやそれを言ってくれと言っているようなものだ。
「けっ、引きこもりでネットの巣窟にいた俺だぞ? お前を言葉で屈服させるなんて、わけもねぇんだよ。なんならもっと不名誉なあだ名をつけてやろうか? 例えばロリ……」
「やぁぁぁ! すごく嫌な呼び方されそうで嫌もん! 一度聴くと、忘れられないんだから変な呼び方しないでもん〜! もういじけやさんなんて言わないからっー!」
「なんでそれだけなんだよっ! いじけやよりも、まずはロリコン呼びをやめることを宣言しろ!」
ワイワイとくだらない応酬をしていた俺たちだったが、気づけば背中から伝わる声の温度は、すっかり元の暖かさを取り戻していた。
──やっぱりこいつにはシリアスよりも、こっちのコミカルな空気の方が似合ってるな。
そのまま俺たちは、そのくだらない応酬を長々と続け、冒険者ギルドへと歩いて行った。
***
シリアスな雰囲気は、これ以降しばらくないです。(そんなにシリアスじゃなかったらごめんなさい)
最後だれちゃってごめんなさい。言い合いのところはカットしようと考えてたんですけど、つい書きたくなってしまって……。