第十六話 女神の気持ち
「ロリコンさん。もうちょっと早く、揺れないようにゆっくり歩いてほしいもん」
「何言ってんだ、おまえ」
素っ裸でそんな矛盾事を言ってる女神様は現在、俺の背中におぶっていた。
正確には、神器のヒールブーツは履いたままだし、俺のジャージを羽織っているため、完全な素っ裸ではないのだけど。
ちなみにドレスが再生しなかったのは、再生の力が常時働いているのは、肉体だけだかららしい。
ドレスや髪飾りといった身に纏っているものには、傷つくたびにいちいち再生の光をかけなければいけないとのことだ。
なのでドレスの焼けた切れ端でもあれば、今頃再生させてまた着ることもできたのだが、炎に飲み込まれた衣類にカケラなんて残るわけもなく。
その結果、今もこうして素っ裸でいるという訳だ。
しかしまぁ。
「もーんもん、もーんもん♪」
切り返し早いなぁ……こいつ。
ついさっきまで、服が消し飛んでフリーズしてたくせに。
当の本人はもう完全に、いつもの天真爛漫モードへ突入していた。
裸になったことに恥ずかしがるのではなく、驚いてフリーズする、というのも大概変な話なのだけれど。
やっぱり女神様の価値観はよく分からないなと、俺は背中で鼻歌を歌ってるかみのこを見て、改めてそう思った。
「ねぇねぇロリコンさん、ちゃんと持ってるもん? かみのこの神器」
「ん? ああ、持ってるよ。ほんとは持ちたくないけど」
言いながら、俺は左手に持った生命の笛をかみのこに見えるように掲げた。
かみのこの神器。生命の笛もとい、リコーダー剣。
笛の状態にしていれば吹かない限り、生命エネルギーを吸収されることはないので、笛状態にして俺が持っているのだが……正直言って持っていたくない。
何かの間違えで効果が発動してしまったら、再生能力を持つかみのこならまだしも、一般人の俺の場合、間違えなくポックリ逝ってしまうだろう。
「……どうしたもん? ちょっと辛そうもんね。もしよかったら、また精神再生するもん?」
「いや、今はいい。なんていうか、今は落ち着きたくないんだ」
そう言って、俺は苦笑いのまま息を吐いた。
「俺のことより、お前の方こそ平気なのかよ? ワイバーンのブレス直撃してたのにさ」
俺の言葉に、かみのこは呆れた様な声で。
「もうっ! そのセリフ、これで五度目もんよ? 何度も言うけど、へーきへっちゃらもん。再生を司る女神様をなめなめするんじゃないもん!」
そう胸を張る声は、どこまでもいつもの調子だった。
それでもやっぱり、心配せずにはいられなかった。
「ならいいけど……。そういえばさ、お前の再生のシンボルって具体的にどんな力があるんだ? 精神も落ち着かせるし、傷も治るし、服も乾く。いまいち範囲が読めねぇんだ」
「んー、そうもんね。再生できるものは、なんでも再生するできるもんよ。モノや命、空間も関係も全部もん。信頼や気持ちとか、言葉にできないものでさえ再生できるもんよ?」
かみのこはちょっぴり考えた様子を見せた後、さも当然のようにそんなことを言って見せた。
改めて聞いてもチートだ。
そんな都合のいい力が、神様とはいえ本当に存在するのか。していいものなのか。
しかし……
「……だったらさ、なおさら分かんねぇんだよ」
俺は立ち止まり、背中のかみのこへと問いかけた。
「なんでお前、俺に守って欲しいなんて言ったんだよ。強い弱いはともかくとして、そんな能力持ってたらお前一人で十分じゃねぇか。そもそも死なねぇんだろ? 守る必要なくねぇか」
俺の言葉に、かみのこは一瞬無言になって。
でもすぐに、ちょっぴり真剣味を帯びた様な声で言葉を返してきた。
「……たしかにかみのこは死ねないもん。たとえバラバラのミンチさんになっても、一瞬で再生するもん。存在が消えてもちゃんと元に戻るもん。シンボルの力を無力化されたって、それは状態の一つだからすぐ元の状態に再生されるもん」
「シンボルの無力化なんて存在すんのかよ……。んでそれすらも無効化できるって……。やっぱ完璧じゃねーか。何が不安で俺なんか──」
「でも、痛みはあるもん」
その一言で俺の言葉が止まった。
「どれだけすぐに治っても、傷つく瞬間の痛みはちゃんとあるもん。ちくってしたり、ズキってしたり……。ほんの一瞬だけど、ちゃんと痛いもん」
「……それも再生すんじゃねぇのかよ」
俺の問い返しにかみのこは、小さく首を横に振る。
「再生はできるもん。痛みの余韻なんてないから、今も元気なかみのこでいられるもん。それでも……。痛みは消えても、痛かったって記憶だけはどうしても残っちゃうもん。それだけは、再生のシンボルでもどうしようも…………。うんん。むしろ、再生のシンボルのせいで記憶も消すことができないもん……」
そう言うかみのこの声は、どこか少しだけ震えていた。
想像でしかないが、もしかしたら過去にかみのこの身に、そんなトラウマ的な出来事があって、彼女の中に残り続けているのかもしれない。
傷を受けた記憶や、その時に感じた一瞬の痛みの記憶が、彼女の中ではまだ鮮明に残っているのかもしれない。
それとも単に、子供だから痛いのが苦手なだけかもしれない。
「だから避けるのか。どんな攻撃でも死なねぇのにギリギリで避けるのは、絶対に避けたいから。間違えなく今避けたら当たらない、って確信がないと避けれないわけか。痛いから……。再生するまでの一瞬の痛みでも、痛いって記憶が残るからなんだよな」
俺の言葉に、背中から微かに「もん」と頷く呟きが伝わってきた。
無敵でも怖いもんは怖い。
痛みに耐えられたとしても、その瞬間を忘れられないのが何よりもつらいんだ。
ちくりとした消せない記憶が、心にいつまでも刺さったままになる。
──だから守ってほしかったんだ。
もうこれ以上、そんな辛い記憶を増やしたくなかったから。
理屈じゃない。言葉にすればきっと幼くて、甘えにしか聞こえないかもしれない。
……けれど、その甘えた感情はどこまでもまっすぐで。だからこそ、たまらなく胸に刺さる。
俺はそんなかみのこの気持ちを知って。
どこか震えているような声を聞いて、一つ心の中で決意した。
──守って欲しいと言うのなら、望み通り最後まで守り抜いてやろうと。