第十二話 初めての戦闘
「よーし、かみのこ。……いや女神様、あとは任せた。俺は後方支援で頑張るから」
「ええっ!? な、なに無茶ぶりしてるもん!?かみのこは、モンスターさんと戦うのは怖いからロリコンさんを連れてきたって、ロリコンさんもちゃんと理解したもんよね!?」
かみのこがパタパタ腕を振りながら、顔を真っ赤にして詰め寄ってくる。
そのやり取りを遮るように、ワイバーンが地面を蹴った。
「うげっ、はや! こうなりゃ、一か八か試してみるか!」
一瞬にして目の前に迫る巨大な影。
どうやら、漫才なんてしてる場合じゃないらしい。
俺は咄嗟に頭の中に浮かんだ単語を口にし、右手を突き出した!
「『プロテクション』ッ!」
瞬間、空中に半透明の壁が出現し、振り下ろされたワイバーンの爪がその壁に叩きつけられる。
一見すると心許ない小さなバリアだが、そこはさすが神の力。
巨大なワイバーンの爪を受けたところで、俺の貼ったバリアはびくともしていない。
「わぁぁ……。さすが守護のシンボルもん。これならどんな攻撃でも防げちゃうもんね!」
その光景に俺の後ろに隠れたかみのこが、感嘆の声をあげる。
確かに俺の想像よりも使えるかもしれない。
しかも、貼っていても体力を消費してる感じがしない。
ならこれを貼りまくって、ワイバーンの動きを封じ込めれば、後はかみのこのシャボン爆弾で完封ってことも……!
「よっしゃ、見てろよワイバーン! テメェの動き封じてやるよ! 名前は…………よし決めた! 『インフィニティ・プロテクション』!」
俺は叫ぶと同時に指を鳴らす。
そして、ワイバーンの周囲を覆うように無数のバリアを展開するイメージをした。
これでワイバーンも動けなくなって………。
「あれ、出ないな……。あれ……?」
くれるはずだったのだが、どういうわけか何度指を鳴らしてもバリアが展開されない。
無数どころか二枚目すらも。
ちゃんと最初に貼った時みたいに、イメージは完璧だったはずなのだが……。
「かみのこ。もしかしてこのバリア、一枚しか貼れないのか?」
「うんん、貼れるもん。多分ロリコンさんの技量が低すぎて、まだシンボルの力を使いこなせてないだけもん」
無慈悲に現実を告げるかみのこの言葉に、思わず俺は拳を握りしめる。
「くっ……そうだよな。そんないきなりチート技を使えるほど、現実は甘くないよな!」
悲しい現実は置いておき。
バリアを破壊するのは無理だと悟ったのか、ワイバーンは空へと羽ばたくと咆哮を上げた。
咆哮を上げたワイバーンが大きく口を開き、喉の奥が赤々と燃え上がる。
「あれってまさか……!」
「ぶ、ブレスもん! ロリコンさん! こんなミニミニバリアだと、前は防げても横から炎がすり抜けて、その熱でアチアチしちゃうもん! もっと大きく貼るもん!」
かみのこの意見はごもっともだ。
このままバリアを俺の前に展開したところで、左右から通り抜けるブレスの熱によって火傷は免れないだろう。
……しかし。
俺はかみのこに向けて言い返した。
「んな事言われたって、今貼ってるやつでも、貼る時に大きめのイメージをしてたんだ。てことは今の俺には、これが限界サイズってことだよ!」
そう、今出しているバリアが俺の出せる限界サイズのバリアなのだ。
そんな俺の言葉を聞いたかみのこは、その事実に驚きを浮かべて。
「えぇぇ!? な、なら新しい技考えるもん! 守護のシンボルはロリコンさんの防ぎたいイメージを形にしてくれるから!」
と、無茶な注文をしてきた。
「んなこと言われても、そんな即興で思いつくわけ……あ──! 思いついた!」
必死に頭を回転させ、朧げに浮かんだイメージを元に、俺は右手の指を鳴らし叫ぶ。
「『スペース』ッ!」
スペース。
名前の通り、部屋をイメージしたドーム状のバリアだ。
俺たち二人を丸ごと囲むように展開されたこのバリアなら、ワイバーンの炎も熱も通さないはず、と思ったんだが……。
「なんでこんなちっせぇんだよ!」
なぜか俺の目の前に展開されたのは、小さな直径一メートルほどの球体だった。
わかりやすく、どれくらいの大きさかというと、体育座りをしてないと入れないくらい狭い。
俺たちを覆うようにイメージしたのに、目の前に展開されたのは、立ってると入れないからということだろうか。
つまり、体育座りしてから展開しなきゃいけないってことか!
「ああっくそっ! なんで所々欠陥みたいなとこがあるかなっ! 来いかみのこ! 俺の膝に乗っかれ!」
俺は体育座りをして身を縮め、かみのこを手招きする。
ワイバーンは、今にもブレスを吐き出しそうに喉を膨らませている。猶予なんてない。
「わかったもん!」
言って、かみのこは迷いなく、俺の膝上にぴょこっと跳び乗ってきた。
「ち、近いっ!」
「そんなこと言ってる場合じゃないもん! もっとぎゅーってくっつくもん! そうじゃないとバリア貼れないもんよ!?」
「わ、わかってるよ!」
頬に熱が流れてくるのを感じつつも、俺は覚悟を決め、かみのこの小さな体をがしっと抱きかかえた。
あったけぇ……。羽みたいに軽いのに、しっかり生きてる温もりがある。
しかも、ドレスが薄いせいで肌感触をモロに感じるし、髪からは鼻が疼いてしまうような女の子っぽい匂いも……。
「ギャァァァァァァァァ!!!」
俺がかみのこの感触に、なんともいえない快感を覚えてると、ワイバーンの咆哮が響いた。
前方に映る世界が赤く染まり、音すら押し流す爆音と熱風が、俺たちに向かって襲いかかってきた。
「あわわわっ! ロリコンさん! ぼうっとしてないで、早くバリア貼るもん!」
「お、おう! 『スペース』ッ!」
慌てて右手を鳴らして叫ぶと、今度は成功してくれたみたいだ。
しっかりと俺たちを覆うように、ドーム状のバリアが展開された。
その数秒後、巨大なブレスがバリアにぶち当たり、凄まじい轟音と衝撃がバリアの外側を揺らした。
だが、無敵のバリアはびくともしない。
しっかり覆っているため、熱も伝わってこない。
後はこの炎が止むまで、しっかりバリアを展開し続けていればいいのだが……。
「もん……すっごい炎もん……」
問題は内部だった。
ギュッと抱きかかえたかみのこの小さな体が、俺の胸にぴったりと押し付けられている。
顔を下げれば、間近にあるサラサラとした銀髪。
密閉空間だからか、首筋からはふわっと、先ほどよりも濃い匂いが漂ってきた。
体は軽いのに、存在感だけはバカみたいに重たい。
別にラッキースケベみたいに、大きな胸が押し付けられるとか、そういうわけじゃない。
……だがしかし!
形はどうあれ、俺はいま間違いなく人生で初めて「かわいい女の子を抱きしめている」わけで……。
「やばいっ……。違う意味で汗が……!」
顔から火が出そうだった。
外からのブレスによる熱じゃない。
内側からせり上がる、異常な体温。
緊張と、興奮。そして理性との必死の戦いが俺の中で起こっている。
「ロリコンさん、だいじょーぶもん……?」
俺を心配そうに上目遣いで見上げてくるかみのこの顔が、またとんでもなく可愛くて。
俺の精神ゲージが、ゴリゴリ削れていく。
バリアの外では、まだワイバーンが炎を吐き出し続けているというのに。命がかかった、緊張感のある時だというのに。
俺の中では、それどころじゃない大戦争が起きている。
「なんだかお顔も赤いもん……」
かみのこが俺の顔を覗き込み、小さな手でぺたぺたと俺の頬を触ってきた。
冷やそうとしてるのか、やたらと一生懸命に両手で俺の顔を挟み込んでくる。
異世界来る前に抱きついてきた時は、揶揄ってきた癖に、なんでコイツは今それを理解してないんだ……っ!
「もしかして、バリアの中があちあちもん?」
「い、いや……外は熱いだろうけど、中は別にっ……!」
心配に対し俺は震える声で否定するが、かみのこは信じていないらしく。
「それなら……」
かみのこは俺の頬に向けて、熱い料理でも冷ますように「ふーふー」と優しく息を吹きかけてきた。
「──っ!?」
理性が焼き切れるかと思った。
……いや、たった今焼き切れてしまった。
ただでさえギリギリだったのに、こんな心がそそられる事をされてしまったらもう……!
俺の理性が限界値をオーバーし、手が出そうになったその時。
「ァァァァァァァァ………」
バリアの外から聞こえていた凄まじい咆哮が止み、同時に熱風がぴたりと止んだ。
「あ」
俺とかみのこは、同時に顔を上げる。
見れば、ワイバーンのブレスが途絶えていた。溜めた炎が尽きたのだろう。
ワイバーンを見たことで、現在が戦闘真っ最中な事を思い出し我に帰れた俺は、即座にバリアを解除し、震える声でかみのこに言った。
「さ、再生の力で今すぐ俺の精神を安定させてくれっ! 今すぐにだ!」
「もん? わかったもん! 『レジリエンス|《精神再生》』!」
かみのこの手のひらから放たれる緑の光が、俺の体を包み込む。
すると一瞬のうちに、さっきまでの邪な気持ちが全て吹き飛んだ。
「ふぅ、助かった……」
無意識に俺は大きく息を吐いた。
危うく、本当のロリコンになってしまうところだった。手が出てしまうところだった。
「まこと、だいじょーぶもん? 言われたどうりレジリエンスをかけたけど……」
「あ、ああ。おかげさまで大丈夫だ。……よしかみのこ。いい加減こっちからもお見舞いしてやろうぜ!」
俺は気持ちを切り替えると、立ち上がって上空のワイバーンを見据えた。
改めて握った拳に、ぐっと力がこもった。
バリアの防御力は本物だった。あの凶悪なブレスも、巨大な鉤爪の一撃にも耐えきったのだ。
なら俺が盾になりながら、かみのこの神器の攻撃を通していけば、レベル1の俺たちでも勝てるかもしれない。
生命の笛のシャボン爆弾の威力は、岩をも砕くことがわかってる。
それを上手く当て続ければ、仕留められるはずだ!
俺はすぐに作戦を組み立て、それを伝えようとかみのこに声をかける。
「いいか、かみのこ。まずは俺がバリアで──」
「わかったもん! お見舞いしてやるもん!」
だが俺の指示を最後まで聞く前に、かみのこはリコーダー剣を手に持つと、ワイバーンめがけて真っ直ぐに突撃していってしまった。
「ちょまっ……! 待てかみのこ! 作戦聞いてからいけよ! お前、俺以上に近接戦は向いてねぇだろ!?」
俺はかみのこのステータスを思い出す。
あいつも俺と同じく、レベル1のひ弱組でステータスも俺と同程度。
女神だからといって、特別なことはなかったはずだ。
どう考えても、ワイバーンに突っ込んでいいスペックじゃない。
「くそっ、バリアでアイツをとめなきゃ——!」
俺は急いでバリアを張ろうとするが、使いたての能力では遠距離に張るのは難しい。
距離感のイメージが掴めない。
そう迷っている間にも……。いや、俺が迷っている暇すらない速さで。
かみのこに向かって、ワイバーンの尾が鋭く振り抜かれた。
大地が抉れるほどの重さと、空気が爆ぜる速度を備えたそれは、まさに死神の鎌。
その一撃は、気づいたところで普通なら避けることなど叶わぬ、命を奪う一撃のはずだった。
はずなのに………。
次の瞬間には、ワイバーンの尾は何事もなかったかのように、かみのこの体を通り抜けていた。
「へ?」
間髪入れず、ワイバーンは爪で薙ぎ払う。
しかし、それすらもまるで蜃気楼を切るかのように、かみのこの体をすり抜ける。
「え、待って待って待って?」
俺の脳が理解に追いつく間もなく、かみのこはネズミみたいな俊敏な動きで軽快に跳ねながら、地面を蹴っていく。
そして、巨体の下へ潜り込んで、ぐっと膝を弾ませ跳び上がると。
「えいっ!」
持っているリコーダー剣を一閃!
ワイバーンの尾が斬り飛ばされ、空を舞った。
「ウギャァァァァァァァァ!!!」
地面に倒れ、体を捻るワイバーン。
空を仰ぎ、怒りと痛みをぶつけるように咆哮する。
その間にかみのこは軽やかに地面へと着地し、くるりとリコーダー剣を回すと、にこやかな顔でこちらを見た。
「ふふ〜ん! どうだもん! お見舞いしてやったもんよ!」
「………お、おまっ、お前! ステータス値、絶対嘘だろ!」
***
鳴き声って難しい。
熊なら「グマァァァァ!」とか言わせればいいんだろうけど、ワイバーンに「ワイバァァァン!」なんて言わせるのはふざけてるみたいだし……。
だからって「ギャオオオオン」って言うのも、ギャオってるみたいで……。(まぁ怒ってると言う面では変わらないのでセーフ)