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願い叶える剣の王 第一章:リフェルン山脈の少女 第一話

この章でヒロイン候補(予定)が登場します。

って、タイトル見れば分かりますよね……。

―――ガギンッ


 金属同士がぶつかり合う音がまだ薄暗い早朝の静寂を破る。

 その音の発生源では二人の人物が刃を交えていた。

 一人は屈強そうな肉体をした初老の男性だ。

 手にしている得物は頑丈そうなハルバード。

 よく手入れされているのか、それとも相当な業物なのか刃こぼれ一つ無いが、装飾や柄の所々についている細かな傷が男性がそのハルバードを長年愛用していることを感じさせる。


―――そしてもう一人。


 その男性の相手をしている者もハルバードを手にしていた。

 男性のものに比べて装飾などにも傷も無く、そう長い間使っていたようには見えない。

 しかし、それを振るう技量は男性と互角――いや、僅かに勝っている。

 この光景を伝え聞いただけなら、男性と同年代の武人が新調した武器の手慣らしをしている、など考えるかもしれない――――


――――そう、この光景を見なければ。


―――男性と相対しているのは一人の少年。

 それも十歳前後にしか見えない幼い少年だった……



「流石ですなぁ、若。これでもハルバートの扱いには自信があったのですが……」

「いやいや――爺も、その年で……そんだけハルバート、振り回せる時点で、凄いよ。

こっちは……何とか付いて、行ってる状態……なんだから」



 男性からの賛辞に少年は途切れ途切れに答えを返す。

 確かに少年は技量では男性に勝っている。

 しかし、男性と少年の間には決定的な差がある。


―――それは体格差。


 いくら技量があろうと、成人男性と十歳前後の少年では間合いや筋力などに大きな差が生まれる。

 爺と呼ばれた男性の振るったハルバートを若と呼ばれた少年は後ろに跳んで回避する。

 二人の間合いが広がり、剣戟の音が止む。



「―――魔力で限界まで強化してるのに腕が痺れるというのは……どうかと思うんだけど」



 少年が男性の振るう刃に付いて行けているのは、男性より高い技量と魔力による筋力強化のおかげだ。



「これでも全盛期に比べれば落ちたものです。お若かった旦那様と共に戦場を駆けた頃はこんなものではありませんでしたぞ」

「………」



 男性の何気ない言葉に少年は呆れの表情を浮かべた。

 今だってかなりの筋力な上に、男性は魔力による筋力強化を行っていないのだ。

―――これが全盛期、それも魔力による強化を行った状態なら少年なんて相手にならないだろう。

 話をしながらも、双方は相手の隙を窺っている。



「というか、爺は父上達に着いて行かなくて良かったのか?一応、ニヨルド皇国――ヴァルキュールとの戦争なんだろう?」



 少年の両親、オーディア公爵と公爵夫人は共に隣国ニヨルド皇国のヴァルキュール公爵との戦いに赴いている。

 公爵の古くからの戦友である男性はその戦いに参加せずに、こうして少年に鍛錬を監督している―――――何時ものならば、必ず公爵の傍に就いている男性がここに残っていることを疑問に思っていたのだ。




 ミーミル帝国とニヨルド皇国。

 この広大なノルン大陸を二分する二つの大国は遥か昔から折り合いが悪い。

 どれくらい悪いかと言うと、いつ全面戦争に突入してもおかしくないほどだ。

 何故ここまで仲が悪くなったのか、それははっきりとはしていない―――――両国が建国された当時の指導者がお互いを恐ろしく嫌っていたからだとも言われている。

 だが、この互いに敵意をむき出しにしている両国は歴史から見ても、大規模な衝突を片手の指で数えられるほどしか起こしていない。そして、その全てにおいて二国間の国境が変わったことはない。

―――その理由は両国間の国境にある。

 ミーミル帝国とニヨルド皇国――二つの大国の間にそびえる巨大な山々。

 リフェルン山脈、ヨトンルガルン山脈、ロキ山からなるそれは両国の間を完全に分断している。

 二つの山脈は標高が高く、また非常に強力な魔物が出現するため終えることが出来ず、その間にあるロキ山。この山は他の二つとは別の理由で超えることが出来ない。

 ロキ山は両国にとって聖地と言える場所なのだ。

 伝承によれば、両国の建国の祖は共にこのロキ山から降りてきたらしい。


―――故に"聖地"。


 ロキ山はミーミル帝国とニヨルド皇国の発祥の地なのだ。

 それが理由で両国の間では『ロキ山を戦場にしない』という暗黙の了解が成り立っている――ロキ山は濃い霧によって常に山頂近くまで覆われており、入念に準備してから登っても何時の間にか麓に戻っているという難攻不落の山であることも理由の一つだが。

 これらの理由から、両国ともリフェルン山脈、ヨトンルガルン山脈、ロキ山で戦闘を行えない――唯一の例外はリフェルン山脈とロキ山の間、ヨトンルガルン山脈とロキ山の間にそれぞれ存在する街道だがどちらも一本道であり、攻めるのが難しく守るのは容易い。

 それ故に、ミーミル帝国とニヨルド帝国の衝突は大規模な衝突に発展しない。

 しかし、いくら大規模な兵を送ることが出来無いとは言え、完全に相手国と分断されているわけではない。国境を守る者は必ず必要となる。


―――それがオーディア公爵家とヴァルキュール公爵家である。


 この二つの公爵家は代々国境を守り続けてきた、ミーミル帝国とニヨルド皇国それぞれが相手に誇る武力の象徴だ。

 また、国王や皇帝の意向によっては相手の領地に攻め込むこともあるなどの理由から宿敵関係にもある。



「今回は国王陛下からの勅命というわけでもなく"何時も通り"の戦いですからな。若の鍛錬を優先させたとて問題ありますまい。

―――それに何より、若い者達では若の相手は務まらないようですからな」



 男性が少し呆れの混じった声でその理由を言う。

 少し前まで若い新兵たちに鍛錬の相手を任せていたのだがどんどん実力の差が広がり、本来は少年の身の安全を確保するために近くに待機している衛生兵が、少年の相手をして怪我をした兵士の手当てで悲鳴を上げ始めたので男性が鍛錬の相手を代わることにしたのだ。

 少年も少し覚えがあるのか、男性と目を合わせようとしない。



「……また"何時も通り"の演習か。兵を腐らせないためとは言え、そのために遠征までするのはどうかと思うけど。

―――ついこの間行ったばっかじゃなかったっけ?」

「確かに、昔はこれほど何度も行っていなかってはいませんでしたな。

これも全て、「ノーデンス様ー、何処にいらっしゃいますかー?」……ふむ?」



 少年が露骨な話題転換を行おうとしたところで男性、ノーデンスを呼ぶ声がする。

 二人が声のした方向を見ると、一人のメイドが居た。

 彼女は二人に気がついたのか、二人の方に走ってくる。

 ノーデンスはそのメイドに用件を尋ねた。



「何かあったのかね?」

「はい……実はヨルズ様が屋敷の「若、そろそろ朝食のお時間ですので鍛錬はここまでと致しましょう。君、若を食堂にお連れしてくれ」……は、はい!」



 メイドの口からある人物の名前を聞くと、ノーデンスは途端に焦り始める。

 少年はその人物の名前から、どういうことなのか察した。



「―――爺、またヨルズさんとの約束を守らなかったな。『酒を禁じられてしまいました』なんて言ってたのに、この前父上と一緒に大量に飲んでたからおかしいとは思ってたけど」

「そういうことでございます。では失礼しますぞ、若」



 言うが早いか、ノーデンスはその老体に見合わぬ俊敏な動きでその場を去っていく。

 その速さは逃げ足だけなら全魔物中最速と言われるラピビット(ウサギのような姿をした魔物。捕まえると幸運が訪れるという伝説がある)のようだった。

 少しすると、遠くの方で轟音と悲鳴のようなものが聞こえた。

 少年は常々思う。


―――逃げ切れるわけも無いのだから、最初から謝った方がいいのではと。




 少年が隣を見ると、先ほどのメイドが固まっていた。



「―――君、新人?」

「あ、は、はい! 先月から勤めさせてさせて頂いています!」

「あー、なら仕方が無いか……」



 メイドの答えを聞いて、少年は納得する。



「今のうちに慣れておいたほうがいい。

―――こんなのは日常茶飯事だから」

「は、はい?」



 メイドは訳が分からず、曖昧な返事をする。



「―――この前なんて裏庭が更地になったからな。そんな風に呆然としていると巻き込まれかねないぞ?

 ああいう場面に出会ったら、すぐにその場を離れるのが利口だ」



 実際、この屋敷に勤めている使用人はそうやって生き延びているし、これ以上の事態に遭遇しても冷静に対処する。



「は、はぁ……」



 メイドの曖昧な返事に少年は少し不安を覚えたが――しばらくすれば嫌でも慣れると言うことは分かりきっているのでそれ以上は何も言わなかった。今の忠告とて、一応早めに言っておいただけだ。



「そろそろ本当に朝食の時間だし、食堂に向かうとしようかな。



ノーデンスには俺から言っておくから君は仕事に戻ってくれ」



「はい、畏まりました」



 そう言って、メイドは屋敷の方へ向かっていった。

 去り際にキチンとした返事をするあたり、新人とは言え割と優秀らしい。

 少年も手に持っていたハルバードを霧散させると屋敷の方へと向かった。




 先ほど鍛錬を行っていた少年――若こと、オーディア公爵家長男オード・アース・オーディアは目の前に高々と積み上げられた書類の山と奮闘していた。



「いくら何でも、十歳の子供に内政任せて遠征に行くというのはどうかと思うんだが」

「何をおっしゃいます! 旦那様たちが遠征に行かれたのは、若様の政策のおかげで資金に

余裕が生まれたからです。

 そして、若様が考えた政策なのですから若様が処理するのは当然でしょう!」



 オードがこぼした愚痴に一緒に仕事をしている文官の一人が過剰に反応する。

―――オードの政策を進め始めてから仕事の量が何倍にも増えたのだから当然かもしれない。

 彼自身が内政のことにさほど詳しいわけでもないので、提案以外は文官達にほぼ丸投げしているに近い形なのが主な原因だが。

 オードも文官たちに掛けている苦労の大きさは分かっている。しかし、自分の政策で領民の生活が良くなることも分かっているので、政策を中止する気も無い。

―――自分の政策で資金が潤ったせいで、両親が内政を自分に任せて遠征に行くとは思ってもみなかったが。



「それにしても、これだけの政策を良く思いつきますね。……とても十歳とは思えませんよ」

「子供の方が自由な発想が出来るものだぞ。それに俺が提案した政策のほとんどは今ある技術とかを改良したものだろう?」

「―――まぁ……そうですが……」



―――実を言えばオードの精神年齢は十歳などでは無い。

 前世の記憶はこの世界に生まれた時点で無いに等しい状態であったために正確なことは言えないが、少なくとも精神年齢が十歳ではないのは確かだ。

―――そしてオードには"記憶"や"経験"は無くとも、それを補って余りある"記録"と"知識"がある。

 その記録や知識をこの世界に合うように変えて、この時代の技術との差と在り過ぎないものだけを少しずつ用いているだけなのだ。

 この世界に普及する魔法の特性から、この世界ではある程度科学的な論理が通用するのも幸いした。……それが無ければ、まず理論から説明することになりかねなかった。

 オードがそう自分を納得させて、仕事に戻ろうとした時だった。



「わ、若様ぁ!」

「……どうしたんだ、そんなに慌てて」



 一人の文官が執務室に飛び込んで来た。

 オードの記憶が正しければ、リフェルン山脈方面の領地を担当させている文官たちの一人のはずだ。

 オーディア領はリフェルン山脈、ロキ山、ヨトルンガルン山脈の三つに沿って南北に延々と広がっている。

 そのため、領主に一々お伺いを立てていると対応が遅れてしまう。

 故に、普段の雑事はそれぞれ決められた文官たちが分担して行っている。

 領主が直接指示を出すのはロキ山の周辺でのことと突発的な緊急事態だけだ。

 その文官は少し息を整えると、焦った口調で報告した。



「数日前、リフェルン山脈で"山降り"が起きたそうです!」

「何だって……?」



 リフェルン山脈の"山降り"。

 昔からリフェルン山脈に住む魔物たちが何年かに一度、麓に向かって侵攻を行うことをオーディア領ではそう呼んでいる。

 魔物とは魔力を餌とするのだが――その魔物も、空気中の魔力マナだけで生きていける魔物から常に他の生物や物質に内包されている魔力オドを摂取しなければ生きていけない魔物まで、千差万別だ。

 ここで問題となるのが、リフェルン山脈の魔物がほぼ後者の魔物であり、その数もかなり多いことだ。

 しかも性質の悪いことに、魔力を他から摂取する魔物は強力であることが多い。

 そのため、オーディア領では"山降り"は非常に重要視される。

 "山降り"が起きるとすぐに公爵家に報告され、公爵自ら討伐軍を率いて討伐に赴くほどだ。



「前回は何時だった?」

「ちょうど二年前です。いつもならば最低でも五年は起きませんから――――」

「――――ちょっと早過ぎる。何かしらの要因で周期が早まったと見るのが妥当か。

父上たちは――間に合うわけも無いか……」

「…………」



 ロキ山の方へ遠征に行っているオーディア公爵たちが戻ってくるまでに被害は拡大してしまうだろう。

 オードは"山降り"の対策を思案し始めた。




 この時、オードは想像もしていなかった。


―――早まった"山降り"の裏にある真実を。

オードのハルバートは魔法で造っていました。

この世界の魔法についての詳細は後々……

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