cys:84 涙の桜
ノーティスとシドが互いのオーラを高め向き合っている時、スマート・ミレニアムではしとしと雨が降っていた。
ルミは椅子に座ったまま、それを窓から静かに見つめている。
───ノーティス様、元気にやってるのかな……
ルミが心でそう呟くと、エレナが紅茶とお菓子をテーブルの上にトンッと置いてきた。
「はい、お姉ちゃん♪」
「わぁっ、ありがとうエレナ。私の好きなバームクーヘンとブラウニーじゃない♪」
「そーだよ。しかも、紅茶はコスモ・ティーにしてみたよ♪」
「えっ、凄く飲みたかったの! 嬉しい♪」
目をパアッと輝かせたルミに、エレナはちょっと照れながら微笑んだ。
「えへっ♪ よかった。お姉ちゃん喜んでくれて」
「当たり前じゃない」
「じゃ、一緒に食べよう♪」
そう言ってエレナは、ルミと一緒に紅茶とお菓子を楽しんでいった。
けれど、しばらくすると紅茶を飲みながらルミをチラッと見て、カップをそっとソーサーに置いた。
「ノーティスの事、心配してるの……?」
「……!」
唐突に問われて一瞬ドキッとしたルミだが、スッと視線を軽く伏せ、切なく笑みを零す。
「そうね……いつもずっと一緒にいたから余計そうかも」
「そうだよね……でも、きっとすぐに元気で帰ってくるよ♪」
「うん、そうよね。ただ、今回ノーティス様達が派遣されたって事は、きっと敵方も相当の戦力で攻めてきてるハズ……」
ルミは心配で、悲しくうつむいた。
ノーティス達が派遣されるというのは、かなり特殊な例であり、それだけ今回の敵が強い事に他ならないからだ。
───ノーティス様、大丈夫かな……
もちろん、聡明なルミはそれを最初から分かっていたが、ノーティスを送り出す時は心配な顔はおくびにも出さず、笑顔で見送っていた。
けれど、やはり不安は尽きない。
───もし、万が一の事があったら……
そんなルミの気持を察したエレナは、椅子からスッと立ち上がりルミの側に行くと、横からそっと抱きしめた。
「大丈夫。ノーティスは誰よりも強いんだし、お姉ちゃんに約束したんでしょ♪ 必ず無事に帰るって」
「エレナ……」
ルミはそっと瞳を閉じて思い出す。
ノーティスが出立の日に自分に言ってくれた言葉と眼差しを。
『ルミ、ホラムから帰ったら、何よりも一番先にルミの紅茶を飲ませてくれ』
───ノーティス様、お待ちしておりますからね。早く一緒に紅茶を飲みましょう……
◆◆◆
ルミが窓の外を見ながら切ない想いを浮かべている時、まるでその想いが届いたかのように、ノーティスはふとルミの事を思い出した。
───ルミ、元気にしてるかな……キミと紅茶を飲めるか分からなくなってしまったよ。
すると、その心を見透かしたかのように、シドは眉をピクッと動かした。
「ノーティス、何を考えている……」
シドから不意に問われ、一瞬目を丸くしたノーティス。
戦いとは別の意味でドキッとしてしまい、一瞬目を見開いてしまった。
けれど、軽く照れ臭そうに零す。
「フッ、俺の故郷の……大切な人の事さ」
「……この期に及んで女の心配か」
「あぁ、こんな時に急に思い出すのも不思議だけどさ。でもシド、きっとキミにもいるだろう。大切な人が……」
そう告げられたシドは、胸にある桜のペンダントを一瞬チラッと見た。
そして、シドの脳裏に浮かぶ。
愛する彼女の、寂し気だがどこまでも温かい微笑みが。
『……アナタの好きな桜の花を想像して作ってみたの。きっとこんなんじゃないと思うけど、早くアナタと一緒に見たくて』
それを脳裏に浮かべたシドは、ペンダントをギュッと握りしめた。
強く切ない決意と共に。
───待っててくれ。この戦いで全てにケリをつけ、俺はキミの今になるから。
シドは心で最愛の彼女にそう告げると、ノーティスを澄んだ瞳で見つめた。
「俺の父さんが言ってたんだ……戦士としての誇りは、自分の為に持つ物ではないと」
「……自分以外の為の物か」
「そうだノーティス。戦場は互いに殺し合う場。けれど皆、互いにその背後に大切な者達を抱え、守りながら戦っているんだ」
そこまで告げた時、シドの瞳が切なく光る。
「戦士の誇りは、その相手に剣を向ける時の敬意なのだ。父さんは、俺にそう教えてくれた……」
───シド……キミは……!
ノーティスは込み上がってくる涙を押し殺すように、グッと歯を食いしばり、瞳にどうしようもない哀しさを宿した。
シドは確かに敵だ。
けれど、シドは気高く精悍で、そして愛と誇りを持っている事がヒシヒシと伝わってきたから。
「シド……もし、キミとこういう形ではなく、共に戦う仲間として出会えていたなら……きっと……」
心から湧き上がる哀しみと共にそう零すと、シドは一瞬目を閉じてからノーティスを見つめる。
一人の勇者として。
「ノーティス、戦場で誇りは持っても情けは無用。だから俺は、お前を全力で倒す! ただ、出来る事なら取り戻す為ではなく……守る為だけに戦いたかった」
「シド……!」
「いくぞノーティス! オォォォォォッ!!」
剣を逆手に構え腰を後ろに捻ったシドの銀色の闘気が、ブワッ! と、最高潮に膨れ上がってゆく。
そして、シドは逆手で剣をもったままダッ! と、真っ直ぐ跳びかかり横薙ぎに剣を振り抜いた。
「ティターン・終の牙『桜神滅牙』!!」
銀色の閃光に輝く巨大な刃が、ノーティスに襲いかかる。
しかし、同時にノーティスは抜刀術の構えを取り、白輝の煌めきを最高潮に輝かした。
そして大地を思いっきり蹴りシドに飛び掛かりながら、凄まじい速度の抜刀術を放つ。
白輝のクリスタルの輝きと共に。
「シド、キミに俺の全てで答える! 輝け俺のクリスタルよ!! 『テオス・フォース・スラッシュ』!!!」
二人の必殺剣がぶつかると、ガキンッ!!! と、いう音が響き渡り、ノーティスとシドは互いに全力で剣を押し合ってゆく。
「ハァァァァッ……!」
「オォォォォッ……!」
二人とも凄まじい斬撃を放ち押し合っているが、ノーティスの方が僅かに押されて顔をしかめている。
シドは、そんなノーティスを真っ直ぐ見据えたまま言い放つ。
「ムダだノーティス! お前の技は俺には通じない!」
「なんだと……!」
「俺はあの日から……お前の師、アルカナートを倒す為だけに技を磨いてきたからだ!!」
「くっ……シ、シド!」
ノーティスはシドの技と気迫、いや、魂その物に押されながらも力を振り絞る中で思う。
───シドの想いは決して間違ってはいない。けど……
ノーティスの心の中に今までの事が、凄まじい勢いでフラッシュバックしてくる。
無色の魔力クリスタルとして皆から蔑まれたが、そこからアルカナートに救われ、セイラの愛と共に育ててもらった事。
また、そこからロウやアンリやレイ、ジーク、メティアと出会い絆を作っていった日々。
そして……
『ノーティス様、また一緒に美味しい紅茶を飲みましょう♪』
───ルミ!!
ノーティスはカッ! と、目を見開き、技にさらなる力を込めていく。
「ハァァァァッ!!」
ググッとシドの剣を押し返していくノーティスを見据えながら、シドはギリッと顔をしかめた。
「な、なんだと……!」
「シド、俺も負けられないんだ。俺の光がもしキミの言う通り偽りだとしても……この光と共に歩んできた道は本物だから!!」
「くっ……ノーティス! お前……」
「シド……だから俺は限界を超えてキミを倒す! 今こそ究極まで高まれ!! 俺のクリスタルの輝きよーーーーーーーーーーーーっ!!!」
ノーティスが魂からの咆哮を上げた時、魔力クリスタルがさらに輝きを増し、白輝を超えた色に変わっていく。
それを目の当たりにして、シドは驚愕に目を見開いた。
「バ、バカな! このクリスタルの色は、ゴールド!!」
「シド……これが師匠から授かった、究極のゴールド・クリスタルだ!!!」
「な、なんだと! だがそれであれば……俺は、絶対に負ける訳にはいかない! オォォォォッ!!!」
ノーティスとシドは、限界を超えた力と光を放ち互いに剣を押し合う。
その光が大きくズカンッ!!! と、大きく弾けた瞬間、二人は剣を振り切り交叉した!
ガキインッ!!!
そして、互いに背中を向き合わせたまま動きを止めた、ノーティスとシド。
互いに剣を振り切った姿勢のまま固まり、数旬の静寂がその場を支配する……
が、その直後、ノーティスの左肩からブシャッ! と、鮮血が噴き出した。
シドの桜神滅牙の刃が掠めていたのだ。
「ぐっ……!!」
ノーティスが左肩を押さえ、よろけながら剣を地面にザクッと刺した瞬間、今度はシドの体から、ブシュゥゥゥゥゥ!! と、鮮血が噴き出した。
ノーティスの剣はシドの上半身に、斜め下から大きく斬撃を加えていたのだ。
「ぐはっ……! 見事だノーティス……これが魔力クリスタルの……いや、お前の光か……!!」
シドはそう零すと、その場にドシャァッ! と、前のめりに倒れ込んだ。
そして、胸から大量に流れ出る血に自分の敗北と、もう助からない事を悟った。
シドの体を血溜まりが赤く染めてゆく。
「う、ううっ……ぐっ……」
けれど、シドはそれでも倒れたまま力を振り絞り、ググッと上半身を浮かす。
そうして自らの血にまみれた手で胸のペンダントを掴み、霞んでいく視界の中でそれをジッと愛おしく見つめる。
「あっ……ぐっ……」
すると、シドには見えた。
まるでそこにいるかのようにハッキリと。
最愛の彼女が、満開の桜の木の下で微笑む姿が。
『シド、これが桜ね。本当に綺麗……!』
───あぁ、キミとずっと一緒に見たかったんだ。愛してるよ。
『私もよシド。愛してるわ』
───ありがとう。ずっと待たせてすまなかった。これからはキミとずっと一緒に……
シドは微笑みながらその瞳を永遠に閉じた。
その澄んだ瞳から、澄んだ涙を横に流しながら……
◆◆◆
その時、シドの帰りを待つ彼女の元に一片の桜の花びらが降って来た。
彼女はハッとしてその花びらを手に乗せようとしたが、それは彼女の掌の中に乗った瞬間、フッと消えてしまった。
「シド……!」
彼女はまるでそれがシドの別れの挨拶のように感じ、桜の花びらの幻影を握りしめたまま、ドサッと両膝を折り涙を零す。
「うっ……うぅっ……シド……うぅっ……ぁぁぁ…………」
彼女の零した涙は地面に落ちると、まるで桜の花びらのような形に広がった……
最愛の彼女の事を想いながら散っていったシド。
そして、彼女の涙が作った桜は、ノーティス達に何を届けるのか……




