cys:8 決別の光
「なっ?!」
ディラードは、あまりに予期していなかったノーティスからの言葉に一瞬我を失った。
───あ、ありがとうだと? コイツは、一体何を言っているんだ?
両親があれほど罵倒し、さらに自分がトドメを刺すような言葉をぶつけたのに、ノーティスから怒りでも嫌味でも悲しみでもなく、優しくありがとうと言われたから。
そんな中、ノーティスは父親と母親の方をスッと振り向くと、ディラードに向けたのと同じ瞳で二人を見つめる。
「ありがとう。父さん、母さん」
「なっ……!」
「なんなの……」
もちろん側でそれを見ているルミも、なぜノーティスが彼らに礼を言うのか全く分からず、思わず驚きに目を丸くしてノーティスを見つめた。
「ノ、ノーティス様、なぜ彼らに礼を?」
するとノーティスは、ルミにチラッと優しい眼差しを向けてから、ディラードと両親に向かい微笑む。
「父さん、母さん。そしてディラード。アナタ達のお陰で、俺は今幸せです」
ノーティスがそう言うと、三人ともコイツは何を言ってるんだという顔をしてきたが、ノーティスは構わず話を続ける。
「もしアナタ達がこうでなかったら、俺は師匠にもセイラにも、そして、今隣で俺の身を案じてくれるルミにも、きっと出会えていなかったから」
ノーティスはそう言って一瞬悲しそうに笑うと、顔を軽く斜めにうつむかせた。
───ノーティス様……!
その悲しげな笑みを見て、ルミは切なさに胸がキュッと締め付けられた。
ノーティスがどんな想いで今の言葉を口にしたのと思うと、涙が溢れてきそうになってしまう。
そんなルミの隣で、ノーティスはディラード達を再び澄んだ瞳で見つめた。
ノーティスの瞳が光に揺れる。
「そして、変わってくれてなくて感謝してるよ。これで心置きなく決別出来るから。父さん、母さん、ディラード……これが、感謝とさよならの光です」
ノーティスはそう告げた瞬間、額の魔力クリスタルを一瞬だけキラキラと輝かせた。
もちろん、本気でも何でもないので詠唱も行わずに。
けれど、そこから溢れ出した白輝の光は彼らを強く照らし、その眩しい輝きに照らされた彼らは、思わず片腕で顔をサッと覆った。
「くぅっ!」
「きゃぁっ!」
「うわっ!」
そして、輝きをスッと収めたノーティスは、ディラード達にサッと背を向けると、そのまま颯爽とその場を後にした。
周りの皆も、何が起こったのか分からず立ち尽くしている。
ルミもその光景を目の当たりにして暫く呆気に取られていたが、ハッと気付くと、ノーティスの背中をタタッと小走りで追いかけた。
「ノーティス様ーー! 待って下さい。私もやっぱり一緒に行きます!」
「えーーっ、いいよ一人で」
軽くそうボヤいたノーティスに向かい、ルミは胸を張って瞳を閉じた。
綺麗なショートヘアがフワッと揺れる。
「ダメです。私は、ノーティス様の執事なんですから♪」
「んーーーまあ、そうなんだけどさ」
「はい、じゃあ一緒に行きましょう♪」
ディラードはその姿を唖然と見つめていたが、ハッと我に返ると怒りに心を沸騰させた。
そして、ギリッと葉を食いしばりながらノーティスの後ろ姿を睨みつける。
「あんなの……あんなの何かの間違いに決まってる! インチキだ……そう、そうだよ。クリスタルに何か細工をしたんだ! アイツめっ!!」
怒りに震え、片足でダンッ! と、地面を踏みつけたディラードは、父親と母親の方にバッと振り向き賛同を得ようとした。
「そうですよね! お父様、お母様!」
けれど、その時瞳に映ったのは、顔を真っ青にしたまま目を大きく開き、頭を両手で押さえガタガタと震えている父親の姿だった。
その姿を見て、ギョッとしたディラード。
父親のこんな怯えた顔は見たことが無い。
「お父……様?」
「アナタ、一体どうしたのよ?」
ディラードの母親も不安そうな顔をしながら、父親の顔を下から覗き込んだ。
すると、父親はガタガタ震えたまま、絞り出すような声で零す。
「み、見間違える訳がない……アレは、あの輝きは……!」
父親が何を言ってるのか分からず苛立ったディラードは、父親に向かいイラッとした顔で大きく開いた。
父親の表情と言葉が、あの輝きの凄さを物語っているから。
「お父様、アレは一体何なんですか?!」
すると、父親は恐る恐る口を開く。
「私もかつて、冒険者を目指した事のある男だ。その中で知らない者はいない。あの魔力クリスタルの輝きは、全冒険者の憧れそのモノであった伝説の勇者……剣聖イデア・アルカナート様の光だ!」
すると母親も、驚きに目を丸くしながら顔をしかめた。
「えっ? アルカナートって、私も知ってるわ。王国で最高の功績を遺した後、突如消えたあのアルカナート様でしょ?」
そう零す母親の目の前で、父親は両手で頭を抱えたままうつむいた。
「そうだ……しかし、なぜアイツがアルカナート様と同じ輝きを……! アレは訓練して出来る物ではない。そもそも、無色の魔力クリスタルのヤツがなぜ? こんな事はありえん……いや、あってはならないのだ!!」
それを聞いた母親は、瞳を一気に絶望に染め体をガタガタと震わせてゆく。
自分達が罵倒し蔑み捨て去った子が、本当はディラードなどとは比べ物にならないほど、最高の人物だと知ったからだ。
「そんなの、そんなの嘘よ……もし、もし本当にそうなら私は何て事を……」
母親は顔を真っ青にして絶望に目をかっぴらいた。
「あっ……あっ……そんなの、いやぁーーーーーーーーーっ!!!」
広間一に、母親のあまりにも醜く歪んだ叫びが響きわたる。
途轍もない金切り声と共に。
そんな母親は自分の愚かさを呪ったが、もう今さら遅すぎる。
ただただ、凄まじい後悔の念が全身を駆け巡る中を、絶望の念に悶え苦しんで生きていくしかないのだ。
無論、父親もだ。
「うわぁぁぁぁっ!!!!」
「いやーーーーーーーーーーーっ!!!!」
地べたにへたり込み泣き崩れ、怒りと絶望に打ち震える二人。
ディラードは、そんな父親と母親を見限るようにクルッと背を向けると、心の中でノーティスにドス黒い怒りの炎をメラメラと燃やす。
───認めない……認めないぞ! アンタが俺より凄いだなんてある訳がないし、あっていけないんだ!! この、クソ野郎が!!
そして、その気持ちと共に黒い誓いを心に打ち立てる。
───ここからの試験で、必ず化けの皮を剥いでやる。アンタは地べたで這いつくばり、俺がそれを見降ろす。そう、それこそが正しい姿なんだから……!
ディラードの醜い怒りが燃え上がる……
次話は久々にアイツらの登場です。