cys:74 手が出せない二人
「もうっ♪ ここもあそこも、全部壊れちゃってるじゃない」
レイはジークが幾つも捻り壊したドアを見て呆れながらも、少し微笑んでいた。
確かにメチャクチャだが、ジークが自分を本気で心配してくれた事がいっぱい伝わってくるからだ。
そんな風に感じているレイに、ジークは申し訳なさそうに頭を下げた。
レイの事が心配だったとはいえ、冷静になってから見るとやはりとんでもない光景だからだ。
「レイ、すまねぇ……まぁ、後で弁償しとくからよ」
「まったくもぅ……私も一緒に謝りにいってあげるわ♪」
「いや、いいって。俺がやっちまったんだし」
「なによ、私が一緒じゃイヤなの?」
「い、いや、そーじゃねぇけど……」
ジークがそうボヤくと、レイはピタッと足を止めた。
「どうしたレイ?」
「しっ!」
シーのポーズを取ったレイを見てジークも足を止めた。
廊下の少し先の広間から、アッシュ達の話し声が聞こえてくる。
「あの脳筋の戦士、マジでウゼーわ。見た目も話も、暑苦しいったらありゃしねぇ」
「アハッ♪ バロンはああいうの嫌いだもんねーー」
「あぁ、体張って大切な奴守るとかマジでダセェよ。この装備使って相手動けなくして、笑いながら殺すのがいいに決まってんじゃねーか」
「クスッ、まったくバロン……キミはいい趣味してるヨ♪」
「たりめーだろアッシュ。あんな泥クセー戦士なんか時代遅れなんだよ」
それを聞いたレイは怒りに眉を釣り上げたが、当のジークはレイを小声でなだめる。
(レイ、あんなもん言わせときゃいいんだ)
(でもっ……!)
そんな中、アッシュがニヤッと笑みを浮かべた。
「けど、惜しかったネ。もうちょっとだったのにサ♪」
「アハッ♪ 確かに惜しかったわよね。あそこで暴れてくれたら、賠償金吹っかける事出来たのに」
「ったくだぜ」
そう零すバロンの側で、アッシュは冷酷な瞳のまま思っている。
ノーティスは厄介な敵だと。
「うん、あのエデン・ノーティスっていう勇者、ちょっと直情的なとこがあるけど油断ならないヨ……あそこで仲間を守るなんてサ」
「確かにそうね……」
「まぁ、さすがあの伝説の勇者、イデア・アルカナートの後継者ってだけはあるネ♪」
「チッ、どちらにしろ気に食わねぇけどな」
この話を陰から聞いていたレイとジークは、ハッとして顔を見合わせた。
互いに、やってしまったという顔を浮かべながら。
そんな中、サロメはニヤッと嗤った。
その笑みからは、邪悪な雰囲気が立ち昇っている。
「でも、凄ーーーく悔しそうだったわ、あの勇者♪ きっと今頃あの脳筋と気の強そうな女に、散々言われてるでしょうね♪ あの二人は絶対気付いてなかったし」
「ハッ! だな。ザマーみろってんだ」
「アハッ♪ でも、バロンはあのレイって女好きでしょ♪」
「おいサロメ、勝手に人の心ん中読むなよ」
「いーーじゃない。別に、読まなくても分かるし♪」
実際サロメは、今は装置を起動していなかった。
けれど、バロンは顔に出やすいのですぐに分かったのだ。
バロンはジークと同じタイプだ。
なのでバロンがジークを嫌うのは同族嫌悪に他ならないが、バロン自身はそれに気付いていない。
そんなバロンとサロメが話をしている中、レイとジークはノーティスに対して申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
二人とも後悔の念が体から溢れている。
「私、あの人になんて事を……」
「あーーーまったくだ。やっちまったぜぇ……」
レイとジークがそう零した時、バロンがニヤリと嗤った。
「まぁでもサロメ、お前が言う通りだ。アレはとんでもなくいい女だ。俺さ、犯っちまうわ」
「アハッ♪ いいわねバロン、犯っちゃってよ。あの女が泣く所見せて。協力するから♪」
「ハハハッ♪ それは楽しそうだネ」
彼らの話を陰から聞いていたジークはブチ切れた。
自分の事はいくら言われても構わないが、レイを傷つけるような事は絶対許せないからだ。
「あんのクソ野郎っ!!」
「ダメっ! ジーク!!」
大声を上げ飛び出そうとしたジークをレイは止めようとしたが、もうすでに遅かった。
「誰だっ?!」
バロン達は声を上げて、レイ達の方を睨んだ。
そしてこうなった以上、逃げるのも隠れるのも何か違うと感じたレイとジークは、アッシュ達の前に堂々と姿を現した。
それを見て一瞬軽く動揺しながらも、嗤うアッシュ達。
「あ〜〜ぁ、聞かれちゃったみたいだネ♪」
「ったく、タイミング悪ぃ奴らだな。けどよ、お陰で手間が省けたぜ」
「アハッ♪ 楽しみーーーっ」
サロメが嗤う中、アッシュはレイとジークを見つめながらニタリと嗤い、両手を斜め下にスッと向けた。
まるで、人の事をからめとろうとする蛇のようなオーラが立ち昇っている。
「アハハッ! キミ達、飛んで火に入るなんとやらだネ♪」
「フフッ♪ それはアナタ達よ……!」
「ったく、大概にしろよテメェら!」
怒りの眼差しを向けるレイとジーク。
その二人を前にアッシュはニイッと嗤うと、片手で顔を覆い軽くうつむいた。
サラサラなグレーの挑発が、サラッと零れ落ちる。
「クックックッ……」
アッシュは体を小刻みに震えさせながら嗤うと、片手で顔を覆ったまま胸を張った。
「アーッハッハッハッ♪」
高笑いを上げたアッシュからは、邪悪なオーラ立ち昇っている。
それに薄気味悪さを感じたジークは、アッシュに訝しむ顔を向けた。
「おいお前さん、何がオカシイ?」
「いや、キミ達は力しか見ないのに、単純な計算すら出来ないんだもん♪ それがおかしくてサ」
「はぁっ? 計算だぁ?」
ジークが顔をしかめると、アッシュはパチンと指を鳴らした。
すると、バロンとサロメがクリスタルを輝かせ武器を起動させてゆく。
無論、アッシュもだ。
そしてそれだけではない。
彼らの側近達も同じように魔力クリスタルと武器を起動させ、レイとジークに向かい構えたのだ。
個の力はそこまで強くないが、無数の輝きがレイとジークに向けられている。
その輝きを背に、アッシュはニタリと笑みを浮かべ両手を軽く横に上げた。
「どう、分かるかい? いかにキミ等がSランクでも、これだけの数に敵わないよネ♪ 個の力なんて、科学の力と数が圧倒的に凌駕するんだからサ♪」
アッシュがニヤけながらそう言うと、バロンやサロメ達もニタニタと笑みを浮べた。
圧倒的に有利な立場からレイとジークを見下ろしている。
けれど、レイとジークはそんなアッシュ達に呆れた様な顔を向けた。
「ハァッ……バッカじゃない。そんなので、私達が倒せる訳ないでしょ」
「だな。まぁ……やらなきゃ分かんねーなら、やってやるけどよ!」
ジークがそう言ってズイッと前に出ると、アッシュは小馬鹿にするような眼差を向けてきた。
「クックックッ……」
「何がオカシイんだよ? イカレちまったのかい」
そう言ってきたジークに、アッシュはニタァっと下卑た笑みを浮べたまま告げる。
「キミ達こそイカれてるの? さっきの話聞いてたんでしょ♪ いいのかナ? ここで暴れて」
「くっ……」
「チッ……」
その事を思い出し、悔しさを零すレイとジーク。
向こうに非があっても、ここで暴れたらノーティスが我慢した事を無駄にしてしまうからだ。
その表情を見て、ニコッと笑うアッシュ。
「そういう事♪ ボク達はキミを逃さないけど、キミ達は戦う事が出来ない。そこで、いい提案があるんだ♪」
アッシュはそこまで言うと、再びニタァっと嗤った。
「そのレイっていう魔道士をボク達にくれたら、脳筋くん。キミは見逃がしてあげるヨ♪」
「テッメェ……ざけんなよ!!!」
ジークが怒声を上げると、サロメが笑いながらレイを見つめる。
「でもさレイ、アナタその方がいいんじゃないかしら♪」
「ハッ? 何を……」
「だってアナタ苦しんでんだもん♪ 二人の男に恋しちゃって」
「黙りなさいっ!」
「アハッ♪ モテると辛いわよねー。でもアナタ、心の中でそんな自分を罰して貰いたいと想ってるでしょ」
サロメに心の裡を晒されたレイは、ギリッと歯を食いしばり体を震わせながらサロメを睨んだ。
しかし、その瞳には追い詰められている色が、ありありと浮かんでいる。
「そんな事……無いわ!」
「アハハ♪ 震えちゃって、無様ねーーー。でも、そんなアナタが救われる方法が一つだけあるわ♪」
そこまで告げると、サロメは冷酷な表情に変えてレイを見下ろした。
「犯されればいいの。それがアナタへの罰であり、諦める事の出来る救済よ……」
「うっ……そ、それは……」
「美しくいる為には罰が必要……そうでしょ!!」
「くっ……!」
サロメに心を抉られ、ガクッとうなだれたレイ。
その肩をジークは正面からガシッと強く掴み、必死の形相で見つめた。
レイがサロメの言葉を完全に受け入れてしまった事を悟ったからだ。
「レイ、しっかりしろ! あんなデタラメ信じてんじゃねぇ!」
けれど、レイは暗くうつむいたままジークの手をそっと払い除けると、スッとジークに背を向けた。
その背からは、さっきまでのような華美なオーラではなく辛く切ないオーラが零れている。
それを見て、呆然とするジーク。
「レイ……お前さんまさか」
あまりの事にジークが立ち尽くす中、レイはゆっくりアッシュの元へ歩き出した。
まるで、罪を償う罪人が処刑台へ行くような雰囲気で。
そして、アッシュの側まで行くとレイはジークに顔を振り返らせ、その美しい瞳からツーっと涙を零した。
「ジーク……ごめんね。でも、嬉しかったわよ」
その涙を見た瞬間、ジークはハッと意識を取り戻した。
「レーーーーーーーーーーーイっ!!!」
ジークの悲痛な叫びも虚しく、レイはアッシュに告げる。
「お願い。彼は、許してあげて……」
「ハハッ、もちろんだヨ♪」
アッシュがそう言ってニタァっと嗤うと、バロンやサロメも下卑た笑みを浮かべながらレイの体に触れようとした。
が、その瞬間、アッシュ達は側近も含め、その場にドッと膝をつき崩れ落ちた。
そして同時に、大量の汗をダクダク流しながら目をかっぴらきガタガタと震える。
壊れたようにバクバク動く心臓の音と共に。
レイとジークを除く、その場の誰もが感じたのだ。
今、一瞬でバラバラに斬り刻まれたと!
けれど、アッシュ達が自分の両手を見ると、どこも斬られていなかった。
その代わり手のひらに、大量の汗がボタボタと零れ落ちるのが見える。
───斬られて……ない?
アッシュは一体何が起こったのか分からないまま、悪夢を見たような顔を向けた。
とてつもない殺気が放たれた方へ。
すると、そこにいたのはノーティスだった。
そして両隣には、ロウとメティアがいる。
「えっ……あっ……」
ただ震えて見つめる事しか出来ないアッシュ。
そんなアッシュに、ノーティスはゆっくり近づき見下ろした。
「アッシュ、お前達はギリギリが好きなのか?」
「……えっ?」
「お前達の指が後1cmレイに近ければ、お前らは今さっき感じた通りの姿になってたぞ。危なかったな」
「うっ……あっ……」
圧倒的な力の差を体感させられ、震える事しか出来ないアッシュ達。
───こ、こんなん戦うまでもないヨ。これが本当のSランクの力……
───しゃ、シャレにならねぇ。スマートどころか、一瞬でやられちまう。
───なんなのよこれ……心を読む暇すら……うぅん、読んだって意味ないわ……
ノーティスはそんなアッシュ達を哀れな眼差しで一瞥すると、レイの背中を静かに見つめた。
ノーティスはレイに、何をどう話すのか……
次話はレイが自分らしく輝きます。




