cys:7 震えるディラード
「ノ、ノーティスだって?!」
ディラードは、いや、ディラードだけではない。
ディラードの父親と母親も、まるで信じられない悪夢を見ているような顔で、ノーティスの事を震えながら見つめている。
「バ、バカな! なぜあのゴミが……廃棄物が!」
「嘘でしょ……アレがあの子のハズ無いわ!」
父親も母親も、まあ、正確に言えば元ではあるが、二人ともノーティスから目が離せなくなっていた。
無論、ディラードもだ。
「バ、バカな……アレがお兄様なワケがない! 断じて違うっ!!」
ディラードは知っていたから。
ノーティスがボロボロになり、あの後蔑みにまみれた生活を送っていた事を。
その生活により、ノーティスの体と心が日増しに衰弱していくのを、ディラードはほくそ笑みながら見ていたのだ。
元は自分より遥かに優秀な兄が堕ちていく姿は、ディラードに取って快感そのものだったから。
───そうだ。アイツは、もはや地に落ちた人間だ……なのに!
しかし、それが今やどうだ。
途轍もない高級車に送られて、しかも、メチャメチャ可愛い執事までいる。
また、ノーティスの髪はサラサラと風に美しくなびき、体格は以前とは比べるまでも無く、スマートかつ男らしくカッコよく成長している。
そして、身体全身から溢れ出ている、圧倒的自信に満ちたオーラ。
───ありえない……! アイツは無色の魔力クリスタルの落ちこぼれのハズだ!
だが、ディラードがさらに気に喰わないのは、ノーティスのあの瞳だ。
───あの野郎……!!
ノーティスがとてつもなく強いのは、ディラードにはすぐに分かった。
けれど、それだけではないのだ。
同時に、全てを赦し相手の全てを見抜いた上で包み込むような、どこまでも強く、温かく、澄んだ優しい瞳。
ディラードはノーティスのその瞳を見ているだけで、自分の小ささと愚かさを、強く感じさせられてしまうのだ。
あまりのイラつきに顔がピクピクとひきつく。
───クソっ! クソっ! クソっ! なぜ、なぜ……なぜなんだ! なぜあの状況で生きてこれたんだ! それに、何を、どれだけ超えればあんな瞳が出来る!!
ディラードはノーティスのその瞳に心を大きく乱されながらも、煮えたぎる怒りを胸にノーティスを睨みつけた。
「お兄様っ!」
するとノーティスは、ん? と、した感じでディラードの方をチラッと見た。
その瞬間、計算高いディラードは怒りに震えながらも下卑た案を思いつき、心の中でニヤッと笑う。
「お兄樣、まだ生きていらしたんですね」
「ディラード……!」
久々の再会に目を見開いたノーティスに、ディラードは卑屈な笑みを浮かべた。
「覚えてて下さってて光栄です。何もかも忘れ、とっくに野垂れ死んだと思っていましたので。ねぇ? お父様、お母様」
ディラードの下卑た視線の先には、父親と母親の姿があった。
かつて幼かったノーティスの心を、完膚なきまでに踏みにじり捨て去った父親と母親の姿が!
「父さん……母さん……!」
その二人の姿がノーティスの瞳に映った瞬間を、ディラードは逃さない。
この二人を前にすれば、いかにノーティスでも動揺するに決まっているから。
ディラードはその隙に一気にまくし立て、ノーティスを追い込むつもりなのだ。
───ノーティス。この場で俺に暴力を震わせ、試験ごと失格にさせてやるよ。クックックッ……
まるで、全身からドス黒いオーラが放っているような雰囲気を醸し出している。
そして、ディラードの考えを分かっているかのように、父親と母親はノーティスを睨みつけた。
心の傷を抉り出してやるというような眼差しを向けて。
「ノーティス……! キサマ、この世界の廃棄物のクセに、まだ生きていたのか!!」
「そうよ。いくら見た目を少し小奇麗にしたからって、アンタの内面は腐ってるんだから! 穢らわしい!!」
「父さん……母さん……」
「ゴミが馴れ馴れしく呼ぶな!」
「そうよ! アンタなんか利用価値の無い、穢れた汚物なの! 早く消えてよ! 本当に虫唾が走るわ」
数年ぶりに会った父親と母親から、存在を消し去ってくるような言葉を浴びせられているノーティス。
それを少し離れた所から見たノーティスの執事のルミは、激しい怒りと共にタタッとその場に駆け寄った。
そして、ノーティスの両親に向かいバッと両手を横に広げ、キッと睨む。
「何なんですか、アナタ達は! ノーティス様が一体何をしたっていうんです!」
すると、ノーティスは後ろからルミの肩に片手をポンと置き、優しい眼差しをルミに向けた。
「ありがとうルミ。でも、大丈夫だから下がってて。この人達、何をするか分からないし」
「だ、だったら尚の事どきません! 私はノーティス様の執事なのですから!」
背を向けたままそう答えたルミに、ノーティスは嬉しさを感じながらも、澄んだ瞳で背中から諭すように語りかける。
「ルミ、俺は自分が傷つくよりも、キミが傷つく方が辛い。それを知らないハズはないだろう」
「ノーティス様……」
ルミはそう零しノーティスの方へ顔を振り返らすと、そっと肩を引かれながら後ろに下がった。
そんなルミにノーティスは優しく微笑む。
「ありがとう、ルミ」
「いえ、出過ぎた真似をしてしまいました……」
「いやいや、そんな事ないよ。ありがとうルミ。気持ちは凄く嬉しかったよ」
「ノーティス様っ」
二人の間には、温かい空気が流れている。
互いを大切に想う愛のある空気が。
だが、その光景を目の当たりにしたディラードは、より怒りを煮えたぎらせた。
───クソっ! この子、執事としてだけじゃなく、ノーティスの事メチャメチャ好きじゃねぇか! なんでコイツが、こんな可愛いくて性格の良さそうな子に愛されてんだよ!
ディラードは内心嫉妬で怒り狂いながらも、フゥッと一呼吸つき、荒れ狂う気持ちを抑えながらノーティスに下卑た笑みを向ける。
「お兄様、どうやってそんな風になったのか分かりませんが、その可愛らしい執事さんに守ってもらってた方が良かったんじゃありませんか?」
「ん? 何を言っているんだ、ディラード」
「だって、お兄様は哀れな無色の魔力クリスタルしかお持ちでないのだから。ハーッハッハッハッ!」
ディラードが下卑た笑い声を上げると、父親と母親もそれに加わる。
同じく下卑た笑みを浮かべながら。
「ハハハッ、さすがディラード。その通りだ。こんな無力なゴミクズ以下の奴に、人を守れるワケがない!」
「ホホホッ♪ そうよ。出来損ないの無色の無力な魔力クリスタルしかないアンタが、人を守るなんて出来やしないのよ。バーカ! 身の程知りなさい」
そんな両親の罵倒に、ディラードはよりほくそ笑む。
───クククッ、もう少しだ。
そう思ったディラードは、トドメと言わんばかりにノーティスの顔を見ながらニタァっと笑った。
「お兄様、お父様とお母様の言う通りです。ここは、無色の魔力クリスタルを持つ人が来ていい場所じゃない。それに、お兄様にそんな子は分不相応です。何をしたのか知りませんが、私が引き取りましょう」
そう言ってルミに手を伸ばそうとした瞬間、ノーティスはディラードの腕をガシッと掴み、静かに睨んだまま囁く。
「ディラード、いい加減にしろ」
───キタっ!
ディラードはノーティスに腕を掴まれ痛みを感じながらも、ここぞとばかりにノーティスを下卑た笑みで見下ろし囁く。
侮蔑に満ちた目を大きく見開いて。
「幾ら掴んだってムダなんだよ。アンタは、捨てられた子なんだから。ハーッハッハッハッ!」
ディラードから最悪の言葉をぶつけられたノーティスは一瞬うつむき、それを側で聞いていたルミは怒りにブルブル震え、ディラードをキッと睨みつける。
「こっっっの……!!」
だが次の瞬間、ノーティスは顔をスッと上げてディラードを見つめた。
全てを見通し赦す、優しさを宿した瞳で。
「ディラード、ありがとう」
ノーティスはなぜ礼を……
次話はノーティスらしいケジメのつけ方です。