cys:210 決着の剣と懺悔の涙
「なっ……クリスタルだと」
シルフィードは目を凝らしていくと、ハッと気づいた。
自分の目の前に作られている、大きなクリスタルの壁に。
「こっ、これは……!」
しかも、それは目の前にある一つだけではなく、シルフィードの左右と後ろにも作られていた。
シルフィードを取り囲むかのように。
───まさかっ……!
そう思った時、クリスタルの壁は互いにカシャン! と、接続され、五角形のクリスタルを形作った。
それはまるで、巨大な宝石のようだ。
「うっ……!」
そのクリスタルの中に閉じ込められたシルフィードは身動きが取れないまま、額からツーっと汗を流した。
だが、すぐに魔闘気を滾らしクリスタルを破壊しようとするが、クリスタルはビクともしない。
「おのれ……なぜだ! こんな物がなぜ……!」
そんなシルフィードを見据えながら、アルカナートはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「だから言ったろ。白輝の魔力クリスタルを舐めんなってよ」
「バカな……! 貴様の力は、この異空間では半減されているハズ。なのに……ハッ、まさか!」
「そうだ。それはシルフィード、お前も同じ事だぜ。そのクリスタルの中では、お前の力は半減させられてんだよ」
「貴様っ……!」
ギリッと歯を食いしばり怒りに顔をしかめるシルフィードを、アルカナートは真っ直ぐ見据えた。
その瞳には哀しさの光が宿っている。
「シルフィード、これが選んだ道の差だ」
「ぐっ……アルカナートぉ!!」
怒りを漏らすシルフィードに向かい、アルカナートは平突きの構えを取ると、全身からゴールドクリスタルの輝きを滾らせた。
それと共に、シルフィードを封じ込めているクリスタルも黄金に輝いてゆく。
「終わりにするぜ……!」
アルカナートはシルフィードに向かいダッ! と突きを繰り出し、剣先をクリスタルの中心に突き立てた。
それと同時に、クリスタルがキラキラと大きな煌めきを放ってゆく。
その煌めきに、目を大きく見開いたシルフィード。
「こ、これはっ……!」
「ウオォォォォォッ……! 俺の光は全ての闇を打ち砕くっ! 『クリスタル・エクスプロージョン』!!」
その瞬間、カッ!! と、眩く大きな閃光が炸裂し、シルフィードの闇の異空間をバァァァン!! と、消し飛ばした。
凄まじい威力の衝撃波が立ち昇る。
「ぐわァァァァッ!!」
シルフィードが上空へ大きく吹き飛ばされる中、アルカナートは突きを放った姿勢のままスッと瞳を閉じた。
そして、心でナターシャに語りかける。
───ナターシャ、意志は貫いたぜ。いや……ここからだよな。
そう語りかけたアルカナートに、ナターシャは優しく微笑んだ。
アルカナートがその微笑みを受けて軽く笑みを零した時、シルフィードはドシャッ! と、頭から落ちた。
体を起こそうとするが、仰向けのまま動く事が出来ない。
そんな中、セイラはアルカナートにタタッと駆け寄った。
「アルカナート!」
側で見上げるセイラの瞳には涙が浮かんでいる。
凄く心配だったのだ。
アルカナートが闇の異空間に入ってしまってから、ずっと姿を確認出来なかったから。
「よかった、無事で……!」
「フンッ、仕方ねぇだろ。お前の不味い紅茶を飲む約束しちまったからな」
「なによもうっ、不味くないもんっ! でも、それより……」
セイラはアルカナートの姿を見つめて、胸がギュッと苦しくなった。
全身、傷だらけでボロボロだからだ。
「ねぇアルカナート、もう戦いの決着はついたんだよね」
「あぁ……なんとかな」
アルカナートが静かにそう零すと、セイラは両手をアルカナートの体にそっと翳した。
「聖なる光よ。彼が受けし全ての傷と魔障を消し去り給え……! 『セント・サナーティオ』!!」
その詠唱と共に、セイラの両手から優しく神々しい光が注がれてゆく。
アルカナートに注がれるその光は、全てを癒し浄化するセイラの最上級回復魔法。
その光と共にアルカナートの傷は消え去り、体力も全回復した。
「よかった♪ やっとアルカナートの事治す事が出来たよ」
「セイラ、ありがとう。礼を言うぜ」
「こっちこそだよ♪」
「それに、俺のワガママに付き合わせちまったしな」
「ううん、いいの♪ ただ……」
セイラは申し訳なさそうに、アルカナートを見つめている。
そんなセイラを前に、アルカナートは軽く笑みを浮かべた。
今、セイラが何をしたいかを、その顔を見て分かったから。
「構わねぇよ。もう、ケリはついた」
「アルカナート……! ありがとう」
セイラはそう言うとアルカナートにクルッと背を向け、シルフィードの下へタタッと駆け寄った。
シルフィードは額からツーっと血を流し仰向けに倒れたまま、苦しそうな顔で瞳を閉じている。
「うっ……くぅっ……!」
そんなシルフィードに向かい、セイラはサッと両手を翳した。
「全てを癒す女神パナーケアよ、彼に癒しと祝福を……! 『アーク・レフェクティー』!!」
翳したその両手の平からパァァァァッ……! と、優しい光がシルフィードに注がれてゆく。
その光で回復したシルフィードはゆっくり目を開けると、その瞳に映った。
セイラが心配そうな顔で上から覗き込み、自分に向けて片手を差し出している姿が。
「大丈夫? もう傷は治ったと思うけど……」
その瞬間、シルフィードはハッとした顔を浮かべた。
心の中の大切な憧憬に、セイラの今の姿が重なったからだ。
───ま、まさかっ……! いや、あり得ぬ。そんな事は……
シルフィードは心に浮かんだ事を激しく否定しスッと立ち上がると、澄ました顔でサッと横を向いた。
心の中の動揺をセイラに悟られたくなかったから。
「女、なぜ敵であるこの俺の命を助けた……」
静かにそう零すシルフィードに向かい、セイラは凛とした瞳で向き合った。
その瞳は優しい光を宿している。
「あのままだったら、貴方死んじゃうもんっ」
「フッ、俺はお前達の敵だ。放っておけばよかったものを……」
シルフィードがそう零すと、セイラは精悍な顔に変わった。
「私は、誰も死なせたくないのっ! それはシルフィード、貴方だって同じよ。それに、貴方はずっと哀しそうだったから……」
「なんだと……」
軽く目を細めたシルフィードに、セイラは問いかける。
「貴方は確かにナターシャを使ってこの計画を企てたし、本当に強いわ。けど、何か感じるの。過去の何かを振り切ろうとしているのが……」
「貴様、よくもぬけぬけと。俺が昔『無色の魔力クリスタル』だった事に同情でもしているつもりか」
「えっ? 無色の魔力クリスタル?」
驚いた顔を浮かべたセイラ。
シルフィードからナターシャの真実は聞かされていたが、それは聞いてなかったから。
「そうか、貴様には告げていなかったな。まぁ、どちらにしろ、これ以上の話は無用。大人しくこのまま……」
シルフィードがそこまで話した時、セイラはハッと気づいた。
「もしかして、シルフィードって、あの……!」
「なんだ女」
訝しむ顔を浮かべたシルフィードだが、その瞬間ハッとし身体を震わせる。
「まさか、お前は……」
「よかった……元気に、うん、ちょっと違うかもしれないけど、ちゃんと生きてたんだね」
涙を滲ませ微笑むセイラの前で、シルフィードは体の震えが止まらない。
さっき感じた事は、間違いではなかったから。
「女……いや、キミはまさか、俺のせいで転校させられた、あの子だったのか……!」
「うんっ、そうだよ。でも気にしないで♪ 確かに色々言われて大変だったけど、私、貴方の事もあって王宮魔道士になれたから」
「俺の事で?」
謎めいた顔を浮かべるシルフィードに、セイラは少し切なく告げる。
「私、貴方みたいに傷ついた人を守りたくて、特級ヒーラーになったの」
「なっ……」
「だから、今日よかった。シルフィード、貴方を救えて」
セイラがそう言ってニコッと微笑んだ時、シルフィードは剣を下にドサッと落とし、ザッとその場に膝をついた。
そして、両手を地面につきうつむき涙を零す。
「うっ……くっ……キミは逆境に負けず人を癒す道を選んだのに、俺は……ぐっ……」
シルフィードの嗚咽と共に溢れる涙が、地面にポタポタと零れ落ちてゆく。
その姿からは、敬虔な信徒のような清らかさと哀しさが立ち昇っている。
「俺が……間違っていた……すまなかった」
そう零す側でセイラはスッとしゃがみ、シルフィードの顔を上から覗き込んだ。
優しい顔に涙を浮かべたまま。
「シルフィード、いいの……もういいんだよ。貴方は確かに憎しみに生きてきたかもしれないけど、精一杯生きてきたんだから……」
「うぅっ……セイラ、ありがとう……」
そんなシルフィードに、アルカナートは背を向けている。
それが命をかけて戦った相手への情であり、戦士の誇りを守る事だと分かっているからだ。
また、背を向けたまま思っている。
───シルフィードを真に倒し救ったのは、剣ではなく愛か。セイラ、お前は凄い奴だぜ。俺なんかよりもよっぽどな。
アルカナートは心でそう零すと、そのままセイラに告げる。
「セイラ、もう行くぞ」
「……うん」
切なく答えると、セイラはシルフィードをそっと抱きしめた。
シルフィードの体を、愛に満ちたセイラの柔らかい体が包む。
「シルフィード、どんなに辛くても必ず見ててくれてる人はいるからね」
「セイラ……」
「少なくとも、私は忘れないよ。ずっとね……」
短い言葉の中に愛を込めて囁くと、セイラはスッと立ち上がりアルカナートの方へゆっくり歩きだした。
シルフィードは両手を地面につけたままだ。
しかし、そこからザッと立ち上がると、アルカナートに向かい大きく口を開いた。
「アルカナート!! 貴様、このまま俺を見逃すと言うのか! ナターシャを利用し、命を落とさせたこの俺を……!!」
その声にセイラはハッとして振り向いたが、アルカナートは背を向けたまま振り向かない。
「シルフィード、勘違いするな」
「なんだと?」
「ナターシャの事は、お前じゃなく俺のせいだ。アイツの事は俺が一生背負う」
「そうか……だが、俺はお前の敵だぞ」
「この先お前が何を目標に生きていくかは自由だ。もし俺を狙うなら、いつでも受けて立ってやる」
「……その言葉、後悔するなよ」
「フンッ、答えが出たらいつでも来やがれ。じゃあな」
そう告げ、アルカナートはそのままセイラと共にその場を後にした。
その胸に、これからの誓いと強い意志を抱いたまま。
重い十字架を背負ったアルカナートと、過去と決別したシルフィード。二人の道は果てしなく……
この回で、アルカナートの追憶編は終了です。
次回からは新章。
ノーティスのいる現在へ戻ります。
ただ、次回更新日は2024年6月17日(月)
少しお時間頂きますが、よろしくお願いします!
後、ここまで読んで頂いてありがとうございます。
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