cys:206 去りゆくクリザリッドと守るセイラ
「ぐっ……ナターシャ、なんで、なんでお前が……!」
ナターシャの体を抱きしめたまま嗚咽を漏らすアルカナート。
瞳から零れる涙が、冷たくなってゆくナターシャの頬を伝う。
───ナターシャ、お前は何の為に……
アルカナートの脳裏に巡る、ナターシャと過ごした日々。
そして、ナターシャの抱えてきた哀しき想いが全身を駆け巡る。
───お前はこれから幸せになるべきだった……今まで、ずっと苦しい想いをしてきたんだからよ……
ナターシャを救えなかった激し過ぎる後悔の念。
それがアルカナートの胸を押し潰してゆき、魂に決して消える事の無い十字架が刻まれた。
───ナターシャ……!
その姿を見たカミラは、黙ってスッとその場から消えた。
あまりの辛さに見ていられなかったからだ。
またこの時、最悪なタイミングでここに駆け付けていた男がいた。
それは、あのクリザリッドだ。
「なっ……」
クリザリッドは、あまりの出来事に目を見開きながら、その場に立ち尽くしている。
「う、ううっ……」
ナターシャの胸が、アルカナートの剣で貫かれた瞬間を目の当たりにしてしまったから。
しかも、まさかナターシャが自分から貫かれにいったとは、夢にも思わなかったのだ。
「な、なぜ……」
体が怒りで小刻みに震える中、思ったのはただ一つ。
クルフォスを切りつけ逃亡したナターシャを、アルカナートが刺し殺したんだという思いのみ。
「あっ、あぁぁぁ……」
そんな、最悪な誤解を生んでしまうタイミングに出くわしてしまったクリザリッドは、アルカナートを増悪の炎に燃える瞳で睨みつけた。
「アルカナートーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!」
周囲に響き渡った、憎悪のこもった怒声。
それをぶつけられたアルカナートはハッと振り向き、悲しみに染まった瞳で見つめる。
───クリザリッド……
そして、アルカナートはクリザリッドが何を思っているかを一瞬で悟った。
また、それはセイラも同じだ。
───なんでこのタイミングで……!
そう思ったセイラはクリザリッドに向かい、涙を浮かべながら身を乗り出した。
「違うのっ! クリザリッド!! アルカナートは……」
「セイラっ!」
アルカナートはナターシャを抱きかかえたまま、セイラの言葉を断ち切った。
自分が斬った事にしてほしいのが、ナターシャの願いだったから。
また何より、思っていた。
ナターシャの事を救えなかった自分が、殺したような物だと。
───ナターシャを殺したのは、俺だ……
その想いを瞳に乗せ、訴えかけるような眼差しでセイラを見つめるアルカナート。
それを涙目でジッと見つめたセイラは、そのままスッとうつむいた。
───アルカナート、本当にそれでいいの……
セイラは、悲しみに胸が押し潰されそうでたまらない。
けれど、それ以上何も言う事をしなかった。
それがアルカナートの意志だから。
また、そのアルカナートを守る為に自ら命を差し出したナターシャの願い、いや、愛そのものだと分かっていたからだ。
しかし、当然それを知る由もないクリザリッドは、アルカナートを睨みつけながら近寄ると、上からギロッと見下ろした。
「アルカナート……」
その全身からは、激しい怒りと悲しみのオーラが立ち昇っている。
また、シルフィードは目の前で起こった事にしばし呆然としていたが、クリザリッドの怒声で我に返った。
そして、ニヤリと笑みを浮かべクリザリッドに告げる。
「クリザリッドよ! アルカナートは殺したのだ! ナターシャの事を!」
シルフィードから発せられた最悪の言葉。
それにより、クリザリッドの怒りがより膨れ上がってゆく。
「貴様……」
「クリザリッド……」
悲しみに満ちた瞳で見上げるアルカナートの頬を、クリザリッドは拳でドガッ!! と、殴りつけた。
「ぐっ……!」
切れた口から鮮血がバシャッ! と、飛び散ると、アルカナートは顔をしかめ立ち上がった。
そして、一切の弁明もしないまま、クリザリッドを見つめている。
そんな中、クリザリッドはナターシャの亡骸をスッと横に抱きかかえ、アルカナートに背を向けた。
「ナターシャは俺が葬ってやる。これ以上……貴様の薄汚れた手には触れさせん」
そう言い放ったクリザリッドは、心の中で血の涙を流している。
元々クリザリッドは規律に忠実な男だ。
それ故、クルフォスを切りつけたナターシャを、許せない気持ちも当然あった。
しかし、それ以上に愛していたのだ。
昔、コスモティーを通じ、自分に大切な事を教えてくれたナターシャを。
───ナターシャ……あの時の紅茶が俺の心を救ってくれた。
なので、アルカナートがナターシャを救う為に動いたように、クリザリッドもその為に奔走していたのだ。
例え自分が反逆者になろうとも、命をかけてナターシャを救う為に。
───なのに、なぜだ……
その想いは、届くどころかナターシャに伝える事すら出来なかった。
そして、その機会はもう二度と来ない。
それがクリザリッドの魂を、哀しみに染めてゆく。
───俺はもう、生涯誰も愛さぬ……俺が愛したのはナターシャ、お前だけなのだから。
クリザリッドは心でそう誓うと、全身から怒りと悲しみのオーラを沸き立たせた。
「アルカナートよ、俺はお前を決して許さぬ。その男にでも殺されくたばるがいい! もし、その男を倒したならば、この俺が貴様を殺してやる。最も残酷な方法でな……!」
そう告げ去りゆく背を、アルカナートもセイラもただ黙ったまま見つめていた。
心にどうしようもない哀しさを抱えたまま。
そんな中、シルフィードはアルカナートを哀れみと蔑みが入り混じる眼差しで見据えた。
「無様だな、アルカナートよ。貴様は死に場所を失った。そして、同時に失ったのだ。愛する女と仲間からの信頼を」
シルフィードから心を抉る言葉が放たれたが、アルカナートは瞳を伏せたまま何も言わない。
ただ、それを聞いたセイラは怒りに目を見開きバッと片手を横に振り、シルフィードに向かい身を乗り出した。
その綺麗な瞳から涙が迸る。
「ふざけないでよっ!! アルカナートが今どんな想いでいるか分かってるクセに!!」
「クククッ……分かっているさ。もはやそいつが……勇者として剣を振るえなくなった事はな」
「なっ?!」
セイラはその言葉にハッとして振り向いたが、アルカナートは沈黙したままだ。
───うぅっ、アルカナート……!
すぐさまシルフィードの方へ向き直ったセイラ。
その額から、ツーっと汗が流れ落ちる。
直感的に感じてしまったからだ。
シルフィードの言う通り、アルカナートはもう勇者として剣を振るう気持ちが無い事を。
───まさか、こんな事になるなんて……
そんなセイラを見据えながら、シルフィードはニヤリと嗤う。
「女よ、もう終わりだ。アルカナートはここで俺が始末する。コイツがいなくなれば貴様らスマート・ミレニアム軍の戦力は大きく削がれ、我らトゥーラ・レヴォルトの勝利が確実な物となるのだ!」
そう言い放ったシルフィードから再び魔闘気が立ち昇り、それがアルカナートとセイラを照らす。
「くっ……そんな事、させる訳ないでしょ!」
セイラはシルフィードをキッと睨み、魔導の杖を片手でバッと掲げた。
魔導服がフワッと揺れる。
「女神パナケーアの名の下に、輝いて! 全てを守る私の魔力クリスタルよ!!」
その詠唱と共にセイラの魔力クリスタルから桜色の輝きが放たれ、セイラの体を覆っていった。
魔力を全開にしたセイラからは、愛と神々しさが溢れている。
「アルカナートは私が守るわ! 私だって、王宮魔導士なんだからっ!」
セイラから立ち昇っている絶大な魔力。
けれど、シルフィードはそれを感じならがらも、余裕の表情を崩さない。
「女、確かに絶大な魔力だが、それで俺に敵うと思っているのか」
「貴方こそ、あまり舐めない方がいいわよ。私は確かに回復魔法を主としてるけど、攻撃出来ない訳じゃないんだから」
「クククッ……その自信を、今すぐ絶望に変えてやる」
嘲る顔で見下ろすシルフィードに向かい、セイラは魔導の杖を前に突き出した。
魔導の杖にセイラの魔力が込められてゆき、バチバチバチッ……! と、桜色の光を滾らせてゆく。
また、その光が周囲に迸る中、セイラの脳裏に浮かぶ。
レイとロウとジークと交わした約束が。
「……私は負けない! アルカナートを、絶対に連れて帰るんだからっ!」
セイラの力と想いは届くのか……!




