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ゼロの輝き─無魔力追放からの反逆  作者: ジュン・ガリアーノ
第9章 アルカナートの追憶
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cys:193 ナターシャの秘密

「誰っ?!」


 ナターシャが後ろから差してきた影の方へハッとして振り向くと、そこにいたのはアルカナートだった。

 サラサラの前髪の奥から覗かせるクールな瞳に悲しみを湛え、ナターシャを見つめている。


「ナターシャ……!」

「アルカナート! なんでここが……!?」


 謎めいた顔を浮かべ、警戒心を沸き立たせるナターシャ。

 一番見つかってはいけない相手だからだ。

 そんなナターシャに、アルカナートは静かに告げる。


「お前の闘気の残り香を辿ってきただけだ」

「……! 流石ね」


 ナターシャは一瞬ハッとしてから静かにそう零すと、サッと短剣を逆手に構えた。


「きっと、クルフォスから言われたんでしょ。私を、殺すようにって」

「あぁ……」

「そうよね……」


 短剣を構えたまま見据えるナターシャの瞳に涙が滲む。

 アルカナートにこれから殺されるからではなく、クルフォスからそういう指令を出された事に。

 それは、ナターシャの母の愛がクルフォスから完全に壊されたのを意味するから。


 無論、アルカナートはその気持ちを痛い程よく分かっている。

 また、同時に何をしなければならないのかを。


「ナターシャ、俺は……」


 アルカナートが静かに口を開くと、ナターシャはその言葉を断ち切った。

 その瞳に覚悟の光が宿る。


「分かってるわ。どの道、貴方に来られたら勝てっこないんだし」

「違う……!」

「何が違うのよ。もういいの……ここで終わりにさせて」


 ナターシャの瞳に涙が溢れた時、アルカナートはズイッと前に踏み出した。


「勝手に終わりにさせるなよ」

「えっ?」


 涙を浮かべたまま謎めいた顔を浮かべたナターシャに、アルカナートは告げる。

 その心に宿す強い決意を。


「お前の事は殺さない。俺が、必ず国に帰してやる……!」

「アルカナート?! だって、そんな事をしたら貴方が……!」


 思わず身を乗り出したナターシャ。

 全く予期していなかったアルカナートの言葉に体が震える。

 今言ったように、もしそんな事をすればアルカナートは良くて投獄か国外追放。

 最悪の場合、国家反逆者として処刑されてしまうから。


「そんなの私……イヤよ!」


 けれど、アルカナートの表情は変わらない。

 ナターシャを涼し気な艶のある瞳で見つめたままだ。


「構いやしねぇさ。それが俺の答えだ。俺の意志は誰にも邪魔はさせねぇ。それが例え、クルフォスであってもな……!」

「うぅっ、アルカナート……!」


 涙を浮かべながらアルカナートを見つめるナターシャ。

 伝わってくるからだ。

 その言葉が何の打算や裏も無く、アルカナートの本心である事が。

 また、それはクルフォスに壊された愛を、蘇らせてくれるような温かさを持っている。


 けれど、ナターシャはギュッと瞳を閉じると、首を横に振った。


「でも、やっぱりダメよアルカナート。そんな事をしたら、セイラもクリザリッドも悲しむわ」

「フンッ……アイツらだって、いつも死と隣合わせで戦ってんだ。気になんかしねぇよ」


 言葉とは裏腹に切ない顔で零したアルカナートに、ナターシャは叱るように強く告げる。


「そういう問題じゃないわ! それに、レイやロウ達はどうするの。貴方がいなくなったら、きっと心に大きな悲しみを背負う事になるわ」


 そう告げ見つめるナターシャの眼差しと、それを見つめるアルカナート。

 見つめ合う二人の間に沈黙が流れる。


「それを超えなきゃ、王宮魔導士になんてなれやしねぇさ」

「でも……」

「だがナターシャ、お前は違う。今までずっと戦ってきたろ。母の無念を晴らす女としても、そして……お前自身の大切な娘の為にも……!」

「えっ?!」


 ナターシャは、あまりの衝撃に思わず目を見開いて軽くのけぞってしまった。


「な、なんでそれを……!」


 無論、この事は今までアルカナートにはもちろん、従業員達にも話した事はない。

 ナターシャ自身ずっと秘密にしていたからだ。

 また、それを勘づかれるような話も素振りも見せていなかった。


───なのになんで……ハッ、まさか?!


 そう思ったナターシャの前で、アルカナートは自分の胸からスッと取り出し差し出した。

 ナターシャが夫と小さな女の子と一緒に写っている、小さな額縁に入った写真を。


「こ、これはもしかしてあの日に……」

「あぁそうだ。あの火事の中、お前が手から落としたもんだ」

「もう、てっきり燃えたとばかり思ってたのに……」

「フッ、これを取りに戻ったんだろ。あの炎の中をよ」

「うん……そうよ」


 静かにそう零し写真を受け取ったナターシャは、改めてそれをジッと見つめた。

 それと同時に、ナターシャの心を駆け巡る。

 三人で暮らしていた頃の、懐かしく幸せな頃の憧憬が。 

 けれど、そこから染まっていく。

 その憧憬が悲しみの漆黒に。


 そんなナターシャを、アルカナートは静かに見つめていた。


───ナターシャ、お前の苦しみは俺のせいだ……


 心でそう零したアルカナート。

 もう、全ての事を見抜いていたからだ。


「ナターシャ、行くぞ」

「えっ、行くって?」

「決まってんだろ。お前の……」


 アルカナートはそこまで告げた時、思わず大きく目を見開いた。

 漆黒の魔法衣に身を包んだ男がナターシャの後ろの地面から突如現れ、後ろから抱きしめたからだ。


「クククッ……」


 その男からは魔法衣と同じ、漆黒のオーラが立ち昇っている。

 もちろん、ナターシャもそれに驚き後ろをバッと後ろを振り向いた。


「あ、貴方は……!」


 それが誰かを一瞬で理解したナターシャを抱きしめたまま、男はニヤリと嗤う。

 そして、瞳を赤く光らせた。


「スマート・ミレニアム最強の勇者、アルカナートよ。この女を取り戻したくば、禁制区域まで来るがいい」


 その声にピンときたアルカナート。


「テメェ、あの日俺らを覗いてた趣味の悪いヤローだろ。ナターシャを離しやがれ!」

「……では、待っているぞ」


 男は瞳を赤く光らせたまま、闇に溶け込んでいく。

 その男に抱きしめられたまま、ナターシャは片手を大きく前に伸ばして叫ぶ。


「アルカナート、来ちゃダメ! お願いっ!!」

「ナターシャ!」


 アルカナートは叫びと共にダッと駆けナターシャへ手を伸ばしたが、その手は寸での所で触れる事無く男と共に闇へと消えた。


「くそっ!」


 虚しく空を切った拳を握りしめ、前を向いたままギリッと歯を食いしばるアルカナート。

 目の前で連れ去られた悔しさと、ナターシャの悲痛な叫びが心にリフレインしている。


───ナターシャ、お前を必ず救い出す。例え、俺の命がどうなろうとも……!


 心で誓いを立てたアルカナートは、背中のマントをバサッと靡かせその場に踵を向けた。

全てを知っても愛の為に向かう……!

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