cys:190 ナターシャの短剣
「えっ、私が?」
「あぁ、会いたいんだとよ」
控室に戻り、教皇からの令を告げたアルカナート。
ナターシャはもちろん驚いているが、クリザリッドもセイラも側で謎めいた顔を浮かべている。
クルフォスの意図が読めないからだ。
「むうっ……やはり解せぬ」
「う〜〜ん、やっぱりただの興味本位かなぁ」
そんな中、ナターシャは瞳を凛としたモノに変え、アルカナートを見つめた。
その瞳が光に揺らめく。
「分かったアルカナート。行ってくるわ」
その瞳に、ただ会う為のとは別の決意が宿っている気がしたアルカナートは、フッと軽くため息を吐いた。
「フンッ、連れてこいと言われたんだ。俺も行かなきゃな」
「えっ、でも……ほら、レイとロウも貴方の事を待ってるだろうし」
ちょっと申し訳なさそうに零したナターシャに、アルカナートは軽く吐き捨てるように答える。
「構いやしねぇ。特にレイの奴はワガママだからな。こっちも同じでいいんだよ」
「そうなの……?」
「そんなもんだ。行くぞ」
アルカナートがそう告げると、クリザリッドとセイラがザッと身を乗り出してきた。
「だったら俺も行く」
「私もーーっ♪」
特にクリザリッドは真剣な表情を向けている。
ナターシャを想っているので、アルカナートと二人きりにはさせたくない。
ただでさえ、火事からの救出劇や教皇からの任命などで遅れを感じている為に焦りが募るのだ。
だが、アルカナートは面倒くさそうに二人を拒否する。
「ただ会うだけなのに、ぞろぞろ行くのはダリぃ」
「アルカナート、お前……」
クリザリッドが言いかけた言葉を、アルカナートは断ち切った。
「サクッと行って戻ってくる。お前はその間、セイラと茶でも飲むか、レイ達の相手でもしててくれ」
「なんだと?」
「後、力の有り余ってるジークもよ」
「うっ、こ、子供は……苦手だ。知ってるだろ」
「んなもん、俺だって同じだ」
すると、セイラがニコッと微笑んだ。
「あっ、じゃー私がレイ達と遊んでるね♪」
「頼む。まあ、同じ子供同士気が合いそうだしな」
「もうっ! そんな事言ってると着いてくよ」
「悪ぃ悪ぃ、よろしく頼む」
「はーーい♪ 待ってるね」
そんな二人を後に、アルカナートはナターシャと共に教皇の間へ向かい歩き出した。
◆◆◆
「着いたぜ」
アルカナートがそう告げチラッと見つめると、ナターシャは手を下げたままギュッと拳を握りしめた。
ナターシャと出会ってからしばらく立つが、初めて見る表情だ。
「緊張してんのか」
「まぁ……少しは」
「そうか。けど、サクッと会うだけだ」
「そうね……」
ナターシャがそう零すと、アルカナートは教皇の間の扉をバッと開けた。
クルフォスは玉座に腰掛けたまま、こちらを見据えている。
その眼差しを正面から受けながら、二人はクルフォスの前まで近付ていった。
「連れてきたぜ。こいつがナターシャだ」
「お初にお目にかかります……」
跪き軽く顔を伏せるナターシャを、クルフォスは玉座からジッと見つめている。
その圧は流石は教皇というだけあり、凄まじい物だ。
アルカナートは普段から接する機会も多く慣れてはいるが、所見ではそうはいかない。
ただ、ナターシャの緊張はそれだけではなかった。
───クルフォス、貴方は気付いているの……? もしそうなら……
心でそう呟くナターシャを、クルフォスは玉座から見下ろしたまま静かに告げる。
「ナターシャよ、面を上げよ」
「はい……」
緊張と共に顔を上げたナターシャを見たクルフォスの目が、一瞬大きく見開かれた。
確信を得た驚きと共に。
───この女は、やはり……!
兜型の仮面の奥で見開かれたそれを、ナターシャは見逃さなかった。
そして、同時に決意した。
今から自分の成すべき事と、ギリギリまでそれを隣にいるアルカナートに悟られてはならない事を。
そんなナターシャに、クルフォスは問いかける。
「そなたとは、何処かで会った気がするな」
「……いえ、気のせいでしょう。ただ……」
そこで言葉を止めたナターシャは、跪いた姿勢のまま、ギュッと拳を握った。
「こんな人になら、お会いしたのかもしれません」
「ん? どういう意味だ」
クルフォスの瞳が鋭くなる。
「私の母は、結ばれてはいけない相手と恋をし、身籠りました。けど、相手もそんな母を愛し一緒に暮らすハズでした」
ナターシャの話にアルカナートはハッとし、跪いたままチラッと見つめた。
嫌な予感をヒシヒシと感じながら。
───ナターシャ、お前まさか……!
しかし、その横でナターシャは続ける。
「だけど、母は身を引きました。相手がやはり国を捨てなかったからです。その人は、母よりも国での出世を選び捨てたんです……」
ナターシャは話を淡々と続けているが、もはや我慢が出来なくなっていた。
ずっと抱えていた悲しき怒りが膨れ上がってゆき、ナターシャの額の魔力クリスタルがキラリと青く光る。
無論、それをクルフォスもアルカナートも感じ取り、緊張に顔を強張らせた。
───や、やはりこの女は……!
───マズい! そういう事か……!
二人が心で声を上げた時、ナターシャはクルフォスをキッ! と、強く睨みつけた。
「母は、それ以来、ずっと貧しいまま私を育ててくれました。クルフォス! 貴方の事だけを思いながら!!」
ナターシャは、心からの切なる想いを言い放つとバッ! と、立ち上がり、額の魔力クリスタルを青く輝かせた。
王の間が、その強く大きな光に照らされる。
そして、同時に懐から黄金の短剣を取り出すと、凄まじいスピードでクルフォス目掛けてダッ! と、駆け出した。
「母の仇よ! 覚悟しなさいっ!!」
ナターシャの刃はクルフォスに届くのか……!