cys:188 レイの怒りとロウの諭し
「どこって……」
矢継ぎ早に告げてくる少女に少し気圧されたが、ナターシャはすぐに立て直し凛とした瞳で少女を見つめた。
「私はナターシャよ。私もアルカナートを探してるの」
「ふ~~ん……」
そう零し少し疑った顔を向け見つめる少女と、ナターシャの視線が交叉する。
少女は強く睨んでいるが、ナターシャはそれを包み込むような眼差しだ。
それを感じた少女はナターシャのそれに耐えられず、少し顔を火照らせプイっと横を向いた。
「まあ別にいいわ。だって、アルカナートはレイの物だもんっ!」
その言葉で全てを理解したナターシャは一瞬目を丸くすると、優しく微笑んだ。
「フフッ、そうなんだ。じゃあ、早く見つけないとね♪」
「な、なによ! そんな、よゆーな態度できるのも今の内なんだからね!」
「そうねレイ。貴女は可愛いし、強力なライバルとして覚えておくわ♪」
ナターシャの微笑む姿に納得のいかないレイ。
まだこの頃は幼いが、盗賊から救い出してもらったのを機に、アルカナートに強烈な恋心を抱いているからだ。
なので、再びナターシャの方へ振り返ると大きく口を開いた。
「ナターシャ、あなたもキレイだけど絶対負けないから!」
「分かったわ。よろしくね、レイ♪」
「ふんっ……一応覚えといてあげるわ」
軽くムスッとしながらそう答えた時、レイの後ろからダルそうな声が聞こえてくる。
「おいレイ、なんでこんなとこにいんだよ」
「アルカナートっ♪」
レイは、その声にパァァァァァッと顔を明るくして振り向いた。
ついさっきまで怒っていた顔からは、想像出来ない程の表情だ。
そしてタタッと駆け寄ると、可愛く顔をムスッとさせながらアルカナートを見上げる。
「ねぇアルカナート、あのナターシャって女誰なの」
「ハンッ、てめぇには関係ねぇこった」
「あるわよ! だって、あの女、なんか……凄く、キレイだし、大人っぽいし……」
少しもじもじしているレイに、アルカナートは面倒くさそうにサラッと言う。
「まあ、ナターシャは大人だからな」
「ほらやっぱり! ダメなんだからねっ!」
「ったく、何がダメなんだよ。ロウ、こいつをなんとかしてくれ」
そうボヤくとアルカナートの後ろから、まだ少年時代のロウがスッと姿を現した。
「えっ、ボ、ボクがですか?!」
もちろん、この頃はまだ王宮魔導士ではなかったが、その類稀なる魔力と頭脳でアルカナートに才を見出されていたのだ。
けれど、まだ少年という時期の為、女の子と話すのは苦手で仕方ない。
特に、レイのように綺麗な相手だと尚更緊張してしまう。
だが、敬愛するアルカナートから言われた以上、ここは上手く収めなきゃという気持ちが緊張を上回る。
「う~~ん……」
少し唸りながら思考を巡らすロウに、レイがキツく睨んできた。
勝ち気な気質はこの頃から健在だ。
「ロウっ! 邪魔しないでよねっ」
「……する訳ないだろ。だってこのままいけば、次の稽古はボクの時間が増えるんだから」
「はあっ? どういう事よ」
謎めいた顔でイラっとするレイを、ロウは軽く顎に手を当て慧眼な瞳で見つめる。
ロウのこの癖もレイと同様、この頃から既にあった。
「だってそうだろ。先生は自分の言う事を聞かない人が嫌いだ。嫌いな人に稽古はつけない。だから、その分、ボクの時間が増えるって訳さ」
ロウはそこまでサクッとレイに告げると、アルカナートの事を軽く見上げ微笑んだ。
「先生、この解答は合ってますか?」
「フンッ、満点の解答だ」
「なっ、なによっ……!」
レイは悔しいという顔を浮かべてロウを睨みつけたが、チラッとアルカナートを見上げると諦めざるおえなかった。
アルカナートの横顔がロウの解答を、言葉通り全肯定している事を伝えてきているから。
なのでレイは、ムスッとした顔でクルッと踵を返した。
「わかったわよ……! あっち行けばいいんでしょ! 別にナターシャなんて……私の敵じゃないし! フンッ!」
そう言ってプンスカしながら歩いていくと、ロウがアルカナートにペコリと頭を下げた。
サラサラの髪がスッと零れる。
「先生、後はボクが……」
「任せたぜ」
「はいっ!」
そしてロウとレイが去ったのを見届けると、アルカナートはナターシャを見つめた。
また、ナターシャもアルカナートを見つめている。
さっき夢で会った記憶を重ね合わせながら。
けれど、敢えてその想いは抑えたままニコッと微笑んだ。
「元気な子達ね。レイは綺麗で気が強そうだけど、その分凄い魔力を秘めてるし、あのロウって子もそう。それにあの子は、頭も貴方と同じくらいキレそうね」
「フンッ、少し話しただけでそこまで分かるとは流石だな」
「そんな事ないわ。ただ、子供が好きなだけ」
そう零し、ナターシャは少し切なそうにうつむいた。
子供が好きだと言っているにも関わらずだ。
その理由をある程度察している、アルカナートの胸が痛む。
───ナターシャ、お前は……
だが、同時に気になってしまう。
ナターシャの本当の目的が。
それを単刀直入に尋けばいいのかもしれないが、アルカナートの直感が告げるのだ。
抱えてる闇が、途轍もない物である事を。
なので、不本意ではあるが、まずはそれとなく問いかける。
「子供が好きか。まっ、お前ならいい母親になるだろうよ」
しかしそう告げた事により、ナターシャの瞳に静かな怒りが走った。
「ないわよ、そんな事……」
両手をギュッと握りしめたナターシャからは、静かな怒りが立ち昇っている。
しかしそれは、アルカナートに向けたモノではなく、自身の何かに対してのような雰囲気だ。
それを感じたアルカナートは、一瞬スッと瞳を閉じナターシャを見つめた。
「そうか。ただ、俺はお前の事をそう思っている」
「アルカナート……」
「それに、お前の事はこの俺が必ず守ってみせる。例えお前が、誰に狙われようとな」
そう告げ見つめるアルカナートの瞳が、揺らめく光と共にナターシャへ伝える。
ナターシャが抱えている闇。
そこから必ず救い出す決意と強さを。
「アルカナート。私は……」
その光を受けたナターシャの心が揺れる。
だがその時、控室のドアがコンコンとノックされ、一人の兵士が入って来た。
「失礼します」
「なんだ?」
軽く振り向いたアルカナートに、兵士は跪き告げる。
「教皇様がお呼びです」
「教皇が?」
「はい。至急、教皇の間に来るようにと。セイラ様とクリザリッド様もお待ちしております」
そう告げられたアルカナートはナターシャの方へ再び振り向くと、フウッと溜め息を零した。
ナターシャの口から、何か大事な事を聞けそうだったのにもどかしい。
「すまん、呼び出しだ」
「忙しいのね」
「面倒くせぇだけさ。すぐに戻る」
アルカナートはナターシャにそう答えると、クルッと背を向け教皇の間へと向かった。
教皇から突然の召集令。一体何が……