cys:19 エミリオの必殺剣
「えーーっと……あっ、こっちか」
ノーティスが攻撃力測定部屋に入ると、そこから更に二手に列が分かれていた。
『剣士・勇者』志望と『戦士・格闘家』志望では、測定の仕方が違うからだ。
ノーティスが入ったのは当然、剣士・勇者の方。
一回につき、一部屋十人ずつで測定するらしい。
「次、964346番から前へ!」
試験官に呼ばれた者達は部屋に入った。
この部屋にある測定機を攻撃して力を測定され、その数値によって合否が決まる仕組みだ。
ノーティス達のグループも今呼ばれ十人横に並ぶと、測定器の横に立つ試験補助官の女性が、ノーティス達を一瞥した。
スーツ姿で長い髪を後に縛り、目のクリっとしたスマートで綺麗な女性だ。
片や試験官は、テーブルに肘をつき手を組んでいる渋い顔のオッサンなだけに、両者の違いが際立つ。
「皆様には、今からお一人ずつ斬撃測定を行ってもらいます」
補助官の女性はノーティス達にそう告げると、彼女の右手の方向に置かれた太い円柱に、スッと手を伸ばした。
「こちらが測定器です。鋼鉄製で出来ていまして、外側がドラゴンの皮膚と同じ硬度の特殊素材で覆われています」
彼女はそう告げ、説明を続ける。
「なので、思いっきり斬撃を放って頂いて構いません。そして、そこから伝わった斬撃が、中の測定器でポイントとして換算される仕組みです」
彼女がそこまで伝えると、一人の男から質問が挙がった。
ちょっと緊張してる感じだ。
「あの、ポイントは、自分では分からないんでしょうか?」
すると、彼女は質問者を見つめたまま、上にある魔力掲示板をスッと指し示した。
「こちらに表示されます」
「あっ、分かりました。どうも……」
「では、他に質問は?」
彼女がそう問いかけると、ノーティスと一緒に受ける事になったエミリオが口を開く。
「連撃は認められますか?」
「はい。間隔が一秒以内なら認められます」
彼女の答えを聞き、エミリオは満足気に頷く。
「分かりました。ありがとうございます」
「では、他には?」
他は誰も口を開かなかったので、彼女は試験官の男性に軽く目配せをした。
試験官はそれを受け軽く頷いたので、いよいよ試験開始となり、受験者達は順番に測定器に斬撃を繰り出していく。
「うわっ!」
「くっ……!」
測定器の硬さに斬撃を跳ね返される者もいれば、斬撃を繰り出したものの、表面に傷一つ付けられず落胆する者もいる。
もちろん、それでも魔力掲示板にポイントは表示されていく。
『350PT』
「680PT」
そんな中、かなり強めの斬撃を放ち、ガッツポーズをする男がいた。
「よしっ!」
魔力掲示板に表示された数値は2555PT。
他の受験者達が350や680PTだったので、その中にしては驚異的な数値だ。
しかし、試験官の顔色はあまり芳しくなく、テーブルに肘をつき手を組んだまま険しいを浮かべている。
「普通のレベルであれば中々のレベルだが、冒険者を目指す者としては今ひとつだな」
中々辛口かもしれないが、現に測定器の表面にはかすり傷程度しかついていない。
「あっ……確かに……」
試験官の言葉とそのかすり傷を見て、ガックリと肩を落とす受験者。
そんな彼をよそに、自信に満ち溢れた表情で測程器の前に立ったのはエミリオだ。
「フゥッ、ようやく僕の出番ですか♪」
エミリオがその場に立った瞬間、試験官や周りの人達の目の色も変わった。
既にエミリオの強さを知る者が、この会場には大勢いるからだ。
「おおっ、あのエミリオか!」
「この前、学生のエリア剣技大会でも優勝したらしいぜ」
「あのエミリオの斬撃が見れるとは」
会場の期待の声を一身に受けるエミリオ。
試験補助官の女性も、興味深そうにエミリオを見つめた。
「エミリオさん、お会い出来て光栄です♪」
「ハハッ、光栄だなんて。ボクはただの一受験者ですよ」
エミリオは殊勝に答えたが、ニヤリと密かに笑みを浮かべる。
心で零す、尊大な想いと共に。
───ハハッ、どいつもこいつも。まあ、特別にキミ達にも見せてあげるよ。特にノーティス。キミにはボクの圧倒的力を見せつけてあげなきゃね。クククッ……
エミリオは心の中でそう呟くと、前に進みビシッと胸を張った。
そして、大きな声で皆に告げる。
「964354番『クロスフォード・エミリオ』です!」
その瞬間、周りからワァー! キャー! っと、歓声が上がる。
エミリオはその端麗な容姿も相まり、女の子からの人気も高い。
その歓声を受け満足そうに頷いたエミリオは、両手をバッと大きく上に広げた。
「皆様、ご声援ありがとうございます。ただ、私は今日合格する事以外に、一つ成し遂げなければいけない事があります!」
エミリオは意気揚々とした顔を浮かべ、大きな声で皆にそう告げると、ノーティスの方へ振り向き片手を伸ばした。
そして、えっ? と、いう顔をしているノーティスの横で話を続ける。
「それは、この隣の彼を救ってあげる事です! 見てください……無色の魔力クリスタルでありながら、ここに迷い来んでしまった彼を!」
その瞬間、ザワつく会場。
「うわっ! 確かにアイツ魔力クリスタルが無色じゃん」
「えーーホントだー。マジでキモい。顔はいいのに」
「確かに、いくら決まりにねぇからってさ、あんなんココに来ちゃダメだろ」
そんな風に会場の皆がザワつく中、エミリオは横に立つノーティスの方を向いたまま、演技がかった様子で皆に話を続ける。
「皆様! 彼は可愛そうだと思いませんか? 私は胸が痛い。無色の魔力クリスタルなのにも関わらず、この場に迷い込んでしまった彼が!」
演説口調で、ノーティスを哀れみ始めたエミリオ。
ノーティスは、それをむしろ哀しそうな瞳で見つめるが、エミリオは続ける。
「分不相応! それによる、報われない努力! そこに身を投じてしまうのは、人生において最も悲劇的な事ではないでしょうか!」
エミリオは自分に酔いながら、更に言葉を加速させてゆく。
「叶わない恋、叶わない夢、それを追いかける姿は美しい。ただ、それは外側から見た景色です。それをしている本人は悲しんでいる……苦しんでいる……そうではありませんか?!」
エミリオの演説に呑まれ、固唾を飲む聴衆達。
一瞬間を置きそれを確認したエミリオは、ニヤリと嗤い演説の締めに入る。
「そんな哀れな人をどうやったら救えるのか? 答えは一つ。圧倒的現実を見て諦めてもらう! それしか無いのです! だから私は魅せます……圧倒的な力を。彼を、苦しみから救う為に!!」
エミリオはそう言い終えると、仰々しく片手を胸の前で曲げてお辞儀をした。
その瞬間、試験官の男が拍手をすると、皆もつられてパチパチパチ……と、拍手を始める。
そこから鳴り響いてゆく拍手とエミリオへの称賛。
「エミリオー!」
「エミリオ樣素敵ー♪」
「いいぞエミリオー! その哀れなヤツの目を覚ましてやれー!」
称賛を一身に受けたエミリオは、ノーティスに向かい嘘臭い笑みを向けた。
「ノーティスくん。キミを、もうすぐ悲しみから救ってあげるよ♪」
「……はぁ、そうか」
ノーティスが気の抜けた返事をすると、エミリオは一瞬イラッとした顔を浮かべ、測定器に向かい剣を構えて詠唱を行っていく。
「僕のクリスタルよ! 真紅の輝きを放て!」
その詠唱と共に、エミリオの額の魔力クリスタルから、真紅の光がピカッ! と、放たれた。
その光が皆を淡く照らす。
「おおっ、凄い光だ!」
「鮮やか過ぎる!」
「眩しーーい♪」
だが、アルカナートと修行してきたノーティスからすると、エミリオが手を抜いているようにしか思えなかった。
アルカナートの光に比べたら、太陽光とロウソク位の違いがあったからだ。
───ん? 敢えて力を抑えているのかな。まあ、測定機柔らかそうだもんな。
そんな事を思っているノーティスに、エミリオは自信に満ちた顔を振り返らす。
「見たまえノーティスくん。これが力だ!」
「あっ、あぁ。赤いな」
気の抜けた返事だが、素直なノーティスはこういう返事しか出来ないのだ。
凄くないと思っているのに、嘘とかは言えない性格だから。
けれど、ノーティスのそんな態度にイラッときたエミリオは、サッと測定器に振り返った。
───クソ野郎が! 強がりやがって。より本気でやって絶望させてやるよ! この、カスヤローーーーー!!
エミリオは心でノーティスに罵声を浴びせたが、そんな事は顔には一切出さず、真摯な表情のまま必殺剣を放つ。
「これが僕の剣だ! 真紅の五連撃! 『スカーレット・テュエラ』!!」
エミリオの剣から放たれた五つの真紅の刃。
そして測定器を襲い、特殊素材で覆われた表面にザクザクッ! と、五つの傷をつけた。
魔力掲示板に示されたポイントは『17500PT』
それを見た試験官は、皆の驚きに共鳴するように目を大きく見開き、力強い拍手をしながらエミリオを褒め称える。
「素晴らしい! 何と強く鮮やかな五連撃だ! 特殊素材をここまで傷つけるとは、流石としか言いようがない!」
試験官が感嘆の声を漏らすと、会場も大盛り上がりだ。
エミリオはそれに満足そうな笑みを浮かべると、ノーティスの肩にポンと片手を乗せてニヤッと笑う。
「ノーティスくん、目が覚めたかな? これが才能、家柄、そして、鮮やかな魔力クリスタルを持つエリートの力だ」
そう言われ嘲りを受けたノーティスだが、なぜかエミリオの方を見ずに、真っ直ぐ測定器の方を見つめたままだった……
当然、やられっぱなしじゃ終わらない……!
次話はノーティスの剣技が炸裂します。