cys:186 炎と涙と黑い陰
「こいつは……!」
激しく燃え盛るアステール・ダスト。
夜の空を焦がすかのように炎が立ち昇り、焦げた臭いが鼻腔を突く。
側に立っているだけでも、肌を焦がしそうな勢いだ。
それを目の前で見上げるアルカナートは、野次馬の中の男に問いかけた。
鋭い眼差しに焦りが宿っている。
「おい、この中に女が入って行ったのは本当か!」
「アッ、アルカナート様っ! なぜここに?!」
「どうでもいい! 質問に答えろ!」
「つ、ついさっきです。俺ら止めたんですけど……」
「チッ! ふざけやがって!」
アルカナートはそう吐き捨てると、燃え盛る炎の中に勢いよく駆け出した。
「アルカナート様っ!」
男は目を大きく開き手を伸ばしたが、アルカナートの姿は瞬く間に炎の中へと消え去った。
皆、それを追いかける事は出来ないまま、不安な顔を浮かべそれを見つめるのみ。
そんな中、アルカナートは必死の形相で探していた。
ほぼ間違いなくここにいるハズの、ナターシャの事を。
「ナターシャーーーーーーーーっ!!」
大声で呼びかけたが返事はない。
周囲は灼熱の煙が立ちこもり、店内を焼き尽くしている炎がパチパチパチッ……! と、音を立てて壊してゆく。
「クソッ、どこにいんだよ……!」
アルカナートの焦りが苛立ちを加速させる。
無論、アルカナートだけならどうにでもなる。
ただ、普通の人間ならまず助からない火の回りだ。
余程の魔力が無い限り、脱出は厳しい。
「ナターシャ! どこにいる!!」
怒声を上げながら、燃え盛る炎の中を探し回ってゆくアルカナート。
店内はそれなりに広いが、炎で燃やされボロボロだ。
その中に、扉の閉まっている部屋が目に入った。
───まさかっ!
ドアをドンッ! と、蹴り飛ばすと、そこにはうつ伏せのまま倒れているナターシャの姿が。
「ナターシャ! しっかりしろ!!」
サッとしゃがみ抱きかかえると、ナターシャは虚ろな瞳でアルカナートを見つめた。
「ア、アルカナート……なんで……ここに……」
「バカがっ! それはこっちのセリフだ!」
そう告げ両手で抱きかかえると、ナターシャの手からカシャンッと何かが落ちた。
「何だ……」
アルカナートはそれを拾いジッと見つめる。
そしてそれが何か分かると、あまりの驚きに顔をしかめた。
「こ、これは……!」
心に衝撃が走る中、ナターシャをチラッと見つめたアルカナート。
ナターシャは、瞳を閉じたままうわ言のように呟いている。
「ごめんなさい……」
「ナターシャ……」
その姿を見つめる中、アルカナートはハッと後ろを振り向いた。
燃え盛る炎の向こうに、邪悪なオーラを放ちこちらを見据える存在を感じたから。
「誰だっ!」
アルカナートの危機察知能力に間違いはない。
確かにいるのだ。
そこに邪悪なる何者かが。
「チッ、覗き見とは趣味が悪ぃぜ」
苛立ちと共にそう吐き捨て、ナターシャを抱きかかえたまま剣をカチャッと鳴らした。
燃え盛る炎の中、臨戦態勢に入ったアルカナート。
それを不気味に見据えている謎の存在との間に、一発触発の緊張した空気が流れる。
───長引かせる訳にはいかない……!
アルカナートがそう決意した時、謎の存在はクルッと背を向けた。
それにピクッと反応したアルカナートに向かい、その男は静かに告げる。
「次は無い……」
「なんだとっ! 貴様、何者だっ!」
だが、男はアルカナートの問には答えず、その場からスッと姿を消した。
まるで、陽炎のように……
アルカナートは暫しその姿を見つめ固まっていたが、炎は勢いを増し周囲がガラガラと崩れ始めた。
その光景が考えている暇など無い事を、灼熱と共に伝えてくる。
「チイッ!」
そう声を漏らすと、アルカナートはナターシャを強い眼差しで見つめた。
「おい、死ぬなよ」
「アルカナート……私……」
ナターシャの瞳には涙が浮かんでいる。
それの意味する事が何かは分からなかったが、アルカナートの気持ちは決まっていた。
────必ず救い出す。
そう心に誓いを立て、艶のある瞳でナターシャを見つめる。
「お前に死なれちゃ困るんだよ。飲むもんが、酒しかなくなっちまうだろ」
「紅茶……また、飲んで、くれるの……?」
「フンッ、酒より美味いと思ったのは……アレしかねぇんだ」
その言葉を聞いたセイラは、涙を浮かべながらアルカナートの頬にゆっくり手を伸ばした。
「アルカナート……!」
その手をアルカナートは優しく握りしめ、瞳に宿す光を揺らめかす。
「とりあえず、このクソ暑い部屋からさっさと出るぞ」
そう告げスッと立ち上がったアルカナートの全身から、白輝の光が溢れ出してゆく。
燃え盛る炎を押しのけるかのように、どこまでも強く、大きく。
「ハァァァァッ……! ウザってぇ炎は全てこの俺が消し飛ばす! 道を開けやがれ! 『ギャラクシアン・ウェイヴ』!!」
凄まじい勢いで叩きつけられた剣から、ズザザザッ!! と、白く輝く大きな衝撃波が放たれた。
その衝撃波が一瞬にして周りを破壊し炎を消し去ってゆくと、目の前に大きな道が出来た。
作り出した道の先に、突然の爆発に驚き身を反らしている人達の姿が見える。
「フウッ……」
アルカナートはそう一息つくと剣を鞘に収め、ナターシャを横にスッと抱き抱えた。
ナターシャの柔らかくしなやかな体の感触が、腕に伝わってくる。
だが、同時にアルカナートに伝わってきた。
ナターシャの心から放たれている、辛く哀しい想いが。
───ナターシャ、お前は……
そして、ゆっくり歩き前を向いたまま外に出ると、アルカナートとナターシャを、満天の星空がキラキラと照らしてきた。
まるで、二人の無事を祝うかのように。
また、集まっている人達からは喜びと歓声が上がっている。
「アルカナート様っ!」「流石です!」「キャーッ! アルカナート様カッコいい♪」
しかしそんな中、アルカナートは静かに想いを巡らせていた。
あの謎の男と、ナターシャの懺悔するような涙の意味を。
───何者か知らねぇが、ナターシャは俺が必ず守る……!
そう誓うアルカナート。
だが、その後ろで立ち昇っている黒い煙が、まるで不穏を告げる狼煙のように揺らめいていた。
謎の薫りを漂わせる、謎の影とナターシャの涙……