cys:184 忠告と恋心
「おいアルカナート、ちょっと顔を貸せ」
あれからしばらくの月日が経った頃、クリザリッドが急にアルカナートを呼び止めた。
「なんだよクリザリッド。俺は戦いで疲れてんだ。面倒くせえ用事なら勘弁願いてぇんだが」
相変らずダルそうに零すアルカナートだが、クリザリッドは諦めない。
「それはこちらも同じだ」
「チッ。で、なんだよ」
「要件は二つだ」
「二つ? 面倒くせえな」
アルカナートは心底ダルかったが、クリザリッドが退きそうにもなかったので渋々付き合う事に。
「仕方ねぇ。じゃあアステール・ダストにでも行くか」
「そ、それはダメだ! アルカナート!」
「はあっ? 何でだよ。何か訳ありそうだし、立ち話じゃ何だろ」
アルカナートの言う通りではあるのだが、クリザリッドは珍しくアタフタと慌てている。
その発言と表情に、アルカナートはピンときてニヤリと笑みを浮かべた。
「クリザリッド、お前さては……」
アルカナートがそこまで言いかけた時、後ろからセイラの元気な声が。
「アルカナートーーーっ♪」
その声と笑顔共に、セイラは背中にパフッと飛びついた。
クリザリッドを始め他の人達も周りにいるが、セイラは満面の笑みでアルカナートに抱きついている。
「今日も大活躍だったねーー! カッコよかったよっ♪」
「あぁ。ただその活躍も、お前の重さで台無しだ」
「なによっ! イジワルばっかり言って。もーーっ!」
可愛く頬を膨らませるセイラ。
まあ、いつも通りのやり取りなのだが、アルカナートはセイラを背中からスッと離し、ニヤッと軽く微笑んだ。
「セイラ、お前も来るか」
「クリザリッドが、何やら話があるんだとよ」
「えっ、クリザリッドが?」
キョトンとした顔でセイラが見つめる中、クリザリッドは片手を額に当ててうつむいた。
勘弁してくれと言わんばかりの顔だ。
「おい、アルカナート。お前……!」
だが、アルカナートはニヤリと笑いクリザリッドの肩にポンと片手を置いた。
「まっ、いいじゃねぇか。コイツも一応女だしよ、野郎同士で話すよりも案外いい知恵出るだろ」
「お、お前、何でそれを……!」
「フンッ。テメェは分かりやすいんだよ」
「うっ……」
クリザリッドが顔を火照らす中、セイラはアルカナートに身を乗り出しプンスカしている。
「ちょっとアルカナート、一応女ってどーゆー事よっ! これでも人気あるし、ブロマイドだって売上トップなんだからっ」
「はんっ、物好きが多い国だぜ」
「もーーーっ、なんなんっ!」
セイラが可愛く腕をブンブン振っていると、クリザリッドはハァッ……と、ため息を零しアルカナートを見据えた。
その瞳に真剣な光が宿る。
「もうここでいい。一つ目からだ」
「あっ? なんだよ」
「アルカナート、お前最近……躊躇いが出てないか」
「なんだと?」
アルカナートの眉がピクリと動いた。
「何を証拠にそう思うんだよ」
「それはアルカナート、お前自身が一番分かっているハズだ」
「チッ……」
アルカナートはバツが悪そうに、視線を斜め下に逸らした。
クリザリッドが告げてきたように、自分自身でよく分かっていたからだ。
以前と違い、敵にトドメを刺す時に躊躇いを感じている事を。
「心当たりがあるようだな……」
クリザリッドの呟きに黙ったままのアルカナートだが、理由はハッキリしていた。
以前、ナターシャから告げられたあの言葉。
『うぅん……ただ、ただ、それでも斬られた相手の残された人達は悲しむわ……』
それが、心にトゲのように刺さっているからだ。
「アルカナート、お前程の力があれば、正直影響はさほど大きくはない。だが、もしその隙にお前に万が一の事があれば、この国の戦力は大きく傾く」
昼下がりの陽光が照らす中、ビュッと吹いてきた風が艶のある髪を風を靡かせた。
「フンッ……ご忠告ありがとよ。肝に命じておくぜ」
「ほぅ、お前にしては随分と素直だな」
「別に……そういう時もあるだけさ」
アルカナートは軽く横顔を向けたまま端的に答えると、軽くため息を吐きクリザリッドをチラリと見据える。
「で、もう一つはテメェの事だろ? クリザリッド」
「あ、あぁ……」
クリザリッドは、今までの戦士としてでの顔ではなく、一気に別の表情を浮かべ再び顔を火照らせた。
そして、額からツーっと汗を零し瞳を軽く閉じると、言いにくそうに口を開く。
「実は……その……ナターシャに、惚れたらしい」
「フンッ、やっぱりか」
ニヤリと笑うアルカナートの側で、セイラは驚いて目を大きく見開いた。
「えぇっ?! ナターシャに?! クリザリッドが?」
セイラが驚くのも無理は無かった。
クリザリッドは見た目はカッコいいし、王宮魔道士としてアルカナートと二分する程の人気もある。
だが、今までクリザリッドが女に興味を示した事など、少なくともセイラが知る限り一度も無かったから。
そんなクリザリッドの恋心に、セイラは興味津々だ。
「ねぇっ、いつから? どこを好きになったの? まーーやっぱりナターシャ可愛いもんねーー♪」
ニコニコしながら矢継ぎ早に話すセイラに、アルカナートは顔をしかめた。
「おいセイラ、ちょっと黙ってろ。クリザリッドが話せねぇだろうが」
「えーーーっ、だって気になるーーー♪」
「ったく……」
アルカナートは軽く呆れながら、クリザリッドに告げる。
「あの日からだろ」
「あぁ……そうだ」
「やっぱりか。最近様子がオカシイと思ったぜ」
「わ、分かっていたのか……」
「当たり前だろ。テメェは俺の仲間なんだからよ」
「アルカナート……」
クリザリッドはそこから語り始めた。
あの日、初めて出会った時にナターシャから淹れてもらったコスモティー。
それ以来、ナターシャの事が気になり店に頻繁に通う内に、より惚れてしまった事。
ただ、今まで自分から女にアプローチした事がなく、どうしていいのか分からない事について赤裸々に。
「どうしたらいいんだ、アルカナート」
「フンッ、どーしたらいいも何も、さっさと付き合っちまえばいいじゃねぇか」
「バカっ、それが出来ないから困ってるんだろうが」
「ったく……らしくねぇなぁ、おい」
アルカナートがそう言って軽く笑うと、セイラが人差し指を立ててクリザリッドにグイッと顔を近づけた。
「そーゆー時はね、普通にしなきゃダメよ」
「ふ、普通に?」
「そう。ドキドキするのは分かるけど、不自然にすると相手も不自然になっちゃうから」
「そ、そーゆーものか」
「トーゼンでしょ♪ ねっ、アルカナート♪」
ニコッとして振り向いたセイラに、フッと息を漏らしたアルカナート。
「まっ、そうだな。お前には何の感情も沸かねぇけどな」
「もうっ! でも、別にいーーーもん。私が好きならそれでいいのっ♪」
いくらアルカナートから不躾な態度を取られても、セイラの態度は変わらない。
何だかんだと言いながら、戦闘中はいつも密かに気にかけてくれてる事を知ってるし、アルカナートの不躾な態度が、一種の甘えだと思ってるから。
そんな二人を見つめるクリザリッドは、二人にスッと背を向け歩き出した。
「いらぬ手間をかけたな」
「おい、今から行くのか」
「……まぁ、気の向くままにな」
「そうか。まっ、せいぜい頑張んな、応援はしてやるよ」
その言葉を受けたクリザリッドの背中のマントが、礼を告げるようにバサッと風に靡いた。
ナターシャに惚れたクリザリッドだが……