cys:183 問いかけるナターシャ
「ナターシャ、見事な対応だったな」
席に戻ったナターシャにアルカナートは静かに告げた。
実際さっきの対応は並みの女に出来る物ではなく、確固たる自身のプライドと信念を感じさせる物だったから。
また、アルカナートはそんな女が嫌いではなかなった。
───いい女だ。
そんな気持ちを敏感に感じたナターシャは、軽く頬を赤らめたがクールな表情は崩さない。
思った事や感情を、あけっぴろげに表すセイラとは対照的だ。
「ほーーーんとにそうね♪ ナターシャ、貴方の対応素敵だったわ♪」
「ありがとう、セイラ、アルカナート」
ナターシャはそう言って静かに微笑むと、アルカナートをジッと見つめた。
今までと違い、少し緊張した面持ちだ。
「ねぇアルカナート」
「ん? なんだ」
「一つ尋いてもいいかしら」
「……別に構わんが」
静かにそう答えたアルカナートに、ナターシャはそっと問いかける。
「戦ってて、辛いと思った事は無いの……?」
その問かけがアルカナートの胸にスッと入り込み、今までの事を思い出させてゆく。
まるで、ナターシャの問いかけが、アルカナートの記憶装置のスイッチを入れたかのようだ。
それにより、少し黙ったまま紅茶をすするアルカナート。
また、その横顔をセイラも少し切なく見つめている。
今まで一番近くで、アルカナートと生死を共にしてきているから。
───アルカナート……
そんな切ない眼差しを受ける中、アルカナートはゆっくり口を開く。
「この紅茶、この味になるまでに相当苦労しただろ」
「えっ? まぁ、そうだけど……」
「それと同じだ。その時辛くても、結果平和が守れりゃそれでいい」
「そうか。そうよね……」
ナターシャは少し哀しそうに零した。
それを見て、アルカナートは静かに告げる。
その哀しみが何を意味するかを分かっているから。
「大事なのは、戦士としての誇りだ」
「戦士としての誇り?」
「あぁそうだ。人なんざ斬らなくて済むなら、それに越した事はない。本当はよ、こうして美味い紅茶や酒を飲んでいられりゃいいんだ」
アルカナートはそこまで告げると、紅茶を一口飲んでから続ける。
「けど、戦場ではそんな事言ってられねぇのさ。相手が自分と同じで、大切なモノを背負ってる事を分かっていても斬らなきゃならねぇ。だから、正面から正々堂々全力で叩き斬る。それが戦士としての誇りだ」
「アルカナート……!」
セイラが少し潤んだ瞳で見つめる中、ナターシャは膝に置いた両拳にギュッと力を込めた。
「そう……よね」
「不満か?」
「うぅん……ただ、ただ、それでも斬られた相手の残された人達は悲しむわ……」
ナターシャのその言葉に、さすがのアルカナートも黙ったままだ。
分かっているからだ。
どんなに戦士の誇りを持って相手を倒そうとも、結局相手の命を絶ち、そしてナターシャが言ったように、残された遺族の悲しみは決して癒える事は無いという事を。
「その通りだ……」
「じゃあなぜ? あの国と仲良くする事は……出来ないの?」
「……分からねぇよ。ただ、俺もセイラもクリザリッドも、この国を守る為に戰うのが使命だ」
そう告げると、皆一様に黙り込んだ。
そんなアルカナート達を、店内の星座のオブジェが照らす。
まるで、それぞれの気持ちを癒やそうとするかのように。
「ごめんなさい……変な事尋いてしまって。せっかく助けてくれたのに……」
ナターシャがすまなそうに零すと、アルカナートはスッと一瞬瞳を閉じた。
「気にするな。ナターシャ、お前の想いは間違ってはいない」
「アルカナート……」
「だがすまん。お前の納得いく答えは、まだまだ出せそうにはない」
「いいの。ごめんなさい、こっちこそ」
そう言って二人が静かに黙っていると、セイラがちょっと首をかしげて唸り、胸の前でパンッ! と、両手を叩いてニコッと笑みを浮かべた。
このシリアスな雰囲気に耐えれなかったから。
「はーーーい、二人とも重い話はここまでーーーーーーーーっ。ささっ、みんなでもう一回コスモティーで乾杯しましょ♪ ほーーーら、かんぱーーーいっ!」
セイラがそう言って思いっきりテンション高くカップを掲げると、ナターシャは思わずクスッと笑った。
それに釣られ、アルカナートもいつもの表情に戻りハァッ……とため息を零した。
「ったくセイラ、お前は気楽でいいよな」
「いーーーーじゃない。気楽の何がいけないのよ。ほら、せっかくなんだしパーッといきましょ♪」
そう言ってコスモティーをグイッと飲み干すセイラ。
「かぁーーーーーっ、この一杯がたまりませんな♪」
「フフッ♪ セイラ、それじゃまるでビールじゃない」
「やっぱり、紅茶もビールものど越しですよっ♪」
「セイラ、てめぇ何言ってんだよ。けどま……この紅茶が美味い事に違いはねぇ」
アルカナートはそう言ってセイラと同じくグイッと飲み干すと、ソーサーにカチャッと置きナターシャを見つめた。
「ナターシャ、また来る。この紅茶を飲みにな」
「ありがとうアルカナート。またいつでも来てね」
「あぁ」
そう告げて、アルカナートはセイラと一緒に店を出た。
ナターシャはその二人の後ろ姿を見送り店に戻ると、自分専用の部屋に入りソファーに腰かけ切なくうつむいた。
窓から差し込む光が、自分の影を長く照らす。
その影を見たナターシャは、まるで自分の心が照らされているように感じ、哀しくそっと瞳を閉じた。
やり切れない哀しさを、消そうとするかのように。
ナターシャがアルカナートに問いかけた真意とは……