cys:181 ナターシャの誘い
「グルルルルルッ……!」
熱い吐息を吐きながらアルカナートを見下ろすレット・ドラゴン。
絶対強者としてのオーラを溢れさせているが、アルカナートは一歩も引かず目も逸らさない。
そんな二人がしばし見据え合う中、広間には緊張が走る。
その緊張を破ったのはレット・ドラゴンだった。
「グォォォォォォッ!!」
凄まじい咆哮が広間に響き渡る。
その咆哮が耳を貫き皆はもうダメだと思ったが、アルカナートはニヤリと笑みを浮かべた。
するとその直後、レット・ドラゴンはバサッ! と、翼を広げ空高く舞い上がると結界の穴から子供と一緒に飛び立っていく。
それを見つめるアルカナートは、笑みを浮かべたまま静かに零す。
「フンッ、ありがとよ。礼を言うぜ」
そう零したアルカナートに、セイラはバッと抱きついた。
満面の笑みを浮かべ嬉しそうだ。
「さっすがアルカナート! 戦わずに勝っちゃうなんて流石じゃなーーーい♪」
「チッ、ベタベタすんなよ。うざってぇ」
「はぁーーーーっ? いいじゃない♪ アルカナートのケチーーーっ」
「ったく、第一そんな事してる場合じゃねーだろ」
アルカナートはメンドクサそうにそう零すと、ドラーク達をギロッと見据えた。
その鋭く怒りのこもった眼光に、震えあがるドラーク達。
「ひいっ!」
「はうっ!」
「あわわわわっ!」
ドラーク達は、あまりの恐怖に全身ぐっしょりと汗をかきガタガタと体を震わせている。
完全に自業自得だが無理もない。
B+ランクとアルカナートとでは、天と地ほどの実力差があるのだ。
彼らにとっては、こめかみに銃口を突きつけられてるに等しい。
アルカナートは、そんな彼らをゴミを見るような目で見下ろしながら静かに告げる。
「剥奪だ。消えろ」
一切の弁明も許さない端的な言葉。
アルカナートは勇者として絶大な権限を持つ為、不適切だと判断した者の冒険者の資格は一瞬にして剥脱出来るのだ。
一度冒険者の資格を剥奪された者は五年間の登録不許可に加え、厳しい審査を受けた上での再登録をしなければならない。
その為、若い方が有利な冒険者という職業にとって、この期間は冒険者として実質的な終わりを意味する。
「そ、そんな……!」
「い、イヤだっ!」
「あんまりだぁ!」
悲壮な顔で叫びを上げるドラーク達だが、アルカナートの表情は微塵も変わらない。
それ以上何も言わず彼らにクルッと踵を返すと、背中のマントを靡かせた。
「セイラ、行くぞ」
「えっ、いいのあのままで? あの人達、凄く騒いでるけど……」
チラッと振り向いたセイラの瞳に、涙ながらに訴えているドラーク達の姿が映る。
無論、悪いのは彼らだ。
ただセイラは、そんな彼らの事も気の毒に思ってしまう。
けれど、そんなセイラとは対象的にアルカナートは振り向きもせず、むしろ怪訝な顔を浮かべた。
「はっ? 奴らには今ちゃんと伝えただろ。これ以上話す事なんてねぇよ」
「ま、まぁそうだけどさぁ……」
心の中で軽く、鬼ね……と、思いながら顔をひきつらせた時、セイラはハッと目を見開いた。
さっき助けた女がフードを脱ぎ、こちらを見つめているのに気付いたから。
また何より、そのあまりにも美しい瞳と綺麗なウェーブがかかった長い髪。
そして、白く透き通るような肌は、女のセイラからしてもドキッとしてしまう程だったのだ。
───な、何この子……
セイラがそう思った時、その女はセイラとアルカナートに向かいクールな微笑みを浮かべ軽く会釈をした。
ただのその仕草が、まるで妖精の光が零れ落ちるように美しい。
「二人とも、ありがとう。私は『ナターシャ』こんな所でまさか王宮魔導士に……」
ナターシャがそこまで言いかけた時、セイラはキラキラさせた瞳をナターシャに向けて、両手をギュッと握りしめた。
「ねぇっ! 貴女スッッッッごく可愛いじゃない♪」
「えっ?」
「こんな綺麗な子、初めて見たわ! ねっ、アルカナート♪」
そう言って振り向いたセイラに、アルカナートはメンドクサそうな顔を浮かべながらも感じていた。
───確かに美しいが、何か妙だな。どこがとは言えんが……何者だ。
そう思いナターシャを見つめている中、セイラは興奮しながらアルカナートに言い続けている。
そして、無言のままナターシャを見つめるアルカナートに向かい、ニヤッと意地悪そうな笑みを浮かべた。
「ははぁ~~~ん、流石のアルカナートもナターシャには惚れたかな♪ このこのぉっ♪」
セイラが肘でツンツンとつつくと、アルカナートは軽くため息を吐いた。
「ったく、出会ったばっかで惚れる訳ねーだろ。まっ、どこぞの年中騒がしい狸娘よりは幾分かマシだがな」
「はあっ? ねぇっ、もしかしてその狸娘って私の事?」
「他に誰かいんのかよ」
「ひどーーーーーいっ! 私騒がしくもないし、狸でもないんだけど! アルカナートのバカっ! 鬼っ! 冷血人間っ!」
グイッと身を乗り出し可愛い顔をしかめたセイラと、気だるそうにしながらも、瞳の奥にはセイラに対する信頼の光を宿しているアルカナート。
ナターシャはそんな二人をクールな瞳で見据えながら、想いに耽っている。
───この二人が、スマート・ミレニアム最強の存在の王宮魔導士か……私は……
心でそう呟くナターシャに、アルカナートは再びチラッと視線を向けた。
「おい、ウチの狸娘が迷惑かけちまったな」
「別に、そんな事ないわ」
「フッ、ならいいが」
そう答え、しばしの間視線を合わせる二人。
その二人の間にビュッと一陣の風が吹き抜けると、アルカナートはスッと背を向けた。
「冒険者の中には、さっきの奴らのような荒くれ者も多い。気を付ける事だ」
そしてそのまま歩き出したが、その瞬間、ナターシャはその背に向かいサッと身を乗り出した。
ナターシャの髪がサラッと揺れる。
「あのっ!」
その声を受けたアルカナートは、ピタッと足を止め振り向いた。
「……なんだ?」
「助けて下さったお礼に……お食事でも奢らせて下さい」
「フンッ、ありがたいがいらぬ世話だ。こんな事で奢られてたら、いつも飯食ってばっかになっちまう」
「けど……」
残念そうにナターシャがうつむくと、セイラがアルカナートにタタッと駆け寄り、片腕を掴んで顔を覗き込んだ。
「いいじゃないアルカナート。行こうよっ!」
「はあっ? めんどくせぇ。俺は一人で飲むのが好きなんだ」
「もうっ、根暗なのも大概にしてよ。第一アルカナート、いっっっつも女の人と一緒に飲んでるじゃん!」
「フンッ、勝手に寄ってくるんだから仕方ねぇだろ」
「あーーーーーもうっ、私が行きたいの。ナターシャと!」
「だったら二人で行きゃいいだろ」
全く取りつく島の無いアルカナートの事を、セイラはムスッとしながら見上げている。
ナターシャとも飲みに行きたいが、アルカナートとも一緒がいいのだ。
そんな中、アルカナートはナターシャの事を再びチラッと見つめた。
───だが、この妙な感覚。確かめておく必要はあるか……
心でそう呟いたアルカナート。
人の指図は受けないが、自分の心が放つ信号には従う主義だ。
「ったく、少しだけだからな」
「やったぁ♪ ありがとうアルカナート」
満面の笑みを浮かべ、アルカナートの腕にギュッと抱きついたセイラ。
二人は付き合っている訳ではないが、傍から見たら恋人同士に見える。
そんな二人に、ナターシャは少し遠慮してしまった。
「ありがとう。でも、お邪魔ではなかったかしら」
「ううん♪ ぜーーーーんぜんだよっ。行こう行こうっ♪」
こうしてアルカナート達は、三人で食事に向かう事になった。
これが、悲しい運命の幕開けである事も知らずに……
この出会いは偶然か、それとも……