cys:178 凍る瞳と燃える瞳
「な、なんてこったよ……先生が……」
ジークもあまりの出来事に震えてしまい、言葉が震え出てこない。
いつも離さぬ戦斧ハルバードを、思わず手から落としてしまいそうになるぐらいに。
「どうしてなんだよ……」
だが無理もない。
目の前にいるのは、ロウとジークとレイが誰よりも尊敬し、ずっと会いたかった敬愛する師。
イデア・アルカナートだからだ。
「先生っ! 一体今まで、どこにいらしたんですか?! それになぜ、そのようなお姿を……」
かつてアルカナートは突然剣を置き、皆の前から去ってしまった。
しかし、ロウ達がそれまで受けた恩恵は計り知れないし、何より厳しさの中にも優しさがあった。
けれど今のアルカナートは、彼らを鋭い視線で見据えたまま口を開かない。
無論、再会を懐かしむ雰囲気など皆無だ。
むしろ、敵意に満ちた眼差しを向けている。
そんな眼差しに、特に一番耐えられないのはレイだ。
「アルカナート! なんで私達に、そんな目を向けるのよっ!」
レイの瞳に哀しみの涙が滲む。
以前、記憶を失くしたノーティスと対峙した時にも同じような辛さを感じたが、今のはまたそれとは違う辛さがある。
アルカナートの瞳が、レイの知るそれとは全く違うからだ。
───何なのよアレ……悪魔みたいな瞳じゃない!
ギリッと歯ぎしりをしながら、アルカナートを睨みつけているレイ。
アルカナートには特別な想いがある分、悲しくて悔しくてどうしようもない。
レイがそんな風に心をギュッと締めつけられる中、メティアはアルカナートの事を不安げな顔で見つめている。
「あの人が、ノーティスのお師匠様……」
以前ノーティスから聞いていたのとは、あまりに違うその雰囲気に、メティアの気持ちがザワめく。
けれど、直接の関わりが無い分、アルカナートを見据えながら冷静に分析を始める。
───確かにあの瞳は悪魔みたいだ。けど、それだけじゃない。みんなの事を無視してる訳じゃなく、まるで認識出来ていないような……ハッ! まさか!
メティアは目を見開くと、クルフォスを怒りに燃える瞳でキッ! と、睨みつけた。
「クルフォス……貴方は使ったんだね。禁呪『ベルセルク』を!」
ベルセルクは、かけた相手を狂戦士と化し、目の前の相手を殺さぬ限り解けない禁呪だ。
かつて、アルカナートがシドの父親であるサガと戦った際、二人の戦いの隙を突きドロスが使った事がある。
しかし、クルフォスはそれを聞いてニヤリと嗤う。
「フンッ、禁呪まで知っているとはな。だが、奴にかけたのはベルセルクではない」
「なんだって?!」
「クククッ……アルカナート程の男、狂戦士にするにはあまりにも愚か」
クルフォスはそう告げると、勝ち誇ったような顔でメティア達を見下ろした。
「奴にかけたのは『ソウル・フィラキス』だ」
「ソウル・ファラキス?」
聞いた事の魔法の名前に、謎めいた顔を浮かべたメティア。
魔法の事なら幅広く網羅しているメティアだが、始めて耳にした魔法だ。
そんな中、ロウは驚愕に目を見開くと、ギリッと歯を食いしばった。
「ク、クルフォス。貴様……!!」
ロウから激しい怒りが溢れている。
また、その側でアンリは片手を額に当て軽くうつむくと、スッとその手を外しクルフォスを見据えた。
「本当に実在したとはの。どこまでも、悪趣味な奴じゃ……!」
アンリからも静かな怒りが立ち昇っている。
二人とも、それがどんな残虐な魔法かを知っているからだ。
メティアは、そんなアンリとロウに不安げな顔で軽く身を乗り出した。
「ねぇ、どんな魔法なの?」
「それはの……」
アンリが言いにくそうに零すと、ロウが悔しそうに告げてくる。
「相手の意識を完全に封じ、命令に絶対に従わせる禁断の魔法だ」
「しかも、あの鎧でさらに意識を封じておる。アレは、教皇のみ使える技じゃ……」
「そ、そんなっ」
悲しく瞳を揺らすメティア。
自分は直接関わり合いが無いとはいえ、ロウ達の気持ちを想像すると、やり切れない気持ちになってしまうから。
そして、まさにそう思った通り、ロウもジークもそれに我慢できず悲壮な顔で叫びを上げる。
「先生っ! 目を醒ましてくださいっ!」
「頼むよ! 俺は先生のそんな姿、見たくねぇよ!」
悲痛な叫びが広間に響き渡るが、アルカナートは微動だにしない。
それが皆の悲しみをより引き立てる中、レイはアルカナートにタタッと駆け寄ると、両手で腕を掴み涙目で見上げた。
「アルカナート! 私よ! レイよ! 分かるでしょ!!」
レイは激情と共に腕を掴みながらアルカナートに激しく訴えるが、アルカナートは微塵も反応しない。
凍るような眼差しで見下ろしたままだ。
けれど、レイは諦めない。
自分にとって、また実際に最強無敵のアルカナートがこんな事になってるのを、絶対認めたくないから。
「ねぇっ! 何とか言ってよアルカナートっ! ねぇっ! お願い!!」
レイが必死な叫びを上げる中、アルカナートの腕がピクッと動いた。
それを見たジークの背筋に、ゾクッとした悪寒が走る。
「レイ! 離れろっ!!」
「えっ?」
怒声のようなジークの声に、レイが謎めいた顔で瞳をチラッと泳がせた時、アルカナートは裏拳でガシンッ! と、レイの体を突き飛ばした。
「きゃあっ!」
ズザザザッ! と、床を擦り付けるように倒れたレイ。
それを目の当たりにしたジークは叫び声を上げるのすら忘れ、ダッ! と、駆け寄り膝まづいてレイを抱きかかえた。
「レイっ! 大丈夫か! しっかりしろ!!」
アルカナートの裏拳により、レイのセクシーな鎖骨が折れ傷口から血が流れている。
白く透き通る肌を染める鮮血は、まるでレイの心のようだ。
「ううっ……!」
痛みにしかめている顔に大量の汗をかきながら、レイはギュッと瞑る瞳から涙を零す。
「うっ……うぅっ、アルカナート……なんで、なんでなのよ……」
今にも大声で泣き出しそうなレイを、ジークはギュッと抱きしめた。
───くそったれが……こんなにされても、お前さんは……!
ジークの心に、怒りと切なさが交叉する。
レイを傷つけたアルカナートは許せないが、同時に、嫌という程分かっているから。
昔からレイがアルカナートに抱く。尊敬の混じった恋心を。
───分かってらぁ……所詮俺じゃ、ノーティスや先生の代わりには、ならねえって事ぐらい。けどよ……
ジークはザッと立ち上がると、瞳に燃え盛る怒りの炎を宿してアルカナートを睨みつけた。
「先生……いくら、いくらアンタでも……レイを傷つける奴は許せねぇんだ!! うぉぉぉぉっ!!!」
戦斧ハルバードを振りかぶり、アルカナートに飛びかかるジーク。
その怒りがかつて無い程膨れ上がり、ジークを纏う真紅の輝きが強く鮮やかに増大してゆく。
自分が傷つけられるより、レイが傷つけられる方がジークにとっては遥かに辛いからだ。
「目ぇ醒ましてくれや!」
ジークの戦斧ハルバードが真っ赤に燃え上り、バチバチバチッ! と、滾らす真紅の雷がアルカナートを激しく照らす。
「レイを泣かすんじゃねぇっ!! 『ギガ・ブロンディ』!!」
その咆哮と共に振り下ろされた戦斧ハルバードを、アルカナートは闘気の滾らせた剣を構え受け止めた。
ズガァァァァンッ!! と、いう凄まじい爆音が周囲に響き渡る。
そしてそれと共に、激しい鍔迫り合いが始まった。
「チッ……」
「うぉらぁぁぁぁっ!」
冷徹な眼差しで見据えるアルカナートと、歯を食いしばり必死の形相で睨みつけるジーク。
互いに退かないが、その実力差は大人と子供ぐらいに明白だ。
そんな中、ジークはアルカナートを睨みつけたまま問いかける。
「先生……アンタ、覚えているかい。昔、俺に教えてくれた……真の戦士って意味をよ」
必死に力を振り絞りながらそう問いかけるが、アルカナートの瞳は変わらない。
冷徹に見据えたままだ。
しかし、ジークはそれでも続ける。
「俺はよ、あん時は分からなかったんだ。けど、ノーティスと出会って戦って……んで、レイに惚れてよ……そん中で、分かっていったのさ……アンタが言ってた、真の戦士って意味がよ……!」
ジークはそう言って、ニヤッと力強く笑みを浮かべた。
それは全てを悟り、戦う確固たる意味を心に刻んでいる戦士の貌。
それを、メティアに治療を受け回復したレイも床に足を曲げ、座ったまま見つめている。
「ジーク、貴方……」
レイの心が切なさに締めつけられる。
自分が敬愛するアルカナートと、自分を心から愛してくれるジーク。
その二人が戦う姿は、レイの心そのものを映し出しているようだから。
───アルカナート、ジーク。私は……
レイは自らの心を振り返ると、サッと立ち上がってジークを見つめた。
「ジーク! 私は……」
「レイ!」
ジークはレイの言葉を途中で断ち切り、アルカナートを見据えたまま不敵な笑みを浮かべ告げる。
「いいんだよ。お前さんが愛する先生は……俺が、命捨ててでも……戻してやるからよ!」
「ジーク!」
「おいおい、そんなしおらしい声……お前さんらしく、ねぇぜ……いつも通り、女王様みてぇにしてりゃ……いいんだよ」
ジークの全身から戦士としての覚悟が立ち昇ってゆく。
それを誰よりも感じたレイは身を乗り出した。
が、その瞬間、ジークは真紅の輝きをより膨れ上がらせ、自分とアルカナートの周りを球体状の獄炎で包みこんだ。
「先生……俺の命くれてやるからよ……頼むから、レイを、もう泣かせねぇでくれ……頼む。出来の悪い弟子の……たった一つのお願いだ……!」
獄炎の中で互いに動きが取れぬ中、ジークの命のエネルギーがアルカナートに注ぎ込まれてゆく。
その姿は獄炎に包まれて外からは見えないが、皆にジークの想いが伝わってくる。
「ジーク、キミは……!」
「お主……まさか」
「嘘だよね……ジーク!」
「いや……いや……ジーク! ダメぇっ!!」
レイが涙を迸らせながら手を伸ばす中、ジークは薄れゆく意識の中で笑みを零した。
───ったく……いっつも、損な役回りだぜ。けどまぁ、惚れちまったんだから仕方ねぇよな。ハハッ……あんがとよ。
心でそう告げた時、獄炎がゴォォォォッ! と、天に向かい渦を巻いて立ち昇ってゆく。
そしてその直後、カッ!! と、大きく煌めいた。
まるで、ジークの命が爆ぜたような輝きと共に……!
ジークの命を張った願いは届くのか……!