cys:18 嗤うエミリオ
「クソっ! なんであんな奴が……」
ノーティスとルミが、攻撃力測定の試験会場に辿り着く少し前の事。
異母兄弟のディラード (実際は違い、ノーティスは里子なのだが) は、会場の休憩室でコーヒーを飲みながら、筆記試験会場での苦い記憶を思い返していた。
コーヒーの水面に、ノーティスがロウに認められていた光景が浮かぶようだ。
「あ、あの野郎……絶対に許さん」
ディラードがその言葉と共に怒りを零した時、ディラードの背中から声をかけてくる男がいた。
スラッとした体を高級な服装に包み、全身から自信が満ち溢れている。
「やぁ、ディラード。こんな所でティータイムとは、随分と元気そうじゃないか。クックック……」
「キサマは……!」
ディラードがそう言って振り向くと、そこにいたのはディラードのライバルの男だった。
まあ、試験を放棄した今となっては元だが。
「エミリオ! キサマ何しにきた……」
「いや、クロスフォード家の長男として、このギルド検定試験に参加しに来たまでですよ♪」
エミリオはショートボブの髪を揺らしながら、自信満々の態度でディラードを見下ろした。
哀れみと蔑みの入り混じる瞳で。
すると、ディラードは座ったままエミリオを卑屈な目で見上げ、ウザったそうに吐き捨てる。
エミリオが、なぜここに来たのかを分かったからだ。
「どうせ噂話でも聞いてきたんだろ。お耳の早い事だ」
「おおっ、さすが親愛なるディラードくん。まだそれが分かるだけの知性は、失くされてないようですね。安心しました♪」
「うるさい」
ディラードが静かに怒鳴ると、エミリオはやれやれのポーズを取りながらディラードを見下ろし嘲る。
皮肉にもそれは、今までディラードがノーティスに向けてきた物と同じ瞳だった。
「いやいや、筆記試験を途中退室されたと聞いた時は、心配しましたからねぇ。てっきり、お気が触れてしまったのかと♪」
エミリオはディラードにそこまで言うと、顔色をスッと変えてディラードを見下ろした。
「で、何者なんですか? アナタをそこまでにした、エデン・ノーティスという男は」
エミリオに問いかけられたディラードは、両膝をテーブルに乗せ軽くうつむいたまま、小さく口を開く。
「無色……」
「はい?」
「無色の魔力クリスタルだ」
「む、無色の魔力クリスタルですって?!」
嫌味ではなく本気で驚いたエミリオに、ディラードはさらに告げていく。
震える拳と共に。
「しかもアイツは、学校を退学させられてる」
「な、なんだって! 退学?!」
「あぁそうだ。しかも十四歳の頃にだ」
ディラードから告げられた内容に戦慄し、エミリオは顔を歪めて目を大きく開いた。
「バ、バカな。そんな人間があの難しい筆記試験で満点を取った上に、王宮魔導士のロウ様に認められてるだと……!」
「信じられないかもしれないが……事実だ」
そう言うディラード自身でさえ、未だ信じられない。
いや、信じたくない気持ちが大いにある。
だが、自分の目であの光景を見てしまった以上、ディラード自身もそう言うしかなかったのだ。
───くそっ……思い出したくすらないのに。
すると、エミリオは片手で顔を覆い気が触れたように笑い出す。
「クククッ……アーッハッハッハッ!」
「エミリオ?」
「許せない。そいつは許せないよ、ディラードくん」
「お前……」
椅子に座ったまま、訝しむ顔でチラッと見上げたディラード。
自分の事はさて置きだが、エミリオから邪悪なオーラをヒシヒシと感じたからだ。
その顔を見下ろしながら、エミリオは再びやれやれのポーズを取り溜息を吐いた。
「美しくない。そんな事は全く美しくないから! ボクがキミの代わりにそのノーティスというヤツに分からせてあげるよ」
「……」
沈黙したままのディラードに、エミリオは言葉を続ける。
「そいつがいかに無力で、ましてや、栄えある冒険者なんて欠片も相応しくない事をね!」
エミリオは大きな声でそう宣言し、ディラードにサッと背を向けて休憩室の扉の前まで行くと、ピタッと足を止めた。
そして、ディラードの方をチラッと振り向きニヤッと嗤う。
「さようなら♪ 哀れなディラードさん」
エミリオはディラードにそう告げると、休憩室から去っていった。
そんな中、ディラードはエミリオが出ていった扉に向かい、静かに呟く。
「エミリオ、お前の言う通りだ。あんな奴、俺だって許せない……けどエミリオ。ヤツを、ノーティスを舐めてかかれば、お前もすぐにこちら側だ……!」
ディラードは、冷めてしまったコーヒーに映った自分の顔を見つめ哀しくそう呟いた。
◆◆◆
時は戻り、ノーティスとルミは今攻撃力測定の試験会場に辿り着いていた。
「次は攻撃力測定試験です。ちなみにノーティス様、その後の流れを覚えていらっしゃいますか?」
「えっと……」
ちょっと口ごもるノーティスに、ルミは軽く息を吐いてから伝える。
「まあ、仕方ありませんよね。ノーティス様はあの方から、こういう流れがあるのを聞かされてなかったようですし」
「まあな。師匠は修業が終わると、この前突然『ノーティス。お前は王都へ行って勇者になれ』だもんな」
ウンザリした顔でやれやれのポーズを取ったノーティスに、ルミは下唇に軽く片手を当て微笑んだ。
「ハハッ♪ あの方らしいといえばそうですけど」
「そうだね。まっ、色々準備しといてくれたのには感謝してるけどさ」
ノーティスはアルカナートとの事を思い出して、首から下げているアルカナートからの『卒業の証』を手に持ち眺めた。
───師匠、セイラ、孤児院のみんな。元気にしてるかな……
少し感慨に耽っていると、ルミはノーティスの瞳を見つめ、右手の人差し指を顔の前で上に立てた。
「ノーティス様。ギルドの冒険者検定試験は、まず筆記試験から始まりますが、ノーティス様はここは問題ありませんでしたね」
「うん、お陰でロウから認めて貰えたぐらいだし」
満足そうな顔を浮べたノーティスに、ルミも微笑む。
「はい♪ なので後は、これから行う『攻撃力測定試験』それが終われば『防御力測定試験』があります」
「あぁ、そーだったな」
「後は、魔導士でしたら『魔力検定試験』がありますが、ノーティス様の場合は勇者志望なので、王宮のSランカーとの『模擬試合』をクリアして初めて冒険者の資格が得られます」
ルミが得意げにそう告げた時、ギルドの魔力掲示板にノーティスの受験番号が表示された。
「あっ、ルミ。ちょーど俺の順番が来たよ」
「そーですね♪ ノーティス様」
ちなみにこの番号は、最初発行された受験番号とは別に、筆記試験に合格した後、個別に割り振られた番号の方だ。
ノーティスの番号は『964355番』
「番号はちゃんと合ってますね」
「本当だ。964355番だからな。よしっ!けどさ……」
ノーティスはその番号を見て、ルミに軽く不満げに口を尖らせた。
「なあルミ、この番号どう思う?」
「えっ?」
「964355番。ク・ル・シ・ミ・ゴー・ゴー、って……」
ルミは、それが冗談なのか本気なのか分からず一瞬言葉を失い、目を点にした。
「はあ……はい」
けどすぐに気を取り直し、目一杯の笑顔と共に片手を上げて拳を握る。
「大丈夫ですノーティス様! ファイトです! おーーーっ♪」
ルミから明るく元気な声援を受けたノーティスは、よしっ! と、気合を入れるとニコッと笑った。
「ありがとうルミ。行ってくる!」
「はいノーティス様! いってらっしゃいませ♪」
ルミに見送られ、同時に受ける他の受験者達と一緒に、試験場に入って行ったノーティス。
ただ、奇しくもノーティスと同じ回になったエミリオは、その姿を見てイラっとしていた。
「あれがノーティスという男ですか……無色のクリスタルで学校中退のくせに、あんな可愛い子から応援してもらってるなんて……」
エミリオはそう言ってギリッと顔をしかめたが、すぐに下卑た笑みを浮かべる。
「クククッ、まあいいでしょう。むしろ好都合です。これからアナタには、目も当てられない程の絶望的な無力さを味わってもらうのですから……!」
筆記試験に続き、またもや波乱が起こりそうなきな臭い雰囲気が立ち込めてきていた……!
新たな波乱が起こりそうな予感……
次話は、けしかけるエミリオの方が慌てます。