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cys:176 刃のアネーシャと鞘のルミ

「ハァッ……ハァッ……」


 カッカッカッカッ……と、いう足音が回廊に響く中、ルミが苦しそうに零す吐息がノーティスとアネーシャの耳に届く。


「ルミ、ごめん。大丈夫か?」

「大丈夫?」


 ノーティスとアネーシャはピタッと足を止め、ルミの方へ振り向いた。

 二人の髪がサラッと揺れるのとは対照的に、ルミは両膝に手をつき苦しそうな吐息を零している。

 だが、無理もない。

 二人とルミとでは、体力に大きな違いがあるからだ。


「ハァッ……ハァッ……すいません、大丈夫……です」


 吐息交じりにそう零すルミは、完全に息が上がっている。  

 その姿を見たノーティスとアネーシャは互いに視線を合わせ、コクンと軽く頷いた。


「ルミ、こっちこそゴメンな。少し休憩しよう」

「ハァッ……えっ? いや……いいですよノーティス様。急ぎましょう……!」

「いや、少し休む。決まりだ」

「ノーティス様……」


 申し訳なさそうな顔でノーティスを見上げたルミに、ノーティスはもちろん、アネーシャも優しく微笑んだ。


「フフッ、ちょうどいいわ。私も少し休みたかったし」

「アネーシャさん、そんな……」

「ホントよ。それにルミさん、貴女にもしもの事があったら……ノーティスまた号泣しちゃうし」

「えっ?」


 ルミが驚いて目を丸くする中、アネーシャは少しフフンとした顔でノーティスを見つめる。


 もちろん、アネーシャは内心許してはいた。

 自分と命を賭けて誓ったにも関わらず、ルミがああなった事に対してノーティスが心から涙を流し、それが間違いなく愛であった事を。


 けれど、アネーシャ自身その身に染みて分かっているのだ。

 シドの仇として憎んでいたノーティスを愛してしまったように、人の気持は変わる物だという事が。

 

───それにノーティス、ルミ(この子)と一緒にいる時の貴方は本心で安らいでるわよね……


 また、そう感じる故にアネーシャには分かってしまう。

 ノーティスが記憶を失くしていた時も今も、常に真剣に本気で人に向き合い生きてきてる事を。

 ただ、それでも寂しい気持ちはどうしても沸いてしまうので、ノーティスに軽く皮肉を込めた眼差しを送ったのだ。


───別に構わないわ。いつもの事だし……


 もちろんルミは、そこまでの事は全く知らない。

 なので、さっき自分が倒れた時ノーティスが号泣したという事を知り、恥ずかしさと申し訳なさに顔を赤く火照らせてしまった。


「ノ、ノーティス様がですかっ?!」


 ビックリして思わず身を乗り出したルミ。

 今までノーティスと色んな事を体験してきたが、号泣した所は見た事が無かったから。

 無論、自分が倒れていた時は意識が無かったので知る由もない。


 そんなルミに、アネーシャはちょっと意地悪な顔で軽く頷く。


「そうよ。もーーー凄かったんだから。まるで、勇者とは思えない程激しかったわ」

「ア、アネーシャ……!」


 ノーティスはちょっと照れた顔を浮かべ、片手で頭をクシャッと掻いた。

 そして、軽く視線を逸らす。


「まっ、まあさ……だって、いきなりあんな事になったら、誰だってビックリするじゃん……」


 照れてちょっと言葉を濁したノーティスの顔を、アネーシャはニヤッと笑みを浮かべ覗き込む。


「あら? 誰でもじゃなくて、ルミさんだったからでしょ。違うの?」

「あっ、いや、それは……」

「ふーーん……じゃあ、もし……」


───あれが私だったらどうするの……


 アネーシャはそこまで言いかけて、咄嗟に言葉を変える。


「どうでもいい人だったとして、ああなるかしら?」

「いや、それは……」


 アネーシャに見つめられ、言葉に詰まるノーティス。

 感情が昂った時に好意を伝える事は出来るが、普通の時だと恥ずかしくて言えないから。


 ただ、そんな二人を見つめるルミは、聡明である故、直感的に感じてしまった。

 アネーシャがノーティスを想う気持ちを。


───アネーシャさん、もしかして貴女もノーティス様の事を……


 普段なら嫉妬にすぐ気が立ってしまうが、アネーシャに対しては不思議とそんな気持ちは起こらなかった。

 無論、アネーシャとノーティスが過ごした時間については知らないが、アネーシャから何となくだが伝わってくるからだ。

 好きであっても身を引いている事が。

 むしろ、それがルミの心に切なさのさざ波を立てる。


───アネーシャさん、貴女は……!


 心で切なさを感じたルミは、ふぅっ、と、一呼吸つくとノーティスに向かいコホンと咳ばらいをした。


「ノーティス様、お騒がせしてしまい申し訳ありませんでした」

「ルミ……」


 戸惑いながら振り向いたノーティスに、ルミは凛とした眼差しで告げる。


「私はノーティス様の執事であると同時に、お二人の力の触媒クナーティアです。なので、ここからも全力でサポートさせて頂きます」

「う、うん。よろしく頼むよルミ」

「はいっ♪ 任せてくださいノーティス様」


 そう言ってニコッと微笑むと、アネーシャがギュッと抱きしめてきた。

 アネーシャの大人びた体の感触と、精悍で儚い薫りがルミに伝わってくる。


「ア、アネーシャさんっ?!」


 突然抱きしめられビックリして顔を火照らすルミの耳元で、アネーシャはそっと囁く。


(心配しないで。あの人が愛しているのは貴女よ)

(ア、アネーシャさんっ……! うぅっ……)


 ルミの胸がグッと締め付けられ、込み上がる涙が瞳を熱く滲ます。

 アネーシャのその短い言葉の中に、ルミとノーティスを想いやる大きな愛が心に染み渡ってきたから。


(私はノーティス(かれ)と一緒に戦う刃。ノーティス(かれ)の鞘は貴女よ、ルミ)

(アネーシャさん、私は……)


 ルミが涙を滲ませながらそう零すと、アネーシャはルミからスッと体を離し両手を肩に乗せて微笑んだ。


「よしっ、すっかり体力も回復したようね」

「アネーシャさん……」

「ルミ、一緒に行けるわよね」


 光に揺れるアネーシャの瞳を見つめたまま、ルミは力強く微笑む。

 アネーシャの気持に全力で応える為にも。


「はいっ! アネーシャさん」


 ルミはそう答えると階段をタタッと駆け上がり、立ち止まったままのノーティスを追い越すと、クルッと振り返った。


「ノーティス様、早く来ないと置いてっちゃいますよ」

「おっ、ゆーねルミ。ってかどーした?」


 何となくルミの雰囲気が変わった事に気付き、少しキョトンとしたノーティス。

 その背を、アネーシャは横からポンッと軽く片手で叩いた。

 そして振り向いたノーティスに、軽く流し目を向ける。


「あの子が触媒なのは、力だけじゃないみたいよ」

「ん? そってどーゆー……」

「フフッ、分からないか。まっ、それが貴方のいい所でもあるんだけど」

「えっ? いや、俺そーゆーのは苦手で……」

 

 そう零した時、ノーティスは今までと違い真剣な表情を浮かべ、ハッと階段の上を見上げた。


───こ、このエネルギーはまさか……! いや、微かに違う……でも……!


 王の間からここまで伝わってくるエネルギーに、ノーティスは驚愕を禁じえない。

 そんなノーティスを、謎めいた顔で見つめるアネーシャとルミ。


「どうしたのノーティス。もしかして、今流れ込んできたエネルギーの事?」 

「そうなんですか、ノーティス様?」


 二人から見つめられる中、ノーティスの心に最悪のシナリオが流れ込んでくる。


───嘘だ。そんな事、そんな事ありえない……!


 その想いを振り払うかのように、ノーティスは階段をササッと駆け上がると二人に振り向き、精悍な顔で告げる。


「すまないルミ、アネーシャ。急ごう!」


 ノーティスは二人にそう告げると、真っすぐ前を見ながら走り出した。

 その胸に最悪の予感を抱きながら。

ノーティスは、なぜ最悪な予感を感じたのか……!

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