cys:173 引き裂かれた光
「なんだと……」
教皇クルフォスは、謎めいた顔を苛立ちと共に軽く歪ませた。
メティアから、思いもよらない言葉をぶつけられたからだ。
「メティアよ、気でも違ったか。王宮魔導士とはいえ、戦闘ではなく回復を担うお前からそのような戯言が出るとはな」
そう告げ、ジッと見下ろすクルフォス。
けれど、メティアは瞳を逸らさない。
「気は違ってないよ。それに、戯言でもない。だから……」
真摯な眼差しを向けそこまで告げた時、クルフォスは漆黒の笑みを浮かべながら体を震わせた。
「クククッ……舐められたものだな。よかろう。ならばメティア、貴様から葬ってやる!」
ギラリと瞳を光らしスッと立ち上がると、メティアの前にロウ達が背を向けザッと立ち並んだ。
「そうはさせない! 無明の闇を照らせ! 僕のクリスタルよ!」
ロウは額の魔力クリスタルからエメラルドグリーンの輝きを放つと同時に、魔導の杖を前に突き出し、魔力をその先に集約させてゆく。
「ハァァァァッ! クルフォス! 貴方自身の邪悪な姿を顧みるがいい! 『クリスタル・リフレクター』!!」
その詠唱と共に、クルフォスの周りに幾つものクリスタルミラーが現れた。
前後左右上下のランダムな位置に、一瞬で配置されている。
その中に映る自身の姿。
「なにいっ?! これは!」
クルフォスが周りをササッと見渡しながら驚嘆の声を上げると同時に、ロウがサッと振り向いた。
「今だっ! レイ、ジーク!」
「フフッ♪ さすがロウね」
「やってやらぁ!」
二人共勇ましい笑みを浮かべ、必殺技の体勢に入ってゆく。
クルフォスに隙が出来た今がチャンスだ。
「華美に煌めきなさい! 私のクリスタル! 貫けっ! 『シャイン・グラディウス』!!」
パープルブルーの輝きを纏ったレイは、腕をサッ! と、振り下ろし、そこから光の閃光剣を放った。
その閃光剣がロウのクリスタルミラーにカカカカカンッ!! と、反射しながら、クルフォスに向かっていく。
そのあまりの速さに、流石のクルフォスも驚きを隠せない。
「くっ! 小癪な!」
そう声を上げた瞬間、レイの閃光剣がクルフォスの心臓に凄まじい勢いでビュンッ!! と、飛び向かう。
しかしクルフォスは、片手に込めた漆黒の魔力でバチンッ! と、それを払い除けた。
「お前達、こんなモノで私が倒せるとでも思っているのか!」
そう言い放ったクルフォスだが、その直後、視界が大きな真紅の光で覆われた。
真紅の煌めきで包んだ戦斧ハルバードを、大きく振りかぶり飛び掛かってくるジークによって。
「うらあっ! 喰らいやがれ! 『クリーシス・アックス』!!」
巨大な真紅の戦斧ハルバードが、ジークの剛腕により振り下ろされる。
だがクルフォスは動じず、カッ! と、瞳に力を込め言い放つ。
「甘いっ! それしきの事、読み切っているわ!」
クルフォスはもう片方の手の平の中に、漆黒の魔力エネルギー弾をブワンッ! と、作りジークに向けて放とうとした。
が、その時、体に途轍もない重力がのしかかる。
「ぐっ! こ、これは……」
ギリッと顔をしかめた視線の先に見えたのは、魔導の杖を自分に向け、ニヤリと笑みを浮かべているアンリの姿だった。
「き、貴様っ……」
アンリから放たれている重力波。
もちろん、これはクルフォスにとって完全に動けなくなるレベルではなかったのだが、もはやジークの必殺技を防ぐ為の時間は無い。
「お、おのれっ……!!」
「あんがとよアンリ! うぉぉぉぉっ……! これで、決めるぜっ!!」
真紅のオーラを纏うジークの戦斧ハルバードが、ズドォォォン!! と、轟音と爆煙を立てクルフォスの体に命中した。
「ぐはあっ!!」
その威力で大きく吹き飛ばされたクルフォス。
ぶつかった台座がガタンッ! と、音を立てて倒れる。
また同時に兜型の仮面が外れ、カランカランッ……! と、床に回転しながら舞い落ちた。
「くうっ……バ、バカな……」
苦しそうなクルフォスの声が、爆煙の中から微かに聞こえてくる。
「やったなジーク、流石だよ」
「フフッ♪ やるじゃない」
「ニャニャッ♪ いい一撃だったの」
「凄いやジーク!」
皆は嬉しそうにジークを見つめているが、当のジークはチッと舌打ちをして顔をしかめた。
その顔には、納得していないというのが、ありありと浮かんでいる。
「あんがとよ、お前さん達のお陰だ。けど、まだ倒しちゃいねぇ……」
「えっ? どういう事よジーク」
「手応えがイマイチだった。あの野郎、そーとーなもん着込んでやがるぜ」
「フム、まあ一筋縄ではいかないか。ただ、大きなダメージを与えたのは間違いない」
「だな。ただ、まだ気は抜けねぇさ」
そう零したジークにロウはコクンと頷くと、メティアの事をスッと見つめた。
慧眼な瞳がキラリと光る。
「メティア。まだ倒せてはいないが、これが僕らの強さだ。一人で無理をしようとする必要は無い」
「そうよ。いくら頭にきてもムチャは禁物よ」
「そーだぜメティア。レイでさえ落ち着いてるってのに、さっきのはらしくねーぜ」
ジークがそう言った瞬間、レイがイラッとした顔で身を乗り出してきた。
綺麗なイヤリングを揺らめかせて。
「はぁっ?! ジーク貴方、超失礼なんだけど!」
「あっ、やべっ」
ジークがしまったという顔を浮かべると、アンリがケタケタ笑いながら二人の間に入ってきた。
いつもながら、絶妙なタイミングだ。
「ニャーニャー♪ 落ち着くのだ、二人とも」
そして、二人をポンポンしてなだめると、メティアの方にスッと振り向いた。
「メティア、お主が誇張やハッタリを言う奴でないのは分かっておる」
「アンリ……」
「だが同時に、自分を犠牲にする奴である事もニャ」
「……!」
ハッ! と、目を見開いたメティアを、アンリは力強い眼差しで見つめ微笑んでいる。
アンリには、今言った通り分かっていたからだ。
さっきメティアが、自分の身を犠牲にしてでも皆を守ろうとした事を。
「まったく……お主もルミもノーティスも、すーぐに自分を犠牲にしようとするの。その行為は尊いが……」
アンリはそこまで話した時、ハッ! と、目を見開きメティアに飛びつき、抱きかかえながら倒れ込んだ。
霧散してゆく爆煙の中から、クルフォスの漆黒のエネルギー波がメティアに向かい、バリバリバリッ!! と、襲いかかってきたからだ。
その漆黒のエネルギー波がアンリの背中をドガンッ! と、撃ち魔導服を引き裂く。
「うあっ!」
「アンリっ!!」
悲壮な顔で叫びを上げたメティアの瞳に、焼け焦げたアンリの背中が飛び込んできた。
その背中からは、プスプスプス……と、煙が立ち上がっている。
「ううっ……メティア、危なかったの」
「アンリ! 今治すからっ! 『ヒールLV:4』!!」
メティアが翳した両手から、パァァァッと鮮やかな黄色い光が放たれた。
この魔法は大怪我も瞬時に治す、最上級の回復魔法。
しかし、アンリの傷は塞がらない。
「何でっ?!」
焦りに目を丸くするメティア。
こんな事は、今まで体験した事がないし、魔法は間違いなく発動しているからだ。
そんな中、完全に霧散した爆煙と共に姿を現したクルフォスは、ニヤリと笑みを浮かべメティアを嘲笑う。
「クククッ……無駄だ。闇の力につけられた傷は、通常の魔法では決して治せぬ。それが、いかな上級魔法でもな」
「そ、そんな! くっそ……!!」
メティアが悔しさにギリッと歯を食いしばる中、アンリは背中に激痛が走るにも関わらず、汗をかきながらニコッと微笑んだ。
「メ、メティア、気にするでない。お主が無事なら……何よりだニャ♪」
「アンリ! アンリ! すぐに、すぐに治すから!」
メティアは、泣きそうな顔で必死に魔力を込める。
しかしクルフォスは、そんなメティアを嘲笑うかのようにニヤリと嗤うと、再び漆黒のエネルギーをバチバチバチッ! と、滾らせてゆく。
そして、纏っている法衣を片手でバサッと脱ぎ捨てた。
その姿が皆の瞳に驚愕と共に映る。
「なっ?!」
「く、黒いクリスタルの……!」
ロウとレイが驚いたのも無理はない。
クルフォスの体は、ダーククリスタルで出来た鎧で覆われていたからだ。
「貴様らが幾ら力を滾らそうが、意味は無い。この漆黒の鎧『ダーク・シュラウド』の前ではな!」
漆黒の魔の鎧がクルフォスの絶大な魔力を反映し、漆黒の煌めきを放っている。
「チッ、あれのせいかよ」
苛立ちに顔をしかめたジーク。
直感的にアレがどれだけ厄介かを、ヒシヒシと感じているからだ。
「フッ、この鎧ダーク・シュラウドがある限り、余に傷をつける事は叶わん。そして、余の攻撃は通常の魔法では治せぬ」
クルフォスの告げてきた言葉に、かつて無い危機を感じるロウ達。
額から、冷や汗がツーっと零れ落ちてしまう。
けれどそんな中、メティアは涙を滲ませながら、ひたすらアンリを回復させようと必死だ。
「アンリ! しっかりしてアンリ!」
そんなメティアを嘲笑うクルフォス。
「無駄だメティア。いくら足掻こうが、その傷は癒えることは無い」
「くっそ……!」
「愚かな事を。クククッ……ハハハッ……ハーッハッハッハッ!!」
クルフォスは高笑いを上げると片手をサッと天に掲げ、その手の平の中に大きなダークエネルギーを集約させてゆく。
「連携も回復も出来ぬお前達に、もはや勝ち目はない。この技と共に闇に消えるがいい!」
クルフォスが作り出した大きな漆黒のエネルギー弾が、バチバチバチッ! と、音を立てると同時にメティア達に向かって放たれる。
「これで終わりだ、哀しき光よ。闇に……砕け散れっ! 『ダークネス・メテオ』!!」
その咆哮と共に漆黒の隕石のようなエネルギーが、メティアとアンリを直撃した。
闇の力に襲われた二人は……