cys:170 神器の触媒『クナーティア』
「ノーティス様に、手出しはさせませんっ!」
ノーティスとアネーシャの後ろから、突然閃光のように突き抜けてきたその声を聞いた時、二人は思わずサッと振り向いてしまった。
目の前のクリザリッドと、激闘を繰り広げている最中であるにも関わらず。
幻聴かと思いながらも、その声に振り向かずにはいられなかったのだ。
そんな二人の瞳にハッキリと映る。
ノーティスを誰よりも愛し、アネーシャにその愛を託していったあのルミが、両手を前に翳し光のエネルギーを放っている姿が!
「ル、ル……」
「あ、貴女……」
二人とも、あまりの光景に言葉が出てこない。
無論、ぶつかり合うエネルギーの先にその姿を見たクリザリッドは、途轍もない驚愕に襲われ目をカッ! と、大きく見開いた。
「な、な、なんだとっ?!」
それにより力が僅かに緩んだ隙に、ルミは二人に激を飛ばす。
全力で光のエネルギーを放ちながら。
「ハァァァァッ! ノーティス様、アネーシャさん、今です! この機を逃してはいけませんっ!!」
その激を受けたアネーシャは、一体なぜ? 生き返った? という疑問が頭に浮かんだが、ノーティスはそんな事は浮かばなかった。
ルミが、愛しいルミが生きていてくれた事だけで充分だったから!
なので再び前にサッと振り向き、瞳に光を宿した。
「オォォォォッ!! 今こそ究極にまで高まり、奇跡を起こせ!! 俺のクリスタルよ!!!」
ノーティスの輝きがゴールドから、それを超えたさらに神々しいプラチナの色に変わってゆく。
それを見たクリザリッドは、驚愕と悔しさに目を見開いたまま顔をギリッと歪ませた。
「お、おのれ……! 貴様、遂に……!!」
そう零し力を込めるが、ぶつかり合うエネルギーはクリザリッドの方へグググッ……! と、押し返されていく。
「こ、こんな事が……」
体をブルブル震わせながら耐えるクリザリッドだが、そんな中、アネーシャもさらに力を滾らしていった。
「ハァァァァァッ!! 限界を超えて舞い散れ!! 桜花の光!!!」
アネーシャの体の周りに浮き出て回っている古代文字の呪符も、白桜の光を放ち強く輝いてゆく。
まるで、ノーティスのプラチナの輝きに呼応するかのように。
「絶対に負けない……ここで貴方を倒す!」
「一瞬でいい……クリザリッドの超えて、輝いてくれ! 俺のクリスタルよ!!」
それにより、遂にノーティスとアネーシャの力がクリザリッドを凌駕し、凄まじいエネルギーがクリザリッドに向かい襲いかかる。
「う、う……うわぁぁぁぁっ!!!」
その悲鳴と共にエネルギーを全身にドガァァァン!! と、受けたクリザリッドは上空に大きく吹き飛ばされ、背中から天井にめり込むようにドンッ! と、ぶつかった。
「ぐはあっ!!」
天井の破片がパラパラと床に落ちる。
それと共にクリザリッドはドシャッ! と、正面から床に落ちると額からツーっと血を流し、ノーティスとアネーシャを見上げる。
「ぐっ……そ、その姿はまさに『祓う者』と『封ずる者』……!」
クリザリッドはそう零しながらググッと体を起こすと、ノーティスの奥に立つルミを見据えた。
漆黒の長い髪がはらりと零れ、鎧にかかる。
「そ、そして、あの蘇った女はまさに……」
ノーティスとアネーシャから喰らったダメージで軽く朦朧とする中見据える視線が、ルミの凛とした眼差しとぶつかった。
それによりクリザリッドが感じる疑惑が、直観的に確信に変わる。
───間違いない。あの女こそ、五大悪魔王達にとって最も厄介な存在。奴ら三神器の鍵である『クナーティア』! まさか、このような形で……!
そこまで悟ったクリザリッドを、ノーティスとアネーシャは息を切らしながら見据えている。
クリザリッドの技を何とか凌ぎ跳ね返したものの、その為の体力の消耗はやはり大きかったから。
けれど、覚醒の光は消えていない。
ノーティスは片手で口を拭うと、クリザリッドをギラッと睨みつけた。
「ハァッ……ハァッ……クリザリッド。お前が思ってる通り、この光は『祓う者』の力。そして、アネーシャの力が『封ずる者』の力だ」
「貴様っ! それをどうやって知ったん……」
クリザリッドはそこまで話した時、ハッと息を飲んだ。
直感的に悟ったのだ。
「まさか、入れたのか! 古の祠ティコ・バローズに!」
「あぁ……そうさ。あの場所は、女神の記憶を知った俺じゃないと入れないようになっていたんだ」
「なんだとっ……!」
思わず身を乗り出したクリザリッドに、ノーティスはその時の事を心に浮かべてハッキリと答える。
「女神レティシアが、敢えてそうしてたのさ。女神の記憶を知った光の勇者にこそ、未来を託せると信じて!」
「だとしたら……貴様は全てを知ったのだな!」
「もちろんさ。この神器の力が、なぜあるのかも」
「そうか……」
そう零しノーティスと数瞬見据合うと、クリザリッドは闇の中にズズッと溶け込み始めた。
それを見て叫ぶノーティスとアネーシャ。
「待てクリザリッド!」
「待ちなさいっ!」
だが、クリザリッドは深淵を映すような眼差しで二人を見据え闇に溶け込んでいく。
その瞳を妖しく光らせながら。
「このままでは終わらせん。次会う時が貴様らの最後だ。絶望と共にな……」
クリザリッドがそのまま虚空に消えると、ノーティスとアネーシャはルミの方にハッと振り返った。
今までクリザリッドとの激戦でそっちを意識せざるをえなかったが、二人とも本来早くルミと話したかったから。
特にノーティスは、その想いに溢れている。
「ルミ……」
震えるような声を零しルミを真っすぐ見つめたまま、ゆっくり近づいてゆくノーティス。
その姿は、これがもし幻なら、それを壊さないよう大切にしているように見える。
そんなノーティスは側まで行くと、ルミを一瞬ジッと見つめ再びそっと呼ぶ。
「ルミ……」
「ノーティス……様!」
ルミがウルッと涙を潤ませた瞬間、ノーティスはルミに思いっきりガバッと抱きつき、ギュッと力強く抱きしめた。
そして、強く閉じた瞳から涙を滲ませ想いを爆発させていく。
「ルミ! ルミ! ルミーーーーーーーーーーーーーっ!!!」
その歓喜の声が広間に響くと同時に、ルミの瞳からもブワッと涙が溢れ出した。
「わぁーーーーーーーーーーーーん、ノーティス様ーーーーーーーーーーっ!!!」
大声で叫び泣きじゃくるルミ。
我慢し張り詰めていた緊張の糸が切れ、堰を切ったように泣き、ノーティスにしがみついている。
「ずっとずっと会いたかったですーーーーーーーーーーーーーー!!!」
そんなルミを抱きしめたまま、ノーティスもブワッと、涙を流した。
互いに、溢れる想いが止まらない。
「俺もだよ、ルミ!」
「ううっ……ノーティス様、ごめんなさい。私のせいで……!」
涙を溢れさせ謝るルミを、ノーティスは優しく包み込むオーラと共に抱きしめたたま、囁くように言葉を届ける。
「何言ってんだよルミ。会えて……生きててくれて、ありがとう」
「ノーティス様ーーーーーー!」
互いの存在を確かめ合うように抱き合う、ノーティスとルミ。
広間は激闘によりボロボロだが、二人の空間はそれを隔絶する様な愛のオーラで包まれている。
アネーシャはその光景を、嬉しさと切なさの交叉する眼差しで、ただ静かに見つめていた……
激闘は無事に終えたが、アネーシャは……