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cys:166 ルミの贖罪

「ノーティス様っ!」


 広間に響き渡ったその声の方を見上げたノーティスは、まるで時が止まったかのように動きを止めた。

 大きく見開いたその瞳に、ハッキリと映っているからだ。

 ノーティスの事を誰よりも深く愛し、ずっと側で最高の笑顔と共に支えてくれてきたと同時に、ノーティスの最愛の(ひと)である、あのルミの姿が。


「ル……ルミっ!!!」


 思わず剣の構えを解き、真摯な瞳と共に上に身を乗り出すようにしながら叫ぶと、ルミはノーティスを真っすぐ見つめたまま階段からゆっくりと下りてきた。

 コツン、コツンと足音を立てながら。


 その姿をノーティスはもちろん、他の皆も驚愕しながら見つめて目を丸くしている。

 また、そんな中アネーシャは謎めいた顔でルミを見つめた。


───誰なの?


 だが、心でそう呟くと同時に、ノーティスの横顔を見て直感的に悟った。

 ルミがノーティスの大切な人である事を。


「貴女は……」


 見つめながらそう零したアネーシャ。

 だが、ルミはそんなアネーシャの事はもちろんの事、他の誰も見る事なくノーティスだけを見つめ、ゆっくりと近づいてゆく。

 そして、固まったままのノーティスの所へ行くと強い意志を宿した瞳で見上げ、そのまま数瞬見つめた。


「ノーティス様……」


 それを見たロウ達は思う。

 きっと、今から涙を流してノーティスに抱きつくのだろうと。

 ノーティスに誰よりも会いたかったのはルミである事を皆分かっているし、何よりルミの瞳は涙で滲んでいるから。


 けれど、ルミはそんな予想とは真逆の言葉を言い放つ。


「一体、何をなさっているのですか!!」

「ル、ルミっ……」


 ノーティスは、うっ! とした顔で軽く上半身を逸らしながらルミを見下ろした。

 可愛らしいルミから伝わってくる、それとは似つかわしくない強い気迫に押されてしまったから。


 ルミは、そんなノーティスに向かいさらに身を乗り出した。


「ロウ様達に剣を向けて、何をなさってるのかと尋いているのです」

「そ、それはだな……」


 ノーティスは思いっ切り戸惑ってしまった。

 ルミに久々に会えたのはもちろんの事、一体何をどこから話せばいいのか整理がつかない。

 また話した所で、ルミが納得しないであろう事も充分に伝わってきたのだ。


 けれど、一旦気を落ち着かせ襟を正した。


「ルミ、俺だってこんな事したくはない。けど、こうしてでも先に進まなきゃいけないんだ」

「何でですか?」

「この国が……スマート・ミレニアムが間違っていたからさ!」

「ノーティス様……」


 ルミはノーティスの事をジッと見つめると、大きく口を開く。


「ぜんっぜん分かりません!」

「ルミ!」

「もちろんノーティス様が仰るのですから、別に嘘をついてるとは思いません。けど、いきなりそんな事言われて、ハイそうですかとはならないです」

「まぁ、そりゃそうだけど……」


 口ごもるノーティスを見て、皆、軽く呆気に取られている。

 ルミが登場した事で、さっきまでのシリアスな雰囲気が全くなくなっているからだ。


 そんな中、一足遅れて入ってきたのはエミリオだ。


「姉様っ!」

「エミリオ! 貴方、どうしてここに?!」

「ハァッ……ハァッ……ルミと一緒に、姉様守りに来たんだよ!」


 エミリオは息を切らしながら大声でレイにそう答えると、同時に感じた。

 目の前のシリアスな場面が、急速に雰囲気が変わってゆくのを。


「あれ? なんかデジャヴが……」


 エミリオがそう感じたのも無理はない。

 かつてノーティスがレイと初めて激戦を繰り広げた後、ルミに手を引かれて試験場からズルズルと出て行ったのを目の当たりにしていたから。


 そんな中、ノーティスはルミに今までの事を話し、ルミはまばたきも忘れたように見つめながらそれを聞いている。


 そして全てを聞き終えると、しばし無言のままノーティスを見つめ、ゆっくりと口を開く。


「分かりました」


 そう静かに答えると同時に、ルミはロウ達の方へスッと振り返ると、涙を滲ました瞳で強い意志と共に皆を見据えた。

 それにより、ロウ達とルミの間に緊張した空気が流れる中、ルミは矢継ぎ早に問いかけてゆく。


「ロウ様、ノーティス様を信じられませんか?」

「えっ?」

「アンリ様、確証って必要なんですか?」

「う、う〜む……」

「レイ様、信じる事と疑う事。どちらが美しいですか?」

「うっ、そ、それは……」

「ジーク様、ノーティス様の親友ですよね?」

「そりゃあ、まあよ……」

「メティアさん、奇跡の再会程は信じられませんか? ノーティス様の事を」

「ううっ……ボクは……」


 皆が苦しそうな声を漏らす中、ルミはアネーシャの方にスッと振り向くと、そのまま近付き瞳を合わせ、次の瞬間バッと頭を下げた。


「あ、貴女突然なにを……」


 アネーシャがそれに驚き目を丸くすると、ルミはそのまま心から声を絞り出す。

 小さな体を震わせながら。


「ごめんなさい……!!!」


 ルミのその姿に声も出ずに立ち尽くすアネーシャに、ルミは頭を下げたまま謝罪をしていく。


「私はノーティス様の執事、アステリア・ルミといいます」

「ル、ルミ?」

「はい。アネーシャさん、ノーティス様からのお話で全て分かりました。私達が貴女達に何をしてきてしまったのか。そして……貴女の大切な恋人を奪ってしまった事を……」


 ルミはそこまで告げるとゆっくり顔を上げ、ロウ達の方へ向くと皆を見つめた。

 そんなルミからは、まるで贖罪に身を捧げる聖女のようなオーラが溢れている。


「皆様、ノーティス様をお赦し下さい。そして、出来るならば信じてあげて下さい」


 そう言って頭をサッと下げると、アネーシャに再び振り返り涙の滲んだ瞳に決意の光を宿した。


「アネーシャさん、ノーティス様を宜しくお願いします」

「えっ? 貴女一体……」


 アネーシャがそう零し謎めいた顔を浮かべるのを横に、ルミはノーティスを見つめ、瞳から大粒の涙を浮かべながら声を震わす。


「ノーティス様、色々キツい事言ってしまって……申し訳ございません。ただ、そうでもしないと、嬉しくて……抱きつきそうで……」


 涙目で微笑むルミの顔を見た時、ノーティスの背筋にゾクッとした悪寒が走った。

 考えうる限り最悪な予感によって。


「ルミ、何を……」


 ノーティスがそう零したと同時に、ルミは懐から短剣をサッと取り出し鞘から抜き、逆手で自分の胸に突きつけた。

 そして、涙を浮かべたままニコッと微笑む。


「愛しています。ノーティス様」

「ルミっ!!!」


 ノーティスが悲壮な顔で片手を伸ばし叫んだ瞬間、ルミは短剣を自らの胸にグサッ!! っと突き刺した!

 そして、そのまま背中からフラッと倒れてゆく。

 胸を真紅に染めた姿で。


 そのルミの体をガシッと支えたノーティスは、急速に顔が青ざめていくルミを必死の形相で見つめ叫ぶ。


「ルミ! ルミ! ルミ! ルミ! ルミーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」


 ただ必死にルミを呼びつけるノーティス。

 そこには勇者としてのプライドも何もなく、ただただ愛しい人を失いたくない想いを爆発させている。


「いやだ! いやだ! いやだ! 死ぬなルミ!!!」


 髪を振り乱し狂ったように叫ぶノーティスの頬に、ルミは涙を下に零しながら、そっと片手を添えた。

 口元にも血を滲ませて。


「ノーティス様……皆様と、争わないで……」

「ルミっ!!」

「でも……ノーティス様の……信じる道を、進んで……ください」

「分かった! 分かったから!!」

「お優しい、ノーティス様……一緒にいれて……嬉しかったです。ありがとう……ございました」


 ルミはそう言って僅かに微笑むとスッと瞳を閉じ、ノーティスの腕の中でガクッと頭を横に倒した。


「ルミーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!」


 皆が悲しみと驚愕に動けぬ中、ノーティスの叫びが絶望と共に広間に響き渡った……

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