cys:165 国家反逆勇者の決意
「待ってくれアネーシャ……!」
ノーティスはアネーシャの肩を後ろから片手でガシッと掴んだ。
「ノーティス?」
剣を両手で構えたままサッと後ろに振り向いたアネーシャ。
その姿に、ロウ達も攻撃しかけた手をピタッと止めノーティスを見つめた。
皆の視線が集中する中、ノーティスは哀しくアネーシャを見つめながら口を開く。
「アネーシャ、すまなかった」
「えっ?」
「俺が優柔不断だったせいで、キミにまた辛い想いをさせる所だった」
ノーティスはそう告げるなり、アネーシャの肩を掴んだままザッと前に立ちアネーシャを背に置いた。
そして、ロウ達を凛とした眼差しで見据えたままアネーシャに語りかける。
「俺は、キミを守ると誓ったんだ。シドの分まで……!」
「ノーティス、貴方なんでそれを……! まさか、エレミアに?」
「あぁ……そうさ」
ノーティスは一瞬瞳を閉じ言葉を続ける。
「キミはさっき、これは本来自分の戦いだと言ったけど、それは俺のせいなんだ。知らなかったとはいえ、キミ達の国を悪だと決めつけ戦い、キミの大切な人まで奪ってしまった俺の……!」
その背中から悲壮な想いを立ち昇らせ、剣の柄をギュッと握りしめたノーティス。
脳裏に蘇ったのだ。
かつてシドと戦い最後の剣を交えた時、シドが血まみれの手で桜のネックレスを見つめていた姿が。
───シド、あの時キミが見つめていたのは、アネーシャとの愛だったんだよな……!
ノーティスは心でシドにそう告げると、アネーシャの方へ身体を振り返らせた。
悲壮な想いと共に。
「俺はあの時、戦いの中でシドの強さと気高さを感じ、本当は倒したくなかったんだ。本当は友として肩を並べたかった」
ノーティスの哀しき想いが、アネーシャの胸を切なく締め付ける。
「けど俺は、倒さなきゃいけなかった。この国の勇者として。でもそのせいで俺は、キミの……」
「ノーティス……!」
「なのにキミは、記憶を失くした俺の事を温かく包んでくれた。本当は誰よりも憎いハズなのに!」
罪の意識にギュッと目を閉じ、悲しみに歪ませた顔をうつむけたノーティス。
その姿にロウ達も哀しみの気持ちを隠せない。
ノーティスのどうしようもなくやり切れない思いが、胸にググっと押し寄せてくるから。
「そう、だったのか……」
「なによ……なんなのよ……」
「チッ、くそったれが……」
「ううっ……だからあの時キミは……」
ロウ達が哀しく零す中、アンリが凛とした眼差しでノーティスに問いかける。
「それが、お主が退けぬ理由なのじゃな」
「そうだよアンリ。俺は贖罪をしなきゃいけないんだ。この国の勇者として!」
「そうか……」
アンリがそう呟いた時、アネーシャが片手でノーティスの肩を掴み、背中から訴えるような眼差しを向けた。
「ノーティス、無茶よ! 気持は嬉しいけど、大切な仲間達と戦ったら、貴方はきっと後悔するわ」
「後悔か……」
ノーティスは瞳をスッと閉じ、心の中を振り返ってゆく。
思えばあの日、無色の魔力クリスタルと判明してからアルカナートに拾われた日の事が、まるで最近の出来事のようにも感じる。
───俺はあそこから皆のお陰で勇者になり、今まで戦ってきた。もちろん、皆と一緒に五大悪魔王と戦えたらそれが一番いい。でも、その可能性は限りなくゼロだ……
ノーティスは、そこからさらに気持ちを確かめてゆく。
───俺は、本当に皆を倒してでも進まなきゃいけないのか……だとしたら……
気持ちを確認したノーティスは瞳を開き、アネーシャの方へサッと振り返った。
ノーティスの前髪がサラッと靡く。
「アネーシャ、後悔しないと言えば嘘になる。みんなが俺を信じてくれなくても、俺の大切な仲間だから……」
「そうよね、ノーティス……」
哀しさで顔をうつむけたアネーシャ。
分かっていたから。
例えどんなに決意をしても、優しいノーティスなら、仲間を前にしたらきっとこうなる事を。
そんなアネーシャに、ノーティスも軽くうつむいて哀しく続ける。
「だから俺、みんなに剣を振るう事になれば涙も流すし、それこそ心から血を流す自信しかない……」
「分かってるわノーティス。だからもう……」
アネーシャが、皆の下へ戻ろうとするノーティスを赦し切なく微笑んだ時だった。
ノーティスはサッと顔を上げ、アネーシャの両肩をガシッと掴みんで見つめた。
どこまでも澄んだ瞳で。
「けどアネーシャ、それでも俺は、それを越えてキミと進む。五大悪魔王を倒し取り戻そう! ユグドラシルと……この星の平和な未来を!!」
「ノーティス……!」
心からブワッと湧き上がる熱い想いで、ノーティスを見つめるアネーシャの視界が歪む。
そして、アネーシャはその瞳でノーティスを見つめたまま、心からの誓いを告げる。
「覚えておいて。貴方が流す涙も心から流す血も、私が全て受け止めるから」
「アネーシャ……!」
二人は誓いを宿した凛とした瞳で見つめ合うと、ロウ達の方にバッと振り向いた。
そして、アネーシャは左足をサッと前に出し、身体を軽く捻った状態で颯爽と剣を突き立てるように構え、ノーティスは右足を前に出し、剣先を手前やや左に向け剣をザッと下に構えた。
「桜のように狂い咲け! 私の命と共に!」
「俺は、キミと共にここを押し通る! 俺は……国家反逆勇者だ!!」
その咆哮と共に、二人のオーラが燃え盛ってゆく。
ロウ達全員にも負けぬ程、強く美しい輝きと共に。
しかしその時、広間に大きな声が響き渡る。
ノーティスの心を閃光のように射抜く声が。
「ノーティス様っ!」
まさか、この場面で……!