cys:163 勇者への不信
「キミは……」
「お主……」
さすがのロウもアンリも、次の言葉が見つからず固まってしまった。
ノーティスから告げられた、あまりにもとんでもない話に。
無論、他の皆も同じだ。
信じられないという顔で、ノーティスを見つめている。
「嘘でしょ………」
「そんな……」
「あ、ありえねぇ……」
そんな彼らを、逆に冷静に皆を見つめているノーティスとアネーシャ。
もちろん、冷静とは言っても、これから起こる展開の予測に哀しさを漂わせている。
二人の目の前に、まるで暗雲が立ち込めてるように感じてしまうから。
そんな中、ロウは軽く頭をフルフルと横に振り、ノーティスを見据えた。
「ノーティス。キミは、一体何を言ってるか分かってるのか」
「あぁ、分かってるよロウ。俺も最初は信じられなかったさ。けど、これが真実の歴史なんだ」
ノーティスが真摯な瞳で見据えたままそう答えると、ロウはズイッと前に出て、魔導の杖をノーティスにサッと向けた。
ロウのサラッとした髪が軽く揺れる。
「五英傑はこの国を悪魔アーロスの呪いから救う為に、この魔力クリスタルを創ったのは知っているな」
「もちろんだよ……ロウ」
「ならば、もし彼らが英雄ではなく悪魔であれば、この魔力クリスタルは一体何の為にある。答えろ!」
ロウから鋭い言葉と眼差しを受けたノーティスは、一瞬瞳を閉じて脳裏に巡らす。
女神の記憶が教えてくれた、ソフィア達が命を賭けし悲恋の戦いを。
───ソフィア、ロキ、カイン、そしてアーロス。キミ達の想いは、俺が受け継いだから。
そして、スッと瞳を開きロウを見据えた。
「それは……俺達を支配し、魔力を利用する為さ」
「なんだと?!」
「奴らは魔力クリスタルを通じて俺達を支配し、ユグドラシルからの魔力を利用して、自分達の野望を成し遂げようとしているんだ」
「なんだと?! 何を、言っている」
ロウの瞳が、かつてない程鋭く怒りの光を宿す。
もちろん、ロウは教皇の闇には気づいていたし、ノーティスに課せられた宿命がある事も見抜いていた。
しかし、ノーティスが今言い放った事は、許容出来る範囲をあまりにも逸脱しているのだ。
「ノーティス……そのような話、私が信じるとでも思っているのか」
「分かってるよ……けど知ってしまった以上、俺はこれに目を瞑る事は出来ない」
「ノーティス、だとしたらキミはそれこそ分かっているんだな。今からどうなるのかを……」
「ロウ……」
ノーティスは、拳をギュッと握りしめ瞳を閉じた。
覚悟はしていたつもりだが、やはり戦いたくなどないから。
今まで生死を共にくぐり抜けてきたロウ達と。
なので、それを全力で避ける為に声を振り絞る。
「そもそも悪魔の呪いなんて……初めから存在していないんだ!」
「なっ……」
「全ては百年前、精霊と神聖樹ユグドラシルと共に暮らしていた人々を駆逐し、ユグドラシルを乗っ取る為に五大悪魔王達が情報操作を行ったんだ」
「情報操作だと?」
「そうさ。かつてこの地には……」
ノーティスはそこから皆に話し始めた。
ソフィア達が何を想い、どう戦ったのかを。
無論、アーロスとの事も含めてだ。
ロウ達はその話に聞き入っている。
ノーティスが基本嘘をつけない人間なのを知っているし、何より話から伝えたい想いがヒシヒシと伝わってくるから。
そんなロウ達に、さらに熱を込め話すノーティス。
「……そう、これが真実の歴史。ありもしない悪魔の呪いからの感染をでっち上げ、国中の人達を騙して魔力クリスタルを埋め込ませたんだ!」
強くそう言い放ったノーティスを、皆黙ったまま見つめている。
あまりの事に言葉が出て来ないのだ。
ノーティスはそんな皆を見つめ、凛々しく微笑む。
「ロウ、アンリ、レイ、ジーク、メティア。俺と一緒に戦おう。教皇を倒し、この城の『天空の間』に潜む五大悪魔王達を倒すんだ!」
そんなノーティスの事を、アネーシャは側で切ない想いと共に見つめた。
───ノーティス、貴方の気持ちは嬉しい。けど……
アネーシャの心配する気持を表すかのように、ロウ達はノーティスを哀しく見据えている。
それは、真実の歴史を受け入れた物ではなく、ノーティスを憐れむ表情だ。
その眼差しを受けたノーティスは、顔を哀しく曇らせた。
みんながどう思っているかを、一瞬で悟ってしまったから。
「くっ……みんな、分かってくれないのか……!」
悔しさを滾らすノーティスに、ロウが鋭い眼差しをぶつけてきた。
「ノーティス……そんな荒唐無稽な話、分かるハズがないだろう!」
「ロウ!」
「残念だよ。記憶を一時失くしたとはいえ、キミがアネーシャに騙されて、反逆者になってしまうとはな!」
互いを哀しく見つめ合うロウとノーティス。
二人は今、真っ向から対立しているが、皮肉にも脳裏には同じ光景が浮かんでいる。
ギルド検定試験で出会ったあの日から、今まで共に戦ってきた思い出が走馬灯のように。
そんな中、レイがロウの隣にカツンッ! と、強くハイヒールの音を響かせながら歩み出た。
瞳には怒りと嫉妬の炎が燃えがっている。
「貴方ね、ロウの言う通りよ! そんな女に騙されるなんて恥を知りなさい!」
「レイ、違うんだ! 俺は騙されてなんていない。俺はみんなを救う為に……」
「黙って!」
レイはノーティスの言葉を断ち切ると、さらに強く見つめる。
まるで、悪を射貫くような眼差しで。
「私は許せないの。私より、その女のいう事を信じる貴方が……!」
「レイ、そういう事じゃない」
「じゃあ、どういう事なのよ!」
怒声をぶつけるレイの隣で、メティアがノーティスを見つめてきた。
「ノーティス……」
レイとはタイプの違うクリっとした可愛い瞳にウルッと涙を浮かべているが、想いは同じだ。
メティアもまた、ノーティスを愛する一人の女の子。
荒唐無稽とも思える話についてもそうだが、それをアネーシャから信じ込まされてると思い、それがとても哀しいのだ。
「ボクだって、ノーティスの事大好きだから信じたいよ。でも、そんな話あまりにも……!」
「メティア……!」
「それに分かってるの?! ノーティスがその女を信じて進むなら、ボク達と……ボク達と戦わなきゃいけないんだよ!」
メティアはその叫びと共に、涙を迸せながら大きく身を乗り出した。
その叫びと姿が、ノーティスの心にグサリと突き刺さる。
ノーティスにとってメティアは、かけがえのない大切な人の一人だから。
幼い頃に人の温かさを教えてもらった事と、それから時を経て再会した事。
そして、それから一緒に戦ってきた日々は決して色あせない宝だ。
そんなメティアからも信じてもらえない辛さが、ノーティスの心を抉る。
「メティア、キミも分かってくれないのか……!」
「だって、ノーティス……」
メティアが哀しくうつむくと、その隣でジークがイラっとしながらノーティスを睨んだ。
「お前さんよ、メティアの言う通りだぜ。覚悟は出来てんのかい?」
「ジーク、覚悟なら出来ている。けど……本当は戦いたくないさ」
「ケッ、そいつは虫が良すぎるってもんさ」
「なら、どうしても……やるのか?」
哀しい思いと共に見据えるノーティス。
その眼差しを見返すジークも、瞳に宿っているのは哀しみだ。
いつもの好戦的な物ではない。
「俺だってお前さんと後味悪い戦いなんざしたくねーけど、このまま通すって訳にはいかねぇからよ……!」
ジークはそう言って顔をしかめ、戦斧ハルバードをジャキッと構えた。
が、そんな中、アンリはジーク達の前にサッと躍り出ると、皆に体を振り向けニヤッと笑みを浮かべた。
「みんな、そうカッカしちゃいかんニャ」
アンリは何を告げるのか……