cys:16 拳の重さ
「ふざけんなっ!!」
ガルムは怒りに顔を大きく歪め、剛腕を振り下ろしアンリに殴りかかった。
が、その拳はアンリには届かない。
ノーティスが片手でガシッ! と、受け止めたからだ。
「なっ、キサマっ……!」
歯をギリッと食いしばりながら力を込めているガルムに、ノーティスはまるで力を込めていないかのように、平然とした顔のままガルムを見据えている。
「いい加減にしろガルム。恥ずかしくないのか」
「なんだと……!」
「B+か何か知らないが、勝手に女の子を連れ去ろうとしたり、逆恨みで女性に拳を向ける。アンタは本当に冒険者なのか?」
「くっ……」
「第一、ランクが上の者には従うのが当然なんだろ?」
「黙れ、このガキが……!」
ガルムが睨みつける中、ノーティスは余裕の表情でガルムの拳を押さえ見据えたままだ。
そして、アンリの事をチラッと見た。
「これって、正当防衛成り立ちますか?」
「もちろんニャ♪ ただ、過剰防衛はダメだぞーーー」
アンリが言葉とは裏腹に、やっちゃえ♪ と、いった感じの顔をして答えると、ノーティスは再びガルムを精悍な瞳で見据える。
「ガルム、お前は二度拳を振るった。アンリに逆恨みの拳を。そして何より、俺の大切なルミを連れ去ろうとして……ルミの心に拳を振るった!」
───ノーティス様……!
ルミが両手で口を覆い、涙を浮べた瞳でノーティスを見つめる中、ガルムは腕にググッと力を込めたまま、よりイラッと顔をしかめた。
「へっ……それがどうしたよ。くそガキがぁ!」
「……その分、キッチリ返させてもらうって事さ!」
ノーティスはガルムにそう言い放ち、もう片方の拳にググっと力を込めていく。
それを見たガルムはギリッと顔をしかめ、力を込めた腕をギシギシと震わせながらもニヤリと笑った。
「なんだ、やんのかよ。でもな……オマエのその体格とその位置からじゃ、俺の身体にしか届かないぜ。この鋼鉄製の鎧にしかな!」
だが、ノーティスの表情は変わらない。
クールにガルムを見据えたままだ。
「……今まで、その程度の鎧で防げる相手としか、戦ってこなかったのか」
「なんだと?」
「ガルム。もし俺の師匠が相手なら、アンタは裸同然だ!」
「なにぃっ?!」
ガルムが驚愕し目を見開いた瞬間、ノーティスはさらに拳に力を込めてゆく。
「ハァァァァッ!」
そして咆哮を上げると、ガルムの鋼鉄製の鎧に向けて拳を繰り出した。
「コレがアンリに対しての分」
ドガンッ!
「そしてこれが……ルミに対しての分だ!」
ドガアンッ!!
ノーティスの拳を喰らったガルムは、
「うっ……ぐはぁっ!!」
と、吹っ飛び、白目を向いてそのままズドンと後ろに倒れた。
それを見た周りの人達は、皆大きく目を見開いてノーティスを驚きの眼差しで見つめている。
ガルムの鋼鉄製の鎧が、拳で二つグシャっと凹んでいるからだ。
それを見たアンリはノーティスにスッと近寄ると、好奇心と好意に満ちた瞳で真っ直ぐに見つめた。
「いいパンチだにゃ♪」
「いえ、ちょっと凹ませただけですし」
そう零し軽く瞳を伏せたノーティス。
実際手加減はしたものの、やってしまったという気持ちもあったから。
「あれま♪ それだけの力を持ってるのに謙遜するかーーーキミ、名前はー?」
斜め下から顔を覗き込んでアンリに、ノーティスはチラッと顔を振り向けた。
「俺は、エデン・ノーティスです」
「ノーティスか。覚えておくにゃ♪」
アンリはそう言うなり、ノーティスの頬にチュッと軽くキスをした。
「なっ!? ア、アンリ」
慌てながら顔を赤くしたノーティスに、アンリは飄々とした感じで微笑む。
「今の、いーーー戦いへのお礼ニャ♪」
そう言われたノーティスは、その場で顔を少し赤くしてアンリを見ているが、隣で見てたルミはそうはいかない。
「ア、ア、アンリ樣! なんて事を!」
慌てふためきながらアンリに訴えるが、アンリは余裕の笑みを浮かべている。
まるで、さも今のが当然かのように。
「んんっ? アレぐらいもダメだと申すか?」
「だ、だ、ダメという訳じゃないんですけど……」
「ふーん、私の方がキミに負けてるんだけどニャーーー」
「えっ? ど、どーゆー事ですか?」
するとアンリはルミに向かい、仰向けに倒れているガルムの方にスッと視線を誘導する。
「ほれ、気付かんかニャ? あの鎧の凹み方を見てみぃ」
「凹み方、ですか……」
ルミはアンリからそう言われてよく見てみると、鎧の凹み方が共に少し違った。
片方の方がより凹み方が大きい。
「あっ……」
ルミがそう声を上げると、アンリは二ッと嬉しそうに笑みを浮かべた。
「そーゆー事ニャ♪ キミの事を想って打った拳の方が、より凹みが大きいのだーーー」
アンリが両手を上げてニパッと笑うと、ルミは照れながらチラッとノーティスを見た。
「ノーティス樣……♪」
すると、ノーティスは軽く照れて視線を斜め上に向けたまま、人差し指で頬を掻いていた。
ノーティスは気持ちに素直なので、どうしても拳を打ち込む時に力の差が出てしまったのだ。
アンリはその姿を見てアハッ♪ と、笑うと、ルミに少しいたずらっぽい顔を向けた。
「なっ? だから頬にキス位よかろうーーー♪」
「そ、それはダメです!」
顔を火照らせ怒鳴ってきたルミを、アンリはニヤニヤしながら見つめる。
Sランク王宮魔道士とは思えない、いたずらっ子のような顔だ。
「んーーールミ。キミは可愛いのっ♪」
アンリはそう言ってニコッと笑うと、ルミの頬にチュッ♪ と、軽くキスをした。
その瞬間、頬にアンリのプルンとした唇の感触が伝わり、ルミは倒れそうになるぐらい顔を火照らせると、バッと体を引いた。
そして、恥ずかしさに体を震わせながらアンリを見つめる。
「ア、ア、アンリ様!!」
「じゃ、またにゃー♪」
アンリはルミとノーティスに微笑んで片手を軽く振ると、背をクルッと向けてその場を去った。
そこにポツンと取り残される形になったノーティスとルミは、互いを横目でチラッと見ると、照れくさそうに話を始める。
「あ、あのさ」「あ、あの」
互いに言葉が被ってしまった二人は、互いをジッと見つめた。
その中で先に話を切り出したのは、ノーティスだ。
「いやルミ……改めてさっきはごめんな」
「別に、もう怒ってませんよ」
「ホントに?」
「はい」
ルミはそう言うが、ノーティスはルミの気持ちに、まだ何となくしこりが残ってしまってるように感じた。
まあ、それもそのハズだ。
結局女心については、全く分かっていないのだから。
けれどルミは、そんなノーティスの事を少し頬を赤らめながら横目でチラッと見ると、フゥッと軽くため息を吐き笑みを向ける。
「いいんです。もう気にしないで下さい。ノーティス様は女心の筆記試験、れ〜点なんですから」
「ほら、だから……」
ノーティスがそこまで言うと、ルミは言葉を遮った。
「でもノーティス様! 筆記試験は、れ〜点でも、実技試験は合格です♪」
「えっ? ど、どーゆー事?」
ノーティスがキョトンとしてる中、ルミは腕を後に組んで嬉しそうな顔でノーティスに微笑む。
「いいんです♪ さっ、もうすぐ『攻撃力測定試験』が始まりますよ。一緒に行きましょう♪」
「あっ、あぁ。もうそんな時間か」
ノーティスが何となくこれでいいのかなと思い、そのまま歩いていると、ルミが不意に横からチラッと見上げてきた。
「ノーティス様」
「ん?」
「……これが終わったら、後で紅茶付き合って下さいねっ♪」
ちょっと照れながら、そう言ってくれたルミ。
ノーティスは女心が分からない。
けど、ルミから伝わってきた気持ちに胸がジンとし、優しく笑みを零した。
「あぁ、紅茶は1人じゃ美味くないからな」
「そーですね♪ お砂糖の分量は任せて下さい♪」
そう言って、互いを照れくさそうに見つめ合う二人。
が、その瞬間だった。
「ノーティス、超カッコよかったよーーーー♪」
と、いう大きな明るい可愛い声で後ろから飛びついてきた女の子に、ノーティスは背中からガバッと抱きしめられた。
「うわっ!」
ビックリして後ろを振り返ると、なんとそれは、さっきカフェで一緒にいたエレナだった。
「お、おいエレナ。離せよこんなとこで」
「やーだよ♪ ノーティスの事、大ーー好きだもんっ♪」
「分かった。分かったからエレナ。ちょっと離れよう」
そう言って何とか背中から離しエレナの方へ振り向いたが、その瞬間、ノーティスより早くルミが口を開く。
驚いて大きく見開いた目をエレナに向けて。
「エレナ! なんでアナタここに?」
「エヘヘ♪」
ルミとエレナに突然挟まれ、一体何が起こっているのか分からないノーティスは、二人の事を交互にキョロキョロと見つめていた。
想いの拳を放ったノーティスだが、エレナの正体は謎……
次話はちょっと変わったざまぁです。