cys:149 峰打ちへの想い
「フッ、アンリよ。これが天の意志だ。何をすればいいか、分かるな?」
アネーシャが単身で攻め入ってきた事を知り、ニヤリと嗤うクルフォスと険しい顔を浮かべたアンリ達。
「……アネーシャを生け捕りにし、ノーティスの奴めをおびき出せと……」
苦しそうに答えたアンリを見下ろしたまま、クルフォスは告げる。
「その通りだ。それに、いかに奴が強かろうとも、お前達王宮魔道士達が全員でかかれば問題は無いハズだ」
「し、しかしそれは……」
アンリは気が進まなかった。
もちろんアンリ達にとって、アネーシャは捕えるどころか討たねばならぬ敵。
だが、敵とはいえアネーシャは単身で乗り込んできたのだ。
命を賭して、たった一人で……!
それが何を意味するかを、アンリは戦う者として、また、同じ女として痛い程分かる。
───アネーシャよ……それが、お主の愛の示し方か。
無論、そう思ったのは他の皆も同じだ。
けれど、クルフォスはその気持ちを全て見透かした上で、軽く嘲笑うかのように見据える。
「多勢に無勢とでもいいたいのか」
クルフォスはそう告げた瞬間、纏っている法衣を片手でバッと靡かせた。
アンリ達の想いを振り払うかのように。
「忘れるな! お前達は王宮魔道士なのだ! 何の為に存在しているか言ってみろ!」
そう問われたアンリ達は悔しさに顔をしかめたが、答えざる負えない。
目の前にいるのは、スマート・ミレニアムの最高権力者なのだから。
「この国を……スマート・ミレニアムを守る為です……」
アンリからその言葉を聞き遂げたクルフォスは、据えた瞳でフンッと軽く零した。
「分かっているなら、さっさと行くがいい」
そして、片手を皆の方にバッと向け命じる。
重厚な法衣を揺らしながら。
「全力を持ってメデュム・アネーシャを捉えろ! 生きて、余の前に連れてくるのだ!!」
「……ハッ……。御意に……!」
アンリ達は、悔しさで顔をしかませながらもスッと跪いた。
そして、クルフォスが天幕の奥に消えてゆくのを見届けるとゆっくり立ち上がり、皆無言で王の間を後にした。
やり切れない想いと共に……
◆◆◆
スマート・ミレニアムの城門近くでは、兵士達の激しい焦燥感によりザワつきが起こっていた。
「おい、アルベリッヒ様達が殺られたって!」
「ああ知ってる! 今聞いたけどヤバいな」
「俺達どうすりゃ……」
「くっそ! あの人達三人がかりでも止められなかったのに、俺達じゃ瞬殺だろ……!」
悲壮な顔でザワつく兵士達。
そんな彼らを、アネーシャは影からそっと見ていた。
満身創痍に近い身体で。
───その通りよ。けどこの状態じゃ、彼らには勝てても王宮魔道士達には……
思い悩むアネーシャ。
───いえ、残る敵が王宮魔道士達だけなら、ポーションで回復してからなら何とかなるかもしれない。けど、真の敵は……
分かっていたとはいえ自分の無謀さに嫌気が差すが、何の為に単身で来たかを思い返した。
───行くしかないの。この星の未来とノーティスの為に。その為なら私は……
甲冑の中から出したポーションで体力を回復させ、兵士達を鋭く見据えながら剣をチャキッ……! と、鳴らした時だった。
「パパーーっ♪」
母親と手を繋いでいる少女が嬉しそうに片手を上げ、兵士に向かい手を振ったのだ。
それを見た瞬間、飛び出そうとした足をピタッと止めたアネーシャ。
それとは対象的に、少女は満面の笑みを浮かべながら、兵士の下へタタッと駆け寄った。
ふわふわの髪が元気に揺れる。
また、その少女の父親である兵士ルークは、妻子の突然の来訪に驚きながらもサッとしゃがむと、リーナを嬉しそうに抱きしめた。
「リーナ! いきなりどーしたんだよ」
「えへへ~ 来ちゃった♪」
抱きつきながら嬉しそうにニヤけるリーナの隣で、妻のマリーが少し不安げに微笑みながらルークを見つめている。
「ルーク、ごめんなさい。リーナが、どうしても会いたいって言って聞かなくて……」
「そうか……いいんだよ。ただ、気持ちは嬉しいけど危険だ。今は特に」
「えっ?」
マリーがハッと不安な面持ちを浮かべ見上げてきた時、ルークは一瞬しまった! という顔をチラッと浮かべた。
妻子を危険な目に会わせたくない気持が先走り、余計な心配をさせてしまったから。
「いや、何でもない」
「ウソ。何かあったんでしょ」
「ん? いやいや。あーーちょっと敵が攻めてきただけさ」
「せ、攻めてきただけって……」
不安げに瞳を歪めたマリー。
今、ルークが軽く目を逸らして答えたからだ。
ルークか嘘がつけない性格なのを知ってるし、マリーはそんなルークを愛している。
けれど、それがバレていないと思っているルークは、マリーを安心させたくて力強い瞳で優しく見つめた。
兵士としてではなく、愛する妻を守る夫として。
「大丈夫だよ。ここまで来るなんてそうそう無いし、例え来たって負けはしないさ」
「アナタ……」
「マリー、そんな顔すんなって。俺がいつも、何の為に戦ってるか知ってるだろ」
「えっ?」
マリーが一瞬不思議そうに見上げた時、ルークはニカッと笑う。
「お前らが、ニコニコ笑って暮らしていける為さ♪ だからお前達は、なーんにも心配するなって」
ルークはそう告げると、マリーをガシッと抱きしめ耳元で囁く。
「愛してるよ、マリー」
「ルーク……」
マリーはギュッと抱きしめた。
ルークから伝わってくる切なさに、涙を零しそうになるのを我慢しながら。
そんな二人を他の兵士達が微笑んで見守る中、リーナがルークを見上げながら元気に笑った。
「パパ、お仕事から帰ったら、ママと三人であそぼーね♪」
「あぁ、遊ぼう」
ルークはそう答え微笑むと、マリーをそっと身体から離しワザとより明るく振る舞った。
覚悟しているから。
もう、きっとこれが最後になる事を。
そして同時に感謝した。
今、愛する二人に会えた事を。
その想いを込めて、ルークはニカッと笑った。
「ありがとうな!」
「ルーク……!」
マリーは涙がジワッと滲みそうになるのを堪え、精一杯の笑顔を作った。
愛するルークの想いに応える為に。
「……ありがとう!」
そしてマリーの手を取ると、長く綺麗な髪をフワッと揺らしながら背を向け、そのまま帰っていった。
その二人の後ろ姿を、ずっと見つめたまま見守るルーク。
他の兵士達も、ルーク達の間に流れる切なく優しいゆらめきを見つめていたが、二人の後ろ姿が見えなくなるとルークの肩に、同僚の兵士のゴートが横からポンッと片手を置いた。
「帰ってやらねぇとな」
「ゴート、出来るものならな」
「諦めるのか? あんな素敵な二人がいんのによ」
ゴートがジロッと横から見据えると、ルークは一瞬瞳を閉じた。
「違うさ。俺だって生きて帰りたい。けど、俺が死んでアイツらが助かるなら、迷わずそっちを選ぶってだけだ」
「ルーク、お前……」
静かに零したゴート。
その光景を影から見ていたアネーシャは、ギュッと瞳を閉じて悲しみに体を震わせた。
イヤでも思い出してしまうからだ。
───ライト……!
アネーシャの脳裏に、あの日の光景がありありと蘇る。
燃え盛る炎と数多の叫びの交叉する中で、我が子のように育ててきたライトを無惨に惨殺された、あの日の光景が。
それが、アネーシャの怒りと憎しみを燃え上がらせる。
──なによ……なんなのよ……なんで、あんなに優しく出来るのよ。私達の子供はあんなに無惨に殺すのに……! 許せないっ!
アネーシャは怒りを抱いたまま物陰からザッと飛び出すと、剣を振りかぶりルークに向かい飛びかかった。
「覚悟っ!」
「なっ?!」
飛びかかってくるアネーシャを、ハッと見上げたルークは、斬られる前に死を感じた。
アネーシャから放たれている、その凄まじい殺気に。
───殺られる……!
ルークがそう思った瞬間、ガシャッ! という響きと共に凄まじい衝撃が体に走る。
それは、その直後、一瞬でアネーシャに倒された他の兵士達も同じだった。
「うっ!」
「ガハッ!」
「ぐっ!」
けど、数旬の後に気づく。
───斬られて……ない?
仰向けに倒れたまま、苦しそうになぜだという顔をして見上げると、ルークの目に映った。
鬼神のようなオーラを放ち自分を見下ろしながらも、瞳にキラリと涙を浮かべているアネーシャの姿が。
───涙……なぜ?
ルークのその心を聞いたかのように、アネーシャはスッと零す。
「峰打ちよ。けど、貴方の為じゃないわ」
「えっ?」
「私は……もう二度と、あんな悲しい想いをしたくないし、させたくないの」
「キ、キミは一体……」
ルークは分からなかった。
アネーシャの強さは元々聞いていたし、トゥーラ・レヴォルトの人間達は蛮族だと思っている。
また実際、アネーシャからは凄まじい戦闘力を感じるから。
けれど、同時に感じるのだ。
その奥底から流れてくる、女神のような温かさを。
そんなルークを、アネーシャは切なく見つめた。
「もう、帰りなさい。貴方には、待っててくれてる人がいるんだから……」
そう告げると、アネーシャは王宮の中に向かい駆け出した。
その心に、ライトとの思い出を浮かべながら……
どこまでも強く、そして重なる愛と哀……