cys:15 王宮魔道士『エカテリーニ・アンリ』
「その手を離せ!」
ノーティスの怒りの声が、ギルド検定試験の会場広間に響き渡った。
皆、何事かと振り向く。
すると、短髪でイカツイ鎧を纏ったデカい男が、ノーティスの方へ顔をゆらりと振り向け、うっとおしそうにギロッと睨んできた。
「あぁっ?! なんだオマエは」
けれど、ノーティスは一切怯む事なくキッと睨み返す。
「俺はエデン・ノーティス。その子の主人だ!」
ノーティスがそう答えると、男はルミを横目で見てチッと舌打ちをした。
睨まれたからではなく、言われた内容に軽くムカッ腹を立てたからだ。
「ちっ。なんだ、人妻かよ」
その言葉に、ルミは顔をカァッと火照らせて男を見上げた。
人妻と言われたが恥ずかしくて。
「ち、違います! 私はノーティス様の執事です!」
「執事だぁ?」
すると、男はルミを見てニャッと薄ら笑いを浮かべてルミの腕を掴んだまま、ノーティスに下卑た笑みを向けた。
「ただの執事なら問題ねぇよな。コイツは借りてくぜ」
「ふざけるな! ルミは物じゃない!」
「ノーティス様……」
ルミがノーティスを潤んだ瞳で見つめる中、男はノーティスに向かい、ニヤリとしながら尊大な態度で迫って来た。
ゴツゴツした指をボキボキッと鳴らす。
「ほう、ガキがエラソーに。お前、この俺が誰だか知らねぇのか?」
「知らないな。お前みたいな顔のデカい奴に、知り合いはいない」
「このガキ……! いいか、これを見ろ」
男はギルドから発行される身分証明書を、ノーティスに向かい、グイッと自慢げに見せつけてきた。
「どうだ、分かったか。俺はB+ランクの『ウォーレント・ガルム』様だ!」
すると、周りで見てる連中達も軽くざわめきを起こしている。
どうやら、ギルドではちょっとした有名人らしい。
「あっ、確かにアイツあのガルムだ」
「マジでイカついよなーー」
「確か、あの勢いに乗ってるパーティのリーダーだろ」
そのざわつきの中、ニヤリと笑うガルム。
「分かるかガキ。俺様はな、もうすぐスマート・ミレニアム軍の正規兵にもなれるんだよ。オマエのランクはなんだ? まだFランクか?」
「違う。俺はただの受験者だ。まだ、ランクなんてものは無い」
ノーティスが静かにそう答えると、ガルムは一瞬目を丸くしてから笑い出した。
「ガハハハッ! コイツは面白ぇ。ただの受験者かよ。まだ冒険者でもねぇのに、この俺様に楯突くとはな」
ガルムの笑い声が広間に響く中、他の皆は憐れむ様な顔をしてノーティスを見つめている。
B+ランクと受験者では、実力に天と地ほどの差があるからだ。
そんな中、ノーティスを見下ろしながら笑うガルムは、更にふと気付いた。
「それにオマエ、よく見りゃ魔力クリスタルの色が無色じゃねぇか。故障でもしてんのか? 気持ち悪ぃ奴だぜ」
ガルムから嘲笑われたノーティスだが、それに顔色を変える事無くガルムを見上げる。
「それがどうした」
「あぁ?」
「無色の魔力クリスタルは、今や俺の誇りだ」
「誇りだぁ? 無色の魔力クリスタルがか」
呆れた顔でやれやれのポーズを取ったガルムに、ノーティスは精悍な眼差しを向けた。
「あぁそうさ。俺のクリスタルが無色だからこそ、得られたモノは計り知れないんだ」
「ハハッ、何言ってるか全く分からねぇな。魔力クリスタルと一緒に、頭までイカレちまってんのか。ガッハッハッハッ!」
大声で笑いながら嘲るガルムに、ノーティスは哀しそうな顔を向ける。
「分からないか……」
「ハッ、分かる訳ねーだろ」
「まぁいいさ。あんな想いをするのは俺だけでいい……」
「ケッ、なーにを訳分かんねぇ事ぬかしてやがんだよ」
そう吐き捨てたガルムを、ノーティスはキッと睨んだ。
「ただ、ランクが上だからって、ルミを連れて行っていい道理などない!」
キツく告げてきたノーティスに、ガルムはグイッと身を乗り出した。
「だーかーら、ただ借りるだけだ。先輩や上位ランクの言う事を聞くのは当たり前だろ。それに、ただの執事の一人や二人、どーって事ねーじゃねぇか♪」
ガルムがそう言ってニヤリと笑い、ルミを強引に連れ去ろうとした時、ノーティスの怒りが膨れ上がる。
ガルムの言葉が許せなかったのだ。
「執事の一人や二人? ふざけるなよガルム。ルミは、俺の大切な人だ! どうしてもその手を離さないなら、力づくでも離してもらう!」
ノーティスがそう言い放ち拳をギュッと握ると、ルミが涙を滲ませた。
「ダメです、ノーティス様! 今暴力行為を起こしたら試験資格を剥奪されちゃいます!」
そんなルミに、ノーティスは真摯な瞳を向け大きく口を開く。
「関係あるかそんな事! 大切な人を守れないなら、俺は……冒険者になんてならなくていい!」
「ノーティス様……!」
ブワッと涙を浮かべたルミ。
また同時に、ガルムは目を見開いて戦慄した。
ガルムの全身にゾクッとした寒けが走ったからだ。
ノーティスか怒りと共に立ち昇る圧倒的戦闘力を感じて。
───バ、バカな! なんだこの凄まじいオーラは! まるでこれはA……いや、S級?!
ガルムがそれにゾクッとして、冷や汗を流した瞬間だった。
「はーい! 止まりニャさーい♪」
と、いうポップな声がノーティスの後ろの方から響き、そこから強力な凍気がガルムの腕目がけて放たれた。
すると、その凍気に当てられたガルムの腕は、ピキピキピキッと凍りついていく。
それを見て笑う女の子。
「はーい♪ 暴れん坊さんはカッチンコニャ♪」
「うおっ、な、なんだこれは?!」
「きゃあっ」
突然の事に慌て凍った腕を見つめるガルムと、頭を両手で覆ったルミ。
もちろんその隙に、ルミはガルムからサッと離れノーティスに駆け寄った。
「ノーティス様!」
「ルミ、よかった無事で」
「ノーティス様、ごめんなさい……!」
涙目で見上げるルミをノーティスは優しく見つめている。
「いいんだよ。ルミが謝る事は何もないから。それよりも……」
ノーティスがルミを片手で抱きしめたまま、後ろをサッと振り返ると、色鮮やかな魔装束に身を包み、エキゾチックな顔をした女の子の姿が目に映った。
「ア、アナタは?」
ノーティスが不思議そうな顔で見つめると、その女の子は軽く笑みを浮かべながら近いてきた。
そして、上半身をクイッと曲げ軽く顔を覗き込む。
「あれれ~〜〜私の事を知らないなんて、キミはまだ駆け出しかニャー?」
「すいません。まだ受験者なので、駆け出しですらないです」
「えぇっ? そーニャのかー! てっきりもう冒険者かと思ったぞーーー」
その女の子は、ノーティスがまだ冒険者でない事にビックリして目を丸くしたが、逆に好奇心を宿した瞳でノーティスをジッと見つめた。
「私は『エカテリーニ・アンリ』だにゃ♪」
アンリがそう名乗り笑った時、側で聞いたルミは目を大きく開いた。
「ええっ! ま、まさかアナタは……!」
「おっ、そっちのお嬢ちゃんは知ってるね。感心感心っ♪」
アンリはそう言ってルミに片手で頭をよしよしすると、ルミとノーティスに向かいニカッと笑う。
「そう、私はスマート・ミレニアムの王宮魔導士の一人だニャ♪ よろしくのっ♪」
「王宮魔導士? って事は、ロウと同じなのか?」
そう尋ねられたアンリは、ちょっとビックリしながらノーティスをジーッと見つめ始めた。
瞳が好奇心に満ちている。
「ムムムッ? キミはロウと知り合いニャのかー?」
「知り合いというか、さっき特別講義受けさせてもらって……」
「う〜〜む、何やらキミには不思議な匂いがするニャ♪」
アンリが好奇心に満ちた目でノーティスを見つめる中、腕を凍り付かせられたガルムは、アンリを見て慌てふためいた。
「お、王宮魔導士のアンリだと! なんでここに?」
ガルムは、身体をブルっと震わせて戦慄している。
今自分の腕を凍り付かせたのは、自分よりも遥かに上のS+ランクの女だからだ。
するとアンリは、あっ! と、声を上げてガルムに振り返り、笑いながらゴメンの顔でウィンクすると、舌をペロッと出した。
「ごめんごめん。忘れてたニャ♪」
「わ、忘れてたって……」
人の腕を凍らせといて忘れんなよと思うガルムに、アンリはスッと近寄り、悪びれる事なく飄々とした顔を向けた。
「キミがB+ランクのガルムねーーー。キミのパーティー『暴虐の翼』の活躍は少しだけ聞いてたけど、まさかリーダーのキミがこんなに暴れん坊だなんて、ホントにガッカリだニャ〜〜」
アンリはそう言ってハァッと軽く溜息を吐くと、そのままガルムを見上げる。
「ガルム。キミ、正規軍に申し込んでるみたいだけど、この場で却下させてもらうニャ♪」
「な、なんだと……!」
怯えながらも睨むガルムを、アンリは真っすぐ見つめている。
「元気なのはいいけど、人に迷惑をかけるのは冒険者としてありえニャいのだーーーー♪」
「うっ……」
ガルムが言葉に詰まる中、アンリはノーティスにチラッと艶やかな横目を向けた。
「キミよりこの子の方が、ずっと冒険者らしいニャ♪」
不意に褒められ一瞬ドキッとしたノーティスは、少し顔を赤くしながらアンリから視線をそらし、片手で軽く頭を掻いた。
「いえ、そんな事は……」
そんなノーティスを、ルミは横目でチラッと見て軽く妬いている。
───もうっ、ノーティス様はこういう可愛くてスタイル良い女を前にすると、すーぐ赤くなるんだから。女心れ〜点なのにいっ!
ルミが心で軽くフテる中、アンリは赤くなったノーティスを見つめている。
「アハッ♪ キミ、照れちゃって可愛いーのだ」
アンリはそう言ってノーティスに軽く微笑むと、視線をサッとガルムに戻した。
口調はふざけているが、熱い南国の太陽のような眼差しだ。
その眼差しに当てられたガルムは、怒りと共にアンリに怒鳴りつける。
「ふ、ふ、ふざけるなよ! いくらアンタでも、申請をこの場で却下なんて……そんな横暴許される訳ねーだろ!」
ガルムは拳に力を込めると怒りに任せ、アンリにグワッと殴りかかった!
怒れるガルムの拳を止めるのは……
次話は想いの違いが拳に現れます。