cys:147 血の雨に濡れるアネーシャ
「くそっ、止めろ! これ以上ヤツを進ませるな!」
「おおっ!」
勇ましく声を上げ剣を構える兵士達。
だが、彼らが纏っている鋼の鎧が淡い桜色に変わっていく。
剣を構えて立つアネーシャから放たれる、大きな闘気に照らされて。
「どきなさい。貴方達では勝負にならないわ。ムダに命を落とすだけよ!」
アネーシャから凛とした瞳でそう告げられた兵士の部隊長は、苛立ちにギリッと歯を食いしばった。
「ほざくな! 貴様一人で何が出来る! かかれーーーーー!」
その号令と共に大勢の兵士達が咆哮を上げ、アネーシャに向かい剣を振り上げ飛び掛かる。
「おおおおおおっ!」「わあーーーーーっ!」「死ねっ!」
だが、それを見据え振り抜いたアネーシャの剣が閃光を放つような軌道を描き、一瞬でズザザザッ!! と、兵士達を切り裂いた。
そこから噴き出した鮮血が周囲を赤く染め、それを目の当たりにした兵士達の心を恐怖に染める。
「バカな! ひ、一振りで何人も……!」
「ち、違う。ヤツの剣があまりにも神速ゆえに、そう見えるだけの事……!」
「ううっ……逆賊になったとはいえ、エデン・ノーティスはこんな奴と戦ってたのか……!」
兵士がそう零した時、アネーシャはその言葉にピクッと反応した。
「ノーティスが逆賊? どういう事?」
「し、しらばっくれるな! 我らが勇者だったエデン・ノーティスを寝返らせた張本人のクセに!」
一人の兵士がそう叫ぶと、他の兵士達もそれに続きアネーシャを罵倒していく。
「そうだ! この蛮族め!」
「薄汚い魔性の女!」
「罪を抱いたまま死ね!」
その罵倒が止まらぬ中、アネーシャはロウ達の事を脳裏に浮かべた。
あの日の事と共に。
「そう……彼らはそんな風に伝えたのね。所詮、偽りの光の絆……」
「な、なんだと!」
恐怖を感じながらも睨んできた兵士に向かい、アネーシャは凛とした瞳を向けたままビュッと剣を突き立てた。
───もう、迷いはない。
ノーティスの大切な人達を手にかける事への抵抗感が消え、その瞳と剣先がキラリと光る。
「でも、お陰で安心したわ」
「安心だと?」
「だって……これで心おきなく、彼ら王宮魔導士達を倒す事が出来るから!」
「なっ、調子に乗りやがって! いかげんにしろ!」
兵士達の魔力クリスタルが怒りと共に煌めいていくが、アネーシャは動じない。
ノーティスの魔力クリスタルの輝きに比べれば、まるで恐れるに足りないからだ。
「いいかげんにするのは貴方達よ。ここは一気に通らせてもらうわ」
「させるかっ!」
兵士がそう叫んだと同時にアネーシャの神速の剣が兵士達を切り裂き、咆哮を瞬時に断末魔に変えていく。
ただ、アネーシャは油断もしないし、一瞬たりとて気を抜かない。
元々の性格に加え、そんな状況ではないからだ。
兵士達が倒れた後ろに、三人のAランク魔導士達がアネーシャに向けて魔法を滾らせている。
その中の一人の魔導士が両手を天に掲げ、その中に巨大な灼熱の玉を作り出した。
「その穢れた魂ごと燃え尽きるがいい! 我がスマート・ミレニアムを脅かす蛮族よ! 『ブレイズLV:4』!!」
巨大な灼熱の玉から、幾つもの巨大な灼熱のエネルギー弾がアネーシャに向かいズドドドドッ!! と襲い掛かる。
周囲の建物まで溶かしながら。
「くっ!」
それを何とか全てギリギリ躱していくアネーシャ。
だが、地面に着弾したエネルギー弾から放たれる爆風を喰らってしまい、壁にドンッ! と叩きつけられた。
「あぁっ!」
叫び声を上げて叩きつけられたアネーシャの体が壁に少しめり込み、壁の破片がパラパラと零れていく。
だがアネーシャはすぐさま立ち上がり、顔を苦しくしかめながらもチャキッと剣を構えた。
「うっ……」
が、その瞬間を逃さず、別の魔導士がニヤッと笑みを浮かべて両手の平をアネーシャに向ける。
その手の平の中に氷の魔力が集約されてゆき、女魔導士の瞳が魔力クリスタルと共に蒼い輝きを放っていった。
青く長い髪がフワッと揺れる。
「アハッ、貴女の進撃はここまで。身体も魂もここで凍らせてあげる♪」
女魔導士がそう告げると同時に、アネーシャの周りを突如幾つもの氷結リングがキラキラと回転しながら覆い、動きを封じ込めていく。
「これは……!」
アネーシャがそれを見ながら声を零した瞬間、周囲を覆う氷結リングの上から鋭い氷の飛礫が無数に現れ、その先をキラリと光らせた。
───マズいっ!
アネーシャがハッとした瞬間、女魔導士は魔力を全開にして魔法を放つ。
凄まじい凍気と共に、女魔導士の両手が大きく天に掲げられた。
「これで終わりよっ! 『フリーズLV:4』!!」
周囲に浮かぶ無数の鋭い氷の飛礫がアネーシャに向かい凄まじい勢いで襲い掛かる。
まるで、氷のナイフが集中砲火されるような光景だ。
このままでは、全身串刺しになるのは避けられない。
「いっけーーーーーー!」
けれどそんな状況の中、アネーシャは桜色の闘気をより大きく膨れ上がらせ剣をバッと上げた。
「私は負けない! 『桜花包身』!!」
その剣から放たれた、桜の花びらのような色と形のエネルギーがアネーシャを包み込み、氷の礫を全て弾き返した。
「えっ、嘘でしょっ!?」
女魔道士が声を上げた瞬間、アネーシャはバッと飛びかかり神速の剣で女魔道士と、灼熱魔法使いを一瞬でズザッ!! と、斬り裂いた。
「ああっ……!」
「ぐはっ……!」
アネーシャの剣が紅く染まり、二人の体から噴き出した鮮血が血の雨を降らす。
それを全身に受ける中、アネーシャは剣を片手で地面に刺しその場に跪くと、哀しさを背負い息を切らしながらうつむいた。
本当は誰も斬りたくないからだ。
「ハァッ……ハァッ……」
うつむくアネーシャの綺麗な髪が血に染まり、毛先から血がポタリポタリと零れ落ちる。
まるで、心から流れる血のように……
そんなアネーシャの鼓膜を、バチバチッ!! という雷光の音がけたましく揺らした。
その音の方向をキッと見据えると、アネーシャの瞳に映る。
白い魔導服に身を包んだ長い金髪の男が、胸の前で向かい合わせた両手の平の中に雷光を滾らせ、怒りを迸らせる瞳でアネーシャを睨んでいる姿が……!
「よくも、ハーゲンとミーメを……この蛮族めが! この俺、雷光のアルベリッヒが葬り去ってやる!」
相反する想いが激突する……!