cys:146 逆賊討伐令と王宮魔導士達
───必ず間に合わせる……!
だだっ広い草原を、ノーティスは馬に乗りスマート・ミレニアムに向かっていた。
トゥーラ・レヴォルトは科学技術には極力頼らない生活をしてる為、移動手段はこれなのだ。
無論、ノーティスなら走った方が早いが距離があり過ぎる。
また、体力も出来るだけ温存しておかなければいけなかった。
分かっているからだ。
行けば必ず戦いになる事が……!
───アネーシャ、無事でいてくれ!
馬に跨がりひた走るノーティスだが、途中でふと思い出した。
いや、もっと言えば何者かに呼ばれているような気がしたのだ。
『ティコ・バローズに立ち寄れ』と……
───なぜ今……!
アネーシャの下へ一刻も早く行きたいノーティスだが、なぜかその想いを無視できない。
まるで、見えない何かに言われているように思える。
───見えない……まさか、エレミアか!
ハッとそう思ったノーティスは、手綱を引き一旦その場に止まった。
エレミアの事はもう見えないし、声も聞こえない。
ただ、魔力クリスタル無しで過ごしたあの日々が、ノーティスの直感力というべき物を変えていたのだ。
「もしそうなら……」
ノーティスはそう呟くと再び馬を走らせ、ティコ・バローズへ向かった。
───あそこに一体何が……
あの場所は初めてアネーシャと出会い戦った場所。
助けようとしている今、そこへ向かう事になっている数奇な運命を、ノーティスは全身にヒシヒシと感じていた。
◆◆◆
「教皇様っ! 一体どういう事ですか!!」
荘厳な教皇の間に怒りの声が響き渡った。
ロウがジーク達と共に、教皇クルフォスに詰め寄ったからだ。
先頭に立っているのはロウだが、その脇でジーク達も怒りと共にクルフォスを見上げている。
しかし、クルフォスは玉座に座ったまま、据えた瞳でロウ達を見下ろした。
「フッ、どうも何も無い。お前達が聞いての通りだ」
まるで答える気の無い素振りの教皇に、ロウ達は苛立ちを隠せない。
「納得いきません! 彼が、エデン・ノーティスが……反逆者などという事は!」
「そうよ! 彼は反逆者じゃないわ。私達の勇者なんだから!」
「あぁ、レイの言う通りだぜ」
「そうだよ! ノーティスは反逆者なんかじゃないもんっ!」
メティアが身を乗り出し大きく口を開くと、アンリがスッと前に出てクルフォスをアンニュイな顔で見上げた。
「教皇様。一体なぜ、ノーティスの奴めを反逆者だとお思いに?」
そう問いかけてきたアンリの事を、クルフォスは据えた瞳に圧を加え見下ろしてきた。
けれど、アンリは一歩も引かない。
瞳を逸らさずクルフォスを見つめたままだ。
そんな静かな睨み合いを数旬続けた後、クルフォスはアンリを見下ろしながらスッと立ち上がった。
「記憶を失くし、敵に寝返ったからに他ならぬ」
「……!」
クルフォスの発言に、さすがのアンリも一瞬驚き目を丸くした。
ノーティスが記憶を失った事は、まだアンリ達以外誰も知らないハズだからだ。
伝えてしまえばこうなる事を予見していたので、教皇へはノーティスの安否は確認出来なかったと報告していた。
なので当然、ロウ達も同じ様に驚愕の表情を浮かべている。
そんな中、アンリは悔しさに一瞬顔を歪ませた。
「くっ……何故そのような事を……」
「アンリよ、それは私が問いたい。なぜだ?」
───教皇は全て知っている。それは恐らく……
アンリは全て悟った。
また、ロウも同じだ。
───あの惨劇を引き起こした何者かが、教皇に伝えたのだ。何かしらの理由で、ノーティスを陥れる為に……!
そんな二人の思考を読んだかのように、クルフォスは一瞬ニヤリと笑みを浮かべた。
「アンリよ。お前達王宮魔道士達には、反逆者となったエデン・ノーティスの粛清を命ずる。これを遂行すれば咎めはせん」
今の言葉で、アンリだけでなく皆理解した。
この命令に従わなければ、自分達も反逆者とみなされ粛清の対象にされるという事を。
無論その理由は、ノーティスの事を黙っていたからに他ならない。
ただ、それを分かった上でもレイ達は納得出来ないし我慢出来なかった。
皆、ノーティスの事が大好きだから。
「そんなの……そんなの出来る訳ないじゃない!」
「俺も同感だ」
「ボクだってそうだよ!」
メティアが怒りの声を上げると、クルフォスは三人の事をギロリと見下ろした。
仮面の奥の瞳から鋭い眼光が放たれる。
「お前達、余の命令に背くというのか……」
クルフォスの瞳に闇の光が宿った瞬間、一人の兵士が王の間に血相を変えて駆け込んできた。
「失礼いたします!」
荒げた声が王の間に響き渡り、ロウ達はバッと兵士の方へ振り向いた。
その表情と全身から立ち昇る雰囲気から、只ならぬ事が起こっているのを皆に感じさせる。
そんな中、兵士は跪きクルフォスを見上げた。
「ただ今、スマート・ミレニアム内に賊が攻め入ってました!!」
「なんだと!?」
思わず声を上げたクルフォス。
既に侵入されてるなど、これまで起きた事がなかったからだ。
当然だが、それに驚いたのはクルフォスだけでなく、ジーク達もだ。
聞いた事の無い事態に目を大きく見開いた。
(ロウ、こいつはどういう事だい?!)
(分からない。何者だ……)
クルフォスを見据えながら静かに答えたロウは、兵士の言葉に違和感を感じ考えてゆく。
───敵ではなく賊? しかも、結界までくぐり抜けてきた……まさかっ!
ロウがハッとした時、クルフォスは再び声を荒げる。
「賊はいかほどだ?!」
「それが……」
言葉に詰まる兵士。
あまりの事に、兵士自身も半分信じられないのだ。
そんな兵士にクルフォスは苛立った。
「申せ! いかほどなのだ!」
「はっ! 賊は……一人でございます!」
「一人だと?! フッ、どうやって侵入したのかは知らんが、一人ならばそう慌てる事はない」
「いえ、恐れながら……一人なのにも関わらず、誰も止める事が出来ません!」
「なにいっ?!」
激しい驚きと共に、思わず足を前に進めたクルフォス。
たった一人でスマート・ミレニアムの屈強な兵士達を蹴散らしていける者など、それこそ王宮魔導士のレベルでしかありえないからだ。
なので咄嗟に思った。
「まさか、逆賊エデン・ノーティスか?!」
そう問われた兵士を、ロウ達も強く見つめている。
クルフォスと同じ事を思ったから。
だが、兵士は額からツーっと汗を流し首を軽く横に振った。
「いえ、賊はトゥーラ・レヴォルトの勇者……メデュム・アネーシャでございます!」
単身で乗り込んできたアネーシャに、彼らは何を想うのか……!