cys:145 復活した記憶
「……ん、アネーシャ……」
目を覚ましたノーティス。
まだ半分虚ろな意識のまま、隣に寝てるハズのアネーシャを抱き寄せようとして、身体をゴロッと横に向けた。
けれど、アネーシャがいない事に気付くとハッとし、一気にまどろみが霧散した。
「アネーシャ?!」
バッと上半身を起こし部屋を見回したがどこにもいない。
「どこに行った?!」
ベットから降りて慌てているノーティスを、窓から差し込む月の明かりが切なく照らしている。
直感的に何か嫌な予感を胸に感じ、部屋から出てアネーシャの部屋の前に行くと、ドアをコンコン…と、軽くノックした。
「アネーシャ……入っていいか?」
けれど、部屋からは返答が無い。
なので再びドアをノックしたが、やはり返答は無かった。
「アネーシャ……?」
ノーティスはドアをそっと開け部屋の中をチラッと見たが、アネーシャの姿はどこにも見当たらない。
───こんな時間にどこへ……
そう思った瞬間、ノーティスは再びハッとした。
アネーシャの甲冑がなくなっていたから。
それを只ならぬ事だと感じ、ドアをバンッと開けアネーシャの部屋に入った。
「アネーシャ!」
いないのが分かっていても、咄嗟に声が出てしまったノーティス。
ただこれ以上、勝手に人の部屋にいてもいけないと思いその場に立ち尽くしていると、窓から急にビュッと強い突風が舞い込んだ。
その突風が、アネーシャの机に置いてあったノートをバサッと床に落とし、めくれたページを月明かりが照らす。
「ん……?」
ノーティスがそれを拾って机に戻そうとした時、そのページから瞳に飛び込んできた。
『エデン・ノーティスを決して許さない。私が必ず仇を討つ』
「えっ?!」
思わず声を上げてしまったノーティス。
拾ったのは日記帳のようだが、なぜ自分の名前が書かれているのか。
そして何より、仇とは一体何なのかが全く分からない。
───仇?! な、なぜ……
あまりの驚きに心臓がバクバクと高鳴るが、体は冷たく冷えていく。
ここに書かれてある事が、途轍もなく悲惨な事である事を直感して。
なのでノーティスは、思わずそこからアネーシャの日記帳を読んでしまった。
いけない事だと分かっていたが、手が止まらなかったのだ。
そこに書かれてある、あまりに壮絶な記録に。
「嘘だ……こんな……こんな事が……」
それは、アネーシャが心から流れる血で書かれたような、魂の記録とでもいうべき物だった。
ノーティスが読み進めていくにつれ、日記帳に書かれている文字が滲む。
泣きながら読んでいるノーティスの瞳から、ポタポタと零れ落ちる涙によって……
『今日、シドがユグドラシルの話を熱く語ってた。なんだか勇者とは思えない、シドの無邪気な笑顔が可愛かった』
『今日はシドが私に誕生日のお祝いをしてくれた。無理して、高い物プレゼントしてくれたけど、私はシドが側にいてくれたらいいのに、気持ちが嬉しくて上手く伝えられなかった』
日記は最初穏やかな日々が綴られていたが、途中からどんどん悲壮な物に移り変わっていく。
『シドが遠征に行くと言い出した。しかも、あの危険な都市ホラムへ。行ってほしくない。シドに危険な目に合ってほしくないから』
『シドの遠征が決まった。シドのお父さんの仇を取れると言っていたし、気持ちは分かる。あぁ、でもシドには行ってほしくない。危険すぎる』
『シドが好きなサクラという花のペンダントを、ペアで作ってみた。サクラは見た事無いから自身は無いけど、気に入ってもらえたら嬉しいな……』
『今日はシドの遠征前に、サクラの花をイメージしたペンダントを渡せた。みんなの見てる前だったから恥ずかしかったけど、渡せてよかった。シドが、私がサクラの中にいるようだなんて嬉しい事を言ってくれたし、お揃いなのが嬉しい』
『今日、部屋の整理をしていたら昔シドと一緒に撮った写真が出てきた。あの頃はシド、もっとたくさん笑ってたな。全ては、シドのお父さんを殺した、イデア・アルカナートという勇者のせい。スマート・ミレニアムは私達を昔から苦しめてばかり……』
『シドは、もうすぐ敵国の勇者達と戦う。シドが無事に帰ってきたら、ちゃんと気持ちを言葉にして伝えたい』
『シドが死んだ。おかしくなりそう。悲しくてもうダメ。シドを殺した敵国の勇者を許さない! 何があっても絶対に!! 勇者の名前はエデン・ノーティス。シドのお父さんを殺した、イデア・アルカナートの後継者らしい』
『しばらく日記をつけていなかった。でも、いいの。あれからずっと同じ日々を過ごしてきたから。シドを殺したエデン・ノーティスを、この手で殺す為だけに修行する日々を。今ならシドの気持が分かる。きっと彼も、こんな気持ちだったんだと。皮肉なものね。あの憎い男のせいでシドの気持が分かるなんて』
『修行を進めるほど、エデン・ノーティスを早く殺したい気持ちに拍車がかかる。きっと、それを出来る力が身についてきたらね。この国の未来の為と私自身の復讐の為、必ずあの男は私の手で殺すわ』
『今日はライトとマーヤという孤児を引き取った。私に育てる事が出来るのかしら。でも、見捨てる訳にはいかないわ』
『しばらくぶりの日記だけど、ライトとマーヤの事でバタバタだった。あの男を殺す為に修行しながら、一方では命を育てる為に精力を注いでる。どっちが本当の私なんだろう……』
『ライトとマーヤが元気に育ってくれて嬉しい。けど、シドへの気持もあの男への気持も変わる事は無い。でも、それでいいの。この気持ちが風化する方が恐いし嫌だから』
『明日は憎きスマート・ミレニアムの聖なる地と言われてる、ティコバローズへの遠征。きっとあの勇者も出てくるハズ。これで、やっと仇が討てる。シド、待っててね……。エデン・ノーティスを決して許さない。私が必ず仇を討つ』
『なんなの! なんなのよ! あの男は私のシドを殺した憎い仇。なのに、なんで……もっと嫌な奴ならよかったのに。あの男、エデン・ノーティスは悪じゃない。私やシドと同じ、国を、仲間を想って戦う精悍な勇者だった。悔しい。でも、それでも決して許さない。許してはいけないの。シドの命を奪った仇なんだから』
「うぅっ……くっ……アネーシャ、俺は、なんて事を……」
ノーティスが涙をボロボロ零しながらここまで読んだ時、窓からエレミアがスッと入ってきた。
「ノーティス、知ってしまったようじゃな」
「エレミア!」
宙に浮いているエレミアを、悲壮な顔で見上げたノーティス。
「俺は……アネーシャの仇だったのか」
「なっ、お主なぜそれを!」
そう声を上げたと同時に、エレミアは悟った。
「それは、アネーシャの日記か」
「あぁ……」
「……だがノーティス、お主が全て悪い訳ではない。スマート・ミレニアムの勇者として命を賭けて戦った結果じゃ」
「けど、俺はアネーシャの大切な人を、この手で……!」
悲しみにギュッと目を閉じ両手をに力を入れた時、ノーティスの額に途轍もない激痛が走った。
「うっ! ぐっ……! あ、頭が……!」
両手で頭を抱え苦しく呻くと同時に、額から大きな白い光が放たれていく。
「ノーティス!」
「エ、エレミア……! これは、一体……!?」
部屋が眩い光であふれる中、エレミアは切ない瞳でノーティスを見つめている。
何が起こっているか、分かっているからだ。
「ノーティス、その激痛はもうすぐ収まる。記憶が戻るのじゃ」
「き、記憶が……?」
「そうじゃ。お主の額のクリスタルが復活しようとしているのが、その証」
「じゃあ、俺はやはり……」
「そう、スマート・ミレニアムの勇者じゃ。そして、これでワシとはお別れじゃ」
「な、なんで……! まさかっ……」
苦みながらもハッと見上げたノーティスを、エレミアは切なく見つめている。
「その魔力クリスタルが復活すれば、精霊の姿は見えなくなる」
「エレミア……!」
「まぁ、気にするな。それよりも、アネーシャを頼むぞ。あ奴、スマート・ミレニアムに単身で乗り込んだからの」
「なっ……!」
そう声を上げた時、額の輝きが終息しノーティスの額に完全に復活した。
『白輝の魔力クリスタル』が!
そして、それと同時に完全に戻った記憶。
───ロウ、アンリ、レイ、ジーク、メティア……! そして、ルミ……!
「みんな……心配をかけてしまってすまない。けど、俺は真実を知ってしまった……くっ、俺はどうすれば……」
エレミアの姿も声も感じなくなった、月明かりの照らす部屋。
ノーティスはその場に膝から崩れ落ちそうになるのをグッと堪えながら、苦しみに顔を歪ませた。
心の中を嵐のように駆け巡ってゆく、記憶と想いと共に。
───アネーシャ。辛かったよな……苦しかったよな……なのに、キミは俺の事を……
ギュッとつぶった目から涙が溢れて止まらない。
が、ノーティスはそれを無理矢理抑えると服を着替え、金色の刺繍が入った白のロングジャケットをバサッと羽織った。
そして、アネーシャの日記帳を胸にそっと仕舞うと、凛々しい顔を浮かべ心で誓う。
───アネーシャ、俺がキミを守る。例え、その後キミに殺されたとしても……!
ノーティスの想いは命を超える……!
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次話から新章。
物語りはさらに加速していきます。